第6話

 ネリスの村での生活はネリス自身が積極的に村の人々と関わって人助けをしたため、順調だった。数か月が経過した今ではネリスのことを皆村の一員として認めるようになっていた。

 ネリス自身もそれを嬉しいと感じているようでより積極的に周りと関わるようになっている。ルナはそんな様子を見て、胸を撫で下ろしていた。


(助けた当初はどうなるかと思ったけれどうまくこの村に馴染んだなあ、ネリス)


 今、ルナの部屋で本を読んでいるネリスをじっと見ながらルナは心の中で感心していた。


「? ルナ、どうしたのですか? 私のことをじっと見て。顔になにかついているでしょうか?」


 きょとんとした表情で問いかけてくるネリス、容姿も相まってこういう仕草も可愛らしい。


「いや、ネリスがこの村に馴染めてよかったなって思ってただけだよ。ここ最近は楽しそうだしね」


「そうですね、毎日が楽しいです」


 ルナの言葉に他意なく答えるネリス。素直なところも皆から好かれる一因だろう。


「ならよかったよ。それで本を貸して欲しいって頼まれて貸したその本だけどさ、読んでみてどう?」


 ちょうどネリスが読んでいた本を読み終わったところだったため、ルナはその感想を尋ねる。

 ネリスは最近ルナの部屋にある本にも興味を持ったのか時折こうしてルナの部屋にやってきて本を読ませて欲しいと頼んでくるのだ。もちろんルナは断る理由がないので部屋にやってきたネリスに本を貸して読ませてあげている。 

 ちなみにネリスの部屋はちゃんと用意してある。この家は広く作ってあるため、部屋は余っていたのでネリス1人が住むようになってもちゃんと住めるようにはなっていた。

 けれどネリスは1人で部屋にいるのは退屈なようで頻繁にルナにやってきては会話を楽しんだり、本を読んだりするのだ(リリアはこの状況をとてもうらやましがっており、ルナに対して私の部屋にもネリスさんが来てくれないかなとぼやいていた)。

 ルナもネリスと話すのが楽しくて彼女がこうやって自分の部屋にやってくるを許している。むしろルナのほうがネリスと読んだ本の感想のやりとりが出来ることを楽しみにするようになっているかもしれなかった。


(今までこういう本を読んで感想を言い合うなんてことが出来る相手なんていなかったから嬉しいな)


 この村ではルナのように本を読んで過ごす同年代の子はほとんどいない。ルナ自身も積極的に他人に自分の読んだ本について話すことをしなかった。いままでは1人で読んで楽しむのみだった。

 だからこうして本を読んで感想を言い合うなんてことをしたのもルナは初めてなのだ。ネリスとは本を読んでいいなと思った部分が一致することも多くてなおのことこの時間が楽しく感じる要因の一つになっている。


「ルナからおすすめされたこの冒険小説ですが……」


 なぜか神妙な顔をして話を始めるネリス。ただの冒険小説だからそんなに重い小説ではないんだけどなとルナは思いながらネリスの回答を待った。


「感想は?」


「とても面白いです!」


 ネリスは目を輝かせながらルナへと詰め寄る。ルナのほうがその勢いにたじろいでしまった。


「そ、そう? 楽しんでもらえたのならよかった……」


「はい! 主人公達がどんなに絶望的な状況でも諦めずに行動するのに好感が持てました! それから……!」


 よほど気に入ったのかネリスはそれから今読んでいた冒険小説のよかったところを捲し立てるようにルナへ話し始めた。ルナはしばらくの間聞き役に徹してネリスが落ちつくのを待った。


「あっ……」


 一通り喋って落ちついたのかネリスは我に返る。そして顔を真っ赤にしながらルナに謝罪してきた。


「ご、ご、ご、ごめんなさい! 私、感想を話すのに夢中になってしまって……自分ばかり喋ってしまいました!」


「いいよ、私もいい本を読んだらそんなふうに熱を持って語りたくなるし。それだけ気に入ってもらえたのは嬉しいな」


 ルナはネリスを宥めるように語りかける。ネリスはしばらく経ったら落ちついてきてた。


「でもこの本は本当に面白かったです。また読んでもいいですか?」


「いいよ、なんなら借りていってもいい。部屋で読めたほうがいいでしょ」


「本当ですか? ありがとうございます!」


「おおげさだなあ、なんなら他の本も貸すよ」


 ネリスがこんなふうに子供っぽく反応するのが面白くてルナはくすくす笑ってしまう。この反応を忘れないようにしようとルナは思った。

「とりあえず今はこの本を借りれれば十分です。また借りたい本があったらお願いします」


「うん、言ってくれたらいつでもいいよ」


 こんな会話が出来るようになることをルナもちょっと前までは想像していなかった。本当にこの時間は楽しい時間だ。


「……」


「ん? どうかしたのネリス?」


 ネリスがじっとある場所を見つめていた。そこには一冊の古びた本が置かれていた。それはルナの母の形見である星の紡ぎ手について書かれた本だった。


「あの本は他の本より古いようですが……どういった本なのでしょうか?」


「ああ……あの本はね、内容としては今ネリスが読んでいる冒険譚に近いんだ」


 ルナは置いてある本に歩みよりそっと撫でる。


「これはね、かつての星の紡ぎ手の物語がまとめられた本なんだ。……私のお母さんの形見なんだ」


「!? それは……すいません、あまり触れられたくないところでしたか?」


「ううん、別に大丈夫だよ。お母さんは私が小さい時に影の眷属に殺されちゃったんだ。ネリスももう影の眷属とか星の紡ぎ手については簡単に知ってるよね?」


「はい、村の皆さんもよく話されていましたから。この辺りにも影の眷属が近くで目撃されたとかで不安がられていましたから」


「うん、幸いこの村はまだ襲われてはいないけれどね。数か月前からそんな話が出始めたかな」


(そういえばネリスとあった時期もそれぐらいの時だったっけ)


 もう遠い昔のことに感じてしまう、それだけネリスが村に馴染んでいる証拠でもあるのだけれど。


「まあこの本は主に星の紡ぎ手と影の眷属の戦いを物語として掻いたものだよ。私が子供の頃から持ってるものだから古びてるんだ」


「そうだったのですね」


「? どうしたの、私の顔をじっと見て」


 気がつくとネリスがルナのほうをじっと見ていた。


「ルナがその本を見ている時の表情がなんとも言えない表情をしていたので……どう声をかけようか迷ってしまいました」


「ああ……ごめん。この本にはいろんな思い出があるからね」


「ルナは……その本に書かれている星の紡ぎ手の物語は好きなのですか?」


「好きだよ」


 迷いなくルナは答える、この本に書かれている物語が好きなのは嘘偽りのない感情だから。


「この本に書かれている星の紡ぎ手のお話は大好き。強く前を向いて進む彼らの姿がとても素敵だと思ってる」


 ルナはネリスのほうを向いて少し恥ずかしそうに微笑む。


「私ね、自分自身が星の紡ぎ手になれたらなって思ってるんだ。笑われちゃうから誰にも言ってないけれどね」


「それはどうしてですか?」


「だって星の紡ぎ手の力があれば大事な人達を守れるから。私とお母さんみたいになる人達を減らせるし、誰かの役に立てるのは嫌じゃないし。……今の私の状況を見たらなに言ってるんだろうって話だけどね」


「ルナ……」


「ごめん、変な話聞かせたね。今の話忘れて」


「いいえ、変なんかじゃありません」


 ネリスはルナの言葉を強く否定した。予想していなかった反応が帰ってきてルナは少し驚く。


「ルナの理想像はとても素敵だと思います。ルナが星の紡ぎ手ではなかったとしてもそれは関係ありません。それにルナはもうその理想に向けて行動できる人間でしょう」


「えっ? どうして?」


「だって私を助けてくれたじゃないですか。困っている私をあなたは助けてくれた。有言実行の人です、あなたは。だから今の言葉を恥じる必要なんてありませんよ」


「……ありがとう、ネリス。そう言ってもらえるのはとても嬉しい」


 気恥ずかしさを嬉しさを感じながらルナはネリスに感謝した。

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