第15話
賢者の家の中へと招き入れられたルナとネリスは大きなソファへと腰掛けるように言われカイリが来るのを待っていた。
「すまない、待たせたな。口に合うかは分からんが飲め」
賢者カイリはそう言って二人へ飲み物を出す、そしてそのまま二人とは反対側のソファへと腰掛けた。
「まずは最初の非礼を詫びよう。まさか突然紡ぎ手の卵が来るとは思っていなかったからな、申し訳ない」
「いえ、気にされないでください、私達二人が急に訪れたのも悪いですから」
「そう言ってもらえるとありがたいな。……それにしても」
カイリはじっとルナを見つめる。それはどこか懐かしいものを見たような視線だった。
「お前があのミレイアの娘とはな。あいつにそっくりだったから一瞬あいつが生き返ったとでも思ってとても驚いたぞ」
「賢者様はお母さんを知っているんですか?」
ルナが尋ねるとカイリは頷いた。
「ああ、よく知っている。ミレイアは教えた中でも優秀な星の紡ぎ手だったからな」
「お母さんが……星の紡ぎ手!?」
「……!?」
カイリから聞かされた事実にルナは驚く。隣でネリスも息を呑んでいた。
「ああ。お前、あいつからなにも聞いていないのか?」
「……はい、お母さんは私が物心ついたころに亡くなりました。……影の眷属に殺されて」
最後の言葉はどうしても冷たい声音になってしまった。しかしカイリはそれを黙って聞いていた。
「そうか。ならお前は自分がなぜいきなり星の紡ぎ手としての力に目覚めたのか理由も分からなかっただろう」
「はい、だからあなたに会いに来たんです。……まさかそこでお母さんが星の紡ぎ手だったことを聞かされるとは思いませんでしたが」
「あいつもずっと黙っておく気はなかったんだろうさ。お前だって幼い時期に星の紡ぎ手の使命についてなんて聞いて理解できたか?」
「それは……そうですね」
たしかに母から読み聞かせられる物語としては好きだった。けれど星の紡ぎ手が現実にどういう役割を果たしているかなんていうのは幼い時の自分が聞いても分からなかっただろう。
「そういう難しい話よりも娘と一緒に過ごしたかったんだろう。母親として当然に感情だし、一人の人間としてもまともだ。……あいつもまさか自分は幼い娘を残した状態で死ぬことになるとは思っていなかったんだろう」
「あの……賢者様」
「いろいろと聞きたそうな顔をしているな、自分の母親のことだから当然か。いいぞ、他の愚か者相手ならこうはいかないがミレイアの娘がわざわざ訪ねてきたんだ。それくらいなら付き合ってやる」
「そのお母さんも賢者様から教えを受けたのですか?」
「ああそうだ、ミレイアは私が見てきた星の紡ぎ手の中でも特に強い力の持ち主でな。教えることはすぐに覚えて出来るようになるし、あっという間に一人前に育って影の眷属と戦えるようになった」
カイリはどこか懐かしそうに話す。きっとルナの母がいい教え子だったのは事実だろう。
「影の眷属を倒す使命もあいつは積極的に取り組んだ。紡ぎ手達の中ではあいつは有名だったよ。いろんな意味でな」
「いろんな意味?」
「ほら、才能があったりすると他人から恨まれたりもするんだ。私としてはその恨みの感情を糧にして前に進んだほうが有意義だと思うがな。とにかくあいつはこんなふうに話題には事欠かないやつだったよ」
「そうなんですね……お母さんってそんなに凄かったんだ……」
ルナは自分の知らなかった母親の一面に驚きつつもくすりと笑った。どうやらまだまだルナが知らないことはたくさんあるらしい。
「ま、そんなあいつが亡くなったと聞いた時は流石に私も驚いたがな。あいつを殺せる奴がいるとは思わなかったから」
「……」
「まあ……暗い話はここまでだ。ミレイアの話は一旦置いておく。ルナ、お前は自分が星の紡ぎ手の力を引き継いでいることをまったく知らなかったわけだ。おそらく私の元へとやってlきたのは自分の力について確認するためだろう?」
カイリの問いかけにルナは頷く。
「おっしゃられる通りです。私の力は村が襲われた時に突然覚醒しました。なにも聞かされていなかった私は力に目覚めたけれどどうしたらいいか分からず、賢者様が星の紡ぎ手を導いていると聞いてここまでネリスと旅をしてきました」
「そして今もっとも知りたいのは自分の力がなぜその時に目覚めたのかということだろう?」
「はい。今まで私に星の紡ぎ手としての素質があったならなぜあの時に力が目覚めたのか。それが分からなくて」
「それは簡単に答えられるぞ、ルナ。お前はその時なにかを願わなかったか、ルナ」
「えっ?」
カイリの質問にルナは呆けてしまう。
「だからお前が力に目覚めた時、なにかを為すためにそれを求めたはずだ。その時自分がなにを考えていたか思い出せ」
「えーっと……」
カイリに言われてルナはあの時のことを思い返す。
(あの時に考えていたのは……そうだ、もう自分の大事なものを失いたくない一心だったんだ。お母さんのように叔父さんや叔母さん、リリアやネリスを死なせたくないって思った)
「はい、確かに願ったことがありました。私の大事な人達をしなせたくないから力が欲しいってあの時は強く願って……」
「それが大事なんだ」
カイリはルナの目を見つめて静かに話を始める。
「星の紡ぎ手の力は素質のある者が力を強く求めた時に覚醒するんだ。お前の人生でそれだけ強く力を欲したことは他にあったか?」
「あっ……」
カイリに指摘され、ルナははっとする。確かに自分が今まで生きてきた中であの時はもっとも力と言うものを求めていた。
「確かにありません。あの時が一番強く力を求めていました」
「それがきっかけだ。お前の求める気持ちが力を呼び覚ました。そしてお前の力はかなり強いほうだ」
「そうなんですか?」
正直力が強いと言われてもルナには実感が湧かない。初めての実践の時は無我夢中で力を使っていたし、他の星の紡ぎ手のことも知らないから比較したくても出来なかった。
「ああ、何人も星の紡ぎ手を見て来た私が言うんだから信用しろ。ただ、まだ目覚めたばかりで安定的に使えてはいない。最初の戦いの後、倒れたりはしなかったか?」
「……はい、倒れました」
「それは力がうまく使えていない証拠だ。力が垂れ流しになっているせいで体に大きな負荷がかかっているんだよ」
「それは鍛えたらどうにかなるのでしょうか?」
「ああ、それはきちんと訓練すればどうにかなるものだ。私はお前の素質は一流だから鍛えてもいいと思っている。お前が訓練を受けたいと言えば私は応じるがどうだ?」
カイリの申し出にルナは迷わず頷いた。
「私、訓練を受けたいです。もしまた影の眷属に遭遇した時にきちんと大切な人達を守りたいし、私みたいな悲しい思いをする人を増やさないために力をちゃんと使いたいから」
「よし、ならこれからよろしく頼むぞ、ルナ」
「はい、よろしくお願いします」
ルナはカイリに深々と頭を下げる。
「あ、賢者様。もう一つ聞きたいことがあるのです?」
「なんだ? 星の紡ぎ手の素質があるのはお前のほうだろう。もう一人の――ネリスと言ったか? そっちの娘からはなにも感じないが」
「確かにネリスは星の紡ぎ手ではありません。ですが村が影の眷属に襲われた時に私と同じように不思議な力に目覚めたのです」
「ほう?」
ルナの言葉を聞いたカイリはネリスに対して興味を持ったようだった。
「その力というのはどういうものなんだ? 出来ればここで見せてもらいたいが」
「出来るかどうかは分かりませんが……」
ネリスは緊張した面持ちで答え、集中のために目を瞑る。しばらくするとネリスの周りから黒い靄のようなものが立ち上り、あの時と同じように漆黒の剣が現れた。
「!? 今のは……影の眷属の……!」
「ま、待ってください!」
カイリの反応を見たルナは慌てて二人の間に割って入る。
「確かにネリスの力は影の眷属と似ているところはあります。けれど彼女は力を使って私の家族や村を守ってくれました! 彼女は決して他の人を傷つけたりすることはありません」
「お、落ち着け」
必死に説得しようとするルナをカイリは宥める。
「確かに彼女の力は見た目や雰囲気は影の眷属に似ている。けれど彼女自身から私に対する敵意を感じない。だから私もネリスをいきなりどうこうしたりはしないさ。だから気を静めてくれ、ルナ」
「よ、よかった」
カイリの言葉を聞いてルナはようやく引き下がる。
「しかしこれは……」
ネリスの様子をカイリはじっと見つめる。座っていたソファから立ち上がると彼女はネリスと歩み寄ってネリスの生み出した漆黒の剣を観察した。
「あ、あの……」
じっと観察されて居心地が悪くなったのかネリスは居心地が悪そうに声をあげる。
「ああ、すまない。じっと観察して申し訳ない。ん~、私もこの武器についてはどんなものかは分からない。彼女の力がどこから来ているものなのかも申し訳ないが今の時点では分からないな」
「そんな……」
カイリの答えを聞いてルナはがくりと肩を落とす。ここにくれば自分やネリスのことがなにか分かるだろうと大きな期待を抱いていただけに落胆は大きかった。
「すまないな。だがこちらでもいろいろと調べてみることにする。彼女の力がどんな力かは私も興味が湧いたからな」
そう言ったカイリの目は輝いていた。どうやらネリスは彼女の関心を引いてしまったらしい。
「とりあえずはルナの修行を始めていくぞ。お前達は王都に宿を取っているのか?」
「はい、王都で賢者様の住居の場所を聞いてここまで来ました」
「よし、なら今から戻って宿を引き払え。その後はここで生活するんだ、これから私はルナをきちんと鍛えると同時にネリスにもある程度の戦いの訓練を施すことにした」
カイリの言葉にネリスとルナは目を丸くする。
「ルナはともかく私まで鍛えてもらってよろしいのでしょうか?」
「なに、構わんさ。鍛える相手が一人から二人になったところで手間はそれほど変わらないからな。それに君も自分の力をある程度扱えるようにはなっておきたいだろう?」
カイリの言葉をネリスは首を縦にふって肯定する。
「はい、まだ私の力がどういったものかは分からないのでしょうがいざという時に自分の助けになるかもしれない力は磨いておきたいです」
「ならばきまりだ」
カイリはネリスの回答に満足したのか嬉しそうに宣言する。
「これから私は二人の師匠だ。厳しく言うこともあるかもしれないがよろしく頼むぞ」
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