第2話

「ルナ、ご飯が出来たわよ」


 部屋で本を読んでいたルナに叔母が呼びかける。穏やかで優しい声だ。


「は~い、今、行きます」


 ルナは元気よく返事をして食事へと向かう。皆が集まっている部屋に近づくといい匂いが漂ってきた。


「ルナ、やっと来たわね。ほら、早く座って。せっかく作った食事が冷めてしまうわ」


「ごめんなさい、叔母さん」


「また本を読んでいたの?」


「えへへ……うん」


 ルナは本を読むのが好きだった。叔父と叔母の家は叔父のエリオットが商売を営んで成功していたのもあって裕福だ。今も立派な朝食がルナの目の前に出されている。


「まったく本当に本が好きなのね。ルナが本を読み出すと周りのことはまったく耳に入らなくなるわ」


 叔母はそう言いながら苦笑いする。


「だって面白いからつい……」


 ルナは本を読むのが好きだった。きっと母が小さい時にいろいろと話を読み聞かせてくれたからだろう。ルナは特に星の紡ぎ手と呼ばれる英雄達の英雄譚が好きだった。


「ふふ、いいの。早く朝食を食べてしまいなさい。冷めてしまうわよ」


 叔母に促され、ルナは食事を開始した。パンとスープとサラダという基本的なメニューだがとてもおいしい。


「ルナお姉ちゃんは相変わらずだねえ」


 明るい声が響く。叔母の娘のリリアのものだ。ルナより2歳年下で快活な性格をしていた。昔から仲は悪くなかったし、ルナの母が亡くなってから叔母の家で過ごすようになってからは本当の姉妹のように接している。


「リリア、揶揄わないでよ」


「だって本当のことなんだもん。お姉ちゃん本読み出したらなにも聞こえなくなるし」


 リリアにまで自分の悪癖を指摘され罰が悪そうにするルナ。仕方ない、こればかりはどうしようもないのだから。本が面白いのが悪い。


「あはは、ごめん。別に悪いことじゃないよ。そんなに落ち込まないで」


「もう……! リリア、次やったら許さないんだから!」


 ルナは少し拗ねながらスープを飲む。リリアはそれを笑いながら見ていた。


「あ、そうそう。お姉ちゃんはあの話は聞いた?」


 リリアが少し緊張した面持ちでルナに尋ねてくる。


「? 話ってなにを?」


「影の眷属がこのリスヴェルの村の近くに出たらしいよ」


「えっ……」


 リリアの言葉にルナは目を見開く。影の眷属というのは人間を襲う異形の生命体だ。いつごろ現れたのかは分からない。けれど奴らは裂け目と人が読んでいる場所から現れ、人間に対して攻撃を仕掛けてくる。この世界の人々は日々彼らの襲撃に怯えながら生活を営んでいた。


「じゃあ村も危険なんじゃない?」


「うん、大人が皆騒いでいるよ」


「リリアがいい時に大事な話を切り出してくれたわ。ルナ、しばらくはあまり外を出歩いたりしないでね」


「分かった、必要な時以外は出ないようにするよ」


 答えながらルナは二人の顔色を伺う。二人共どこか不安げな表情をしていた。


(影の眷属に対して対抗手段が限られているからもし村が襲われたら大変なことになる……)


 影の眷属を倒せる人間は限られている。こんな小さな村が襲われたらひとたまりもないだろう。


「こんな時に星の紡ぎ手がいてくれればいいのにね」


 リリアがなにげなく呟く。そう、影の眷属に対抗出来るのは星の紡ぎ手と呼ばれる人達なのだ。

 影の眷属に普通の武器で傷を与えて追い払うことは出来るものの完全に消滅させることが出来るのは星の紡ぎ手と呼ばれる者達だけだ。

 星の紡ぎ手もまた裂け目と同じようにいつから存在しているかは分からない。ただ彼らは授かった力を用いて影の眷属を倒し、何度も人間を護ってきた。ルナが好きな英雄譚は今まで活躍した彼らの活躍が物語になったものだ。


「リリアの言う通りだね。星の紡ぎ手がいてくれたらこんな話にも怯える必要もないんだから」


「ねー、はあ、星の紡ぎ手の誰かが助けに来てくれないかなあ」


「そんな都合のいい展開はないでしょ。紡ぎ手がどんなふうに現れるか今だに分かっていないんだし」


 紡ぎ手がどんな法則で現れているかは今だに分かっていない。数もそれほど多くなく、そういったことを検証するのも難しいと聞いたことがある。


「まー、そうか。はあ怖いな」


「二人共、もうその話は終わりにしなさい。考えたところで私達個人で出来ることはないんだから。ほら食べ終わったなら片付けを手伝う!」


「「はーい」」


 叔母に促されてルナとリリアは再び食事に集中する。


(私が星の紡ぎ手だったらよかったのに。そうしたら皆のことを守れるし)


 ルナはパンを噛みながらそんなことを考えてしまう。ずっと彼らの物語を読んできたルナは自分がその紡ぎ手だったらよかったのにと思うことがあった。恐れを知らず脅威に立ち向かっていく彼らの姿にルナは憧れを抱いていた。


(まあ、私にそんな力はないんだけどさ)


 どこか諦めの感情を抱えながらルナは残った朝食を食べ終えた。

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