第4話 ふたりだけのリズム


 週の半ば、空模様が不安定になり始めた。朝からどんよりと曇り空で、昼休みには小さな雨がぱらついていた。


「雨、降るかな……帰り、チャリやばそうだなあ」


 圭一が窓の外を見ながらぼやいた。


「どうせ、お前傘持ってないだろ?」


「うむ、見抜かれている」


 陽は苦笑しつつ、自分の鞄に折りたたみ傘が入っているのを確認した。ちょっとしたことで生活の差が出るのが圭一らしくて、なんだか和む。


 昼休み、教室の後方では何人かの女子が輪になって談笑していた。そこに、ひときわ目立つ黒髪が混じっている。橘奏だった。


 彼女は普段、あまりクラスの輪に混ざるタイプではない。だけど、今日は珍しく何かを話しているようだった。といっても、笑い声の中心にいるわけではない。ただ、控えめに相槌を打ち、ときどき微笑んでいるだけだった。


「……なんか、珍しいな」


 陽は無意識に視線を向けていた。


「お前、見すぎじゃね?」


 圭一に肘で小突かれて、陽は慌てて目を逸らした。


「ち、違うって。ただ、あんなふうに混ざってるの、初めて見たから……」


「ふーん」


 圭一は意味深に笑ったが、それ以上は何も言わなかった。


 放課後、雨は本格的に降り出していた。

 校舎の廊下は濡れた靴音で少し騒がしい。陽が傘を差して昇降口に出たところで、見慣れた姿を見つけた。


「奏?」


「あ……」


 彼女は傘を持っていなかった。少し困ったように立ち尽くしている。


「傘、ないの?」


「……うん。天気予報、外れたね」


「……よかったら、入ってく?」


 陽は、自分の傘を差し出した。奏は少し驚いたような顔をしたが、すぐに小さく頷いた。


「ありがとう」


 ふたりで一つの傘に入る。自然と距離は近くなり、肩と肩が少し触れる。陽の心臓が静かに跳ねた。


「……なんか、こういうの、初めてかも」


 奏がぽつりと呟いた。


「傘、入れてもらうの?」


「ううん、人とこんなに近く歩くこと。……慣れてないから、ちょっと変な感じ」


「……俺も」


 ふたりの歩幅が、少しずつ重なっていく。

 話さなくても、なんとなくリズムが合っているように感じた。


「……あのね、陽くん。今日、昼休みに話しかけられて……ちょっと嬉しかった」


「うん、見てたよ。なんか、いい感じだった」


「そう見えた? ……私、昔から人付き合い、ちょっと苦手で。でも最近、陽くんと一緒にいる時間が、なんていうか、自信になってきたのかも」


 陽は足を止めた。

 信号の手前、雨がアスファルトを打つ音だけが響いている。


「……俺も、奏といる時間、すごく落ち着くんだ。なんか、うまく言えないけどさ」


 奏が少しだけ、恥ずかしそうに笑った。


「変なの。私たち、そんなに話してるわけじゃないのにね」


「でも、なんか伝わるよな。言葉じゃなくても」


「うん……そうだね」


 信号が青に変わる。ふたりはまた、静かに歩き出した。


 雨は相変わらず降り続いていたけれど、ふたりの傘の中だけは少しだけ温かかった。

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