第20話
「逃がしたか」
心の底から悔しさを込めてルナは呟く。せっかく母の敵を見つけたのに殺すことが出来なかぅったのは残念だ。
「次にあったら絶対に殺してやる……」
ノクタールへの殺意を明確にするルナ、彼女の周りでは荒れ狂った力が渦を巻いて周囲に影響を与え始めていた。彼女に襲いかかろうとしていた影の眷属達がルナに近づくと一瞬で消し飛んでしまった。
「ルナ!」
ルナの元に駆け寄る影が一つ、ネリスだ。彼女はルナの元へと歩みよると様子がおかしいルナの手を握りしめる。
「そのまま感情に身を任せては駄目です! 落ち着いてください!」
「……ネリス?」
「星の加護を受けし者よ。どうかその荒ぶる心を静めてください」
ネリスが手を握り、詞を紡ぐと美しい漆黒の帳がルナとネリスを包み込んでいく。帳が消えるとルナの力の暴走は収まり、落ち着いた状態へと戻っていた。
「よかった……! 周囲で荒れ狂っていた力が落ち着いていく……」
「私は一体……」
「ルナの力がこのあたりを破壊しつくそうとしていたんですよ。でも間に合ってよかった……!」
抉れた地面、大きな穴、ルナは周囲を見渡して呆然とした。
「周囲がこんなことに……ネリスが私が危なかったところを止めてくれたの?」
「はい……このままだとあなたが大変なことになる、あなたを止められるのは私だけと声が聞こえて……あなたを見つけたらあんな状態でしたし、脳裏に浮かんだ方法を試したらなんとかなったんです」
「脳裏に浮かんだって……記憶の一部を思い出したってこと」
「……はい。でもあくまで断片的なものですべてはっきり思い出したわけじゃないです」
少し落ち込みながら答えるネリスの頭をルナは優しく撫でる。
「とにかくありがとう。ネリスがいなかったら私はとんでもない間違いをしでかしてたかもしれないね」
「ルナが無事ならそれでいいです。なにがあったかは後で詳しく聞かせてください。それよりも今は」
「うん、そうだね。残った影の眷属達をどうにかしないと」
あのノクタールという影の眷属が去っても他の眷属はまだ残っている。彼らを止めなけれっば王都に迫った危機は去ったことにはならない。
「あの……それなんですが……もしかしたらどうにか出来るかもしれません」
「えっ!?」
ネリスの言葉にルナは驚いて目を丸くする。
「それってあの裂け目をどうにか出来るかもしれないってこと?」
「はい。思い出した記憶の中にあの裂け目を閉じる光景があったんです。そしてそれを行っていたのは……私と同じ力を持った誰かと星の紡ぎ手のようでした」
「……!?」
つまり星の紡ぎ手とネリスがいたらあの裂け目を閉じることが出来るということだ。にわかには信じがたい話だが。
「……ネリス、私がいればあの裂け目をどうにか出来る可能性があるんだね」
「……ルナ、私を信じてくれますか?」
じっと見つめてくるネリスにルナは強く頷いた。
「うん、ネリスの言葉を私は信じるよ。だからどうすればいいのか教えて」
「まずは裂け目の近くまで行きます。そしてルナがいつもしているように私とルナで詞を唱えればいいみたです。扉を閉じるための詞は「我らは世界を守る守護するもの、その権能を持って災厄を招く門を閉じん」です」
「方法は随分とあっさりしているけれど……まあいいや」
ルナはネリスの話を聞くと裂け目があるほうへと視線を向ける。どうやらノクタールを追って裂け目の近くまで来ていたらしい。しかし裂け目の周囲には影の眷属が大量にいた。
「まああそこから湧いてきてるんだからそうなるか。私が吹き飛ばすからその内に近付くよ」
ルナが詞を唱え、閃光が影の眷属達を吹き飛ばす。ルナとネリスはその隙に裂け目まで駆け出した。
「ルナ! 私が持っている剣の柄を一緒に握ってください!」
ネリスに言われるがままルナはネリスの剣を一緒に握る。
「ルナ! さっき教えた通りに!」
「うん、ネリス一緒に!」
漆黒の美しい剣を握った二人は先程確認した扉を閉じるための詞を紡ぐ。
「「我らは世界を守る守護するもの、その権能を持って災厄を招く門を閉じん!」」
二人が同時に詞を唱える。美しい漆黒の剣から眩い光が裂け目に目掛けて放たれる。ネリスの剣から放たれた光を受けた裂け目は徐々に小さくなっていってやがて完全に消滅した。
「ほ、本当に閉じてしまいました……」
ネリスは呆けた表情で呟く。やはりどこか自分の言ったことを完全には信用していなかったのだろう。
「やったよ! ネリス!」
「ひゃっ……っ!」
ルナが喜びながらネリスに抱き着いてくる。突然抱き着かれたネリスは驚いて間の抜けた声をあげてしまった。
「あなたのことを信じてよかった! やっぱりネリスの力はどこか特別なんだよ! 誰も閉じることが出来なかった裂け目を閉じることが出来るんだから!」
「それはルナの協力もあったおかげですよ。でもありがとう、私を信じて協力してくれて」
自分のことを心から誉めてくれるルナにネリスは穏やかに微笑んだ。
この日の王都の危機は後の歴史に人間が影の眷属に対して反撃を始めた日として大きく刻まれることになる。後世の人間が英雄と讃えた少女二人の物語はここから始まるのだ。
そして当の少女達は今はまだそんなことになることを知る由もない。
月と星の紡ぎ手 司馬波 風太郎 @ousyo
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