第16話
「なんか凄い人だったね」
カイリと面会した後、二人は宿泊していた王都の宿まで戻ってきた。
「はい、まさか私のことまで鍛えてくださることになるとは思いませんでした」
「かなりネリスの力に興味を持ったみたいだったけれどね。でもあの賢者様でもネリスの力については分からずじまいか」
それだけは今日の出来事で唯一残念だったことだ。なんらかのことが分かるのが一番よかったのだが分からないと言われてはどうしようもない。
「ルナ、気落ちしないでください。ルナの修行が終われば私の力についてはまた調べていけばいいですよ。賢者様もいろいろしてくださるようですし」
「そうだね、済んだことは仕方ない」
今は切り替えてこれからの修行について意識を向けることが大事だろう。ネリスの力のことを考えるのをルナは一旦やめた。
「にしてもお母さんがまさか賢者様の弟子だったとは思わなかったな」
「今日の話の中で一番衝撃的でしたよ。その話は」
「うん、そうだね」
自分の母が星の紡ぎ手だったことは大きな衝撃だった。けれどどこかで納得している自分もいる。
(小さかった私に物語って形でも星の紡ぎ手について聞かせていたのはきちんと伝える時のための準備だったのかな)
ルナ自身が星の紡ぎ手の話は大好きだったけれどきっと母もそうだったのだろう。自分自身が星の紡ぎ手だったのならなおのこと物語に出てくる紡ぎ手達に共感していたはずだ。
「ルナ」
「なにネリス?」
「その……大丈夫でしたか? お母さんの話を聞いてからいろいろ考えている様子でしたから」
「ああ、大丈夫だよ。昔のことを思い出していろいろ考えてただけ。お母さんが星の紡ぎ手の話を好んで私に読み聞かせてくれたのは自分が星の紡ぎ手だったのもあるのかなとか。不安で塞ぎ込んでるとかじゃないから」
「ならよかったです」
「むしろ嬉しいんだよ、私は」
「嬉しい?」
「ずっと憧れてた星の紡ぎ手には成れた上に大好きなお母さんと自分が同じ力を持っていたことが。憧れていたものになれるのって凄く幸運なことだよ」
ずっと村で憧れているだけだった時の鬱屈した感情を経験しているから今の状態は幸福だとルナははっきりと言うことが出来た。
「そうですね、ルナは星の紡ぎ手のことが大好きでしたから今の言葉が出てくるのは当然でした」
ネリスはすんなり納得して引き下がる。まあ村にいる時に部屋で一緒に過ごしている時にさんざん好きな星の紡ぎ手について話したりしていたから無理もないかとルナは思った。
「まあ今日の話はこれくらいにしよう、明日からは修行もある。今日はもうゆっくり休もう、いろいろありすぎたからね」
「はい、お休みなさい、ルナ」
「うん、お休み、ネリス」
*
翌日から二人は宿泊していた宿を出て、賢者カイリの家へと移った。カイリは二人を迎えると一人ずつ部屋を用意してくれたのだ。あっさり二人分の部屋を用意したカイリに二人は驚いたが家が広くて使っていない部分だから遠慮なく使って欲しいとのことだった。
「さて二人には今日から訓練を施すことになるが」
「「よ、よろしくお願いします」」
「そう固くならなくてもいい。ルナ、まずはお前の力を見せてみろ。とりあえず攻撃系の言葉を唱えて私に撃ってみるんだ」
「え、ええ!? そ、そんなこと……」
「大丈夫だ、今のお前くらいの攻撃なら私は余裕で受けきれる」
「……分かりました」
カイリに促され、ルナは彼女から一旦離れる。
(向こうが大丈夫って言うなら遠慮なく行かせてもらおう)
最初は躊躇っていたルナだったがカイリから余裕で受けきれると言われて少し腹を立てたため、攻撃をすることへの躊躇いは消えていた。
「天の煌めきよ、我らに災いもたらすものを祓いたまえ」
ルナが言葉を紡ぐ。彼女の周りから眩い閃光が放たれ、それがカイリに向かっていく。
「ふむ、なかなかだが……やはりまだまだだな」
カイリはルナの力に感心しつつ言葉を紡ぐ。
「星の加護よ、どうか我らを守りたまえ」
短い言葉とともにカイリの正面に障壁が生み出される。ルナが放った閃光はその障壁に当たると霞のように消えてしまった。
「まあ目覚めたばかりでこの威力とは大したものだ。これからが末恐ろしいな、これは」
「賢者様、今のは」
「ああ、お前も馴染みがあるだろう。で、私の今の技を見たお前はなにを感じた?」
ルナは少し俯いて考えた後、顔をあげて口を開いた。
「私があの言葉を唱えた時よりも精緻な運用をされていました。私は自分の周囲に障壁を展開していましたが、賢者様は自分の正面だけに展開して効率的に私の攻撃を防いでいました」
「正解、お前は筋がいいな」
カイリの言葉にルナは頭を掻いて照れくさそうにする。
「お前が星の紡ぎ手の力に目覚めた時に無意識下であいつらとどう戦えばいいかがな
んとなく分かったはずだ」
「はい、まったく戦ったことがないのにどう力を振るえばいいかが脳裏に浮かんできました」
「あれは力に目覚めた時に授かる戦闘の知恵のようなものだ。今までの紡ぎ手の戦いの記録を頭にぶち込まれて強制的に基礎的な学習をさせられたと思っていい。だから今のお前は戦闘は出来る状態なんだ」
「なるほど」
「だが基礎的な戦闘技術を身に着けたとしてもそれを応用していくのは個々人の差が出てくる。ルナの場合は素質に恵まれているがゆえに力を野放図に使ってしまっているんだ、前にも伝えたが最初の戦闘でお前が倒れたのはそのせいだ」
「つまり今の私の現状は力の行使で無駄な部分が多いということですか?」
「簡単に言うとそうなる。まあ才能が有り過ぎというのも考えものだな。今の単純な攻撃でも止めるのにそれなりに苦労はしたぞ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。だからこそお前にとって力を制御していくことはなおのこと重要だ。継続的に戦えるかどうかにも関わってくるしな。とりあえずこれからルナの訓練は力の制御を重視した内容で行っていく」
「分かりました」
「よし、次はネリスだな」
ルナの力を確認したカイリはネリスのほうへと視線を向ける。
「といっても君の場合は力に謎が多いからな。まず基礎的な戦闘訓練をして戦う技術を身に着けてもらったほうがいいと思ってる。今から少し手合わせしてみるか?」
「はい、よろしくお願いします」
「よし、まずはあの黒い剣を出してみてくれ」
カイリに促されたネリスは頷くと目を閉じて集中し、漆黒の剣を出現させる。黒い刀身は宝石のように綺麗だ。
「それじゃ剣を構えて。そのまま私に向かってかかってこい」
「武器は持たれないのですか?」
「ああ、それくらいで遅れはとらない」
「……では……行きます!」
裂帛の気合とともにネリスは地を蹴ってカイリのほうへと駆ける。袈裟斬りに振り下ろされた剣をカイリは体を捻ってかわし、反撃に蹴りを放った。
「うっ……」
かろうじて蹴りをかわしたネリスは再びカイリへと斬りかかる。そのまま剣を振るってカイリを追い詰めようとするがカイリはネリスの攻撃をすべてかわしていく。
「どうした? もっと技があるなら見せてみろ」
「……っ!」
ネリスは一旦カイリから距離を取ると剣を上段に構える。剣を構えた彼女から黒い靄が立ち上り始めた。
「これならどうですか!」
ネリスは上段に構えた剣を振り下ろす、それと同時に集めた黒い靄がカイリに向かって放たれた。放たれた力は地面を大きく抉りながらカイリへと迫る。
「ほう、なかなかの攻撃だ」
自分へと迫った攻撃をカイリは横に飛んでかわす。
「もらいました!」
ネリスはカイリが横に飛んだ隙を逃さない。彼女が回避行動で飛んだ先へ先回りし、カイリに剣を振るった。
「なかなかだが……まだまだだな」
振り下ろされる刃をカイリはなんと空中で体を捻ってかわす。そのままネリスが剣を持っている腕に手刀を叩きこんだ。手刀を叩きこまれたネリスは黒い剣を取り落としてしまう。
「あっ……」
「この勝負私の勝ちだな」
「負けてしまいました……」
地面に落ちた剣を拾いながらネリスは負けを認めた。
「しかし動きはかなりよかった、ネリスも力に目覚めてから戦闘技術を習得したのか?」
「はい。影の眷属に襲われた時に気づいたらあの剣を手に握っていて……どう扱えばいいかまで理解できたんです」
「なるほど」
カイリは顎に手を当てて考え込んだ。
「そこに関しては星の紡ぎ手と同じということか。だとしたらネリスの力の起源は星の紡ぎ手と似たようななにかなのか? にしては使う力は影の眷属のものと似ているし……」
う~んと考え込むカイリ。どうやらネリスに関する謎はまた深まったらしい。
「いずれにしても謎の多い力だな。そういえばお前達にきちんと聞いていなかったが二人はどうやって知り合ったんだ? 出来れば聞かせて欲しいんだが」
「それは……少し説明が難しいのですが……」
「ネリスが倒れていたところを私が見つけて家まで連れて帰ったんです。誰もいないところに一人で倒れていましたから」
「なんだと? つまりネリスが村の近くで倒れていたのをルナが見つけてきたのか?」
「はい。ネリスには私と出会う前の記憶もないんですよ。そのせいでどこに帰ればいいかも分からなかったから私の家で預かることにしたんです」
「そんな経緯だったのか。ネリス、お前はその後なにかを思い出すことは出来たのか?」
カイリの質問にネリスは首を振る。
「いいえ。ルナと出会う前のことは今だに何一つ思い出せません。私の使う力についてもその記憶が戻ればなにか分かるのかも知れないですけれど」
「気にしなくていいよ、ネリス。まだまだ私達の旅も始まったばかりだし、これから記憶の関しても思い出す可能性があるかもしれないしさ」
申し訳なさそうにするネリスを励ますルナ。その様子を見てカイリは微笑む。
「お前は本当にミレイアに性格まで似ているな」
「えっ?」
「あいつも困っている人を放っておかず、自分の出来ることをして助けようとしていた。私は誰彼構わず助けようとするのはやめたほうがいいと忠告したがあいつは言うことを聞かなかったよ。お前とネリスの話を聞いてあいつのことを思い出した」
くすくすと笑いながら話すカイリはどこか楽しそうだった。
「賢者様はお母さんとは仲が良かったのですか?」
ルナの質問にカイリはう~んと考え込む。
「私はあいつの師だったからな。あいつも私には経緯を持って接していてくれていた。ただ私はあいつの考え方にすべて共感していたわけではないからな。時々言い争うこともあった、が関係が致命的に破綻していたわけではないぞ。あいつが旅をしている間もやり取りはしていたから関係はよかったと言えるだろうな」
「そうですか、お母さんはやっぱり困った人を放っておけない人だったって分かって安心しました」
嬉しそうに言うルナ、カイリはそんなルナを見つめながら秘かに思う。
(これもなにかの運命なのか? ミレイア、お前の娘が私の元へネリスを連れてやってきて育てることになったのは)
この二人は将来大きななにかをこの世界にもたらすかもしれない、カイリはなぜかそんなことを思ってしまった。
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