地面には知らない木々の枯葉が敷き詰められ、遠くまで紅葉の針葉樹林が続いている。そしてその砂利が白い道のようになった場所の手前に、彼の姿があった。


 柔らかな羽毛のような枯葉を踏み締めて、彼に近づいていくと、彼は顔を上げずに、口を開いた。


「この辺りの木は、気難しくてな。この季節になると、他の木と足並みを揃えるのを嫌って、揃って枯れてしまう。それもまた美しいのだがな」


 彼の前には、小さな石板のような物が立っていた。上部を円形に削り取られたそれに、細かな文字が刻み込まれている。


 私が近づくと、細波のような風が吹いてきて、私と彼の髪を静かに揺らした。


「お知り合いの方ですか」


 石碑に書かれた文字は読めなかったけれど、恐らく人の名前と、生きてきた年月が記されているはずだった。人はそうやって、人や生物の生きてきた歴史を、こうしてどこかに刻み込むのだ。


「ずっと一緒だった……。お前が知る必要は……いいや、伝えておこう。その方が俺にとってもいいような気がするしな。


 これは俺の妻だよ。テリシャ・リィン。俺が、今も、これからも、ずっと愛し続けると誓った女性の名だ」


 私は、彼が結婚していたとは知らなかった。砦では、一夫一婦制が採用されていることは幼い私でも既に知っている。砦の中心部、巫女の棲む神域の前で、人々に祝われながら、一生の契りを交わすのが慣わしだった。


 彼の灰色の瞳は、今はここにあるようでいて、だがその実、石碑の向こう、何もない空の先にある誰かの姿を認めているかのようだった。


 石碑は、断崖絶壁の島の端に整然と置かれている。その先には空白の他には何もない。どこまでも続く青と、風と横たわった分厚い雲が支配する世界。その底には瞳にも映らないとされる深い闇が潜んでいると言われている。


 石碑の近くの地面が、不自然に抉り取られたような、何かの跡がある。まるで巨大な渦の風が、有り余る力に任せて地面を抉り取っていったかのような。


 その不自然に波だった跡に手を触れようとして、彼の鋭い声が飛んできた。


「その跡に素手で触れるんじゃあねえ。その跡は疫病の根源が宿ってやがるんだ。不用意に触れるな……」


「じゃあ、この跡は一体、何なのです?」


 彼はその問いには答えず、足元の石碑に、二房ほどの小さな黄色い花を置いて、立ち上がった。


「もうそろそろ、一刻だ。戻るぞ。俺の足で戻りゃあ、丁度それぐらいになるだろう。お前もテレーザの実をまとめて、船まで戻ってこい。寄り道はするなよ」


 そう言うと、彼はまた例の引きずるような足取りで、ゆっくりと船の方へと歩いて行った。


 私は去っていく彼の後ろ姿を見送り、それからもう一度あの石碑と、奇妙な地面の跡を見てから、船に戻るために林へと歩き始めた。



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