私は、ここにいていい存在なんだろうか。船長は私を、控えめに言って贔屓してくれている。他の船の船長達は皆、私が船に乗ることを極端に感じられるほど嫌がっていたのに。


 林の下は、柔らかくて茶色い枯葉の絨毯ができている。上を見上げると、ここの辺りの木々は何故か枯れている。枝から葉が剥がれ落ちて、虚しい風景画のような寂しい頭部を世界に晒しているように見えた。


 入ってくる時の木々と、種類が違うのだろう。この木達は、栄える季節が違っているのだ。


 そんなことを考えながら、枯葉の絨毯の上を歩いていくと、やがて少しずつ、小さな活気のある声が聞こえ始めた。


「で、あれがそれでよ」


「籠、そっちもう一杯か?」


「この枝、黙って持って帰ったら怒鳴られるかなあ」


 私は、その明るい広場に入った時、多分、一瞬の幸福感を感じていたのだろう、思わず一瞬、足を止めて、その光景を暫くの間眺めていた。


 陽が一杯にその広場に届いていて、開けた土と砂の地面が魔法のように『サワの葉』色に光り輝いていた。テレーザの実は、船員達が腰を屈めているその上に、豊かに実り、青々とした葉が陽光を受けて眩しいほど乱反射していた。広場は崖に面しており、その先には何もなかった。島の終わりだ。


 私が歩き始めると、船員の一人が私に気付いたのか、声をかけてきた。


「よう、イレイヌ。お前もテレーザ取りに行けって言われたのか?」


 船で樽が転がって来た時、謝ってきた船員だった。金髪を緑色のバンダナで結んでいる。


 確か名前は……。


 私が黙っているので、彼は気を利かせたのだろう、真っ白な歯を見せながら、自分に指を向けて言った。


「俺の名前はペルドン。ペルドン・ルイズ。今一番ノリに乗っている男さ」


 また言ってら、と仲間が言い、笑い声が起こった。ペルドンは気にする素振りもなく私の近くに近づいてくると、私に向かって籠を見せた。


「ほれ、これ。皆この籠持ってるから、これにどんどん入れていってくれ。時間が来たら、教えるから」


 私は籠を受け取りながら、ペルドンに向かって聞いた。


「あの、ポレーヌ船長はどこに行ったか分かりますか? 一人でどこかに歩いて行ってしまったんですが……」


 ペルドンは一瞬目を丸くしたが、やがて瞬きをした後、思案するように視線を上に向けながら、こう答えた。


「さあ……。ただでさえ船長は単独行動が多いからなあ。何せ船長だから。でも、ショルヌ諸島に来たら、確かによくいなくなってるな。時間が来たら、どこかからゆっくり帰ってくるんだよ」


「そうなんですか」


 彼が左足を引き摺りながら離れていく後ろ姿を私は思い描き、何故か苦しい気持ちに駆られた。


「じゃあ、時間まで頼むわ」


 分かりました、と私は言い、彼らから少し離れた場所で、独りで黙々とテレーザの木の実を獲り始めた。


 テレーザの実は桃色で、表面に柔らかな産毛が生えている。触るとチクチクと心地よい。食べてはいけないことは分かるけれど、きっと果汁はたっぷりで甘くて美味しいのだろう。少なくとも表面からはそう見えた。


 朗らかな声が、耳に届いてくる。快活な、空挺賊の船乗り達の声。思わずナイフを取り出して、地面に突き立てたいと思っている自分に気づいて、私は自制を心がけて、その場を更に離れた。


 テレーザの実は、私には異常に感じられるぐらい、この辺りの木に実りに実っていた。先程までの枯れきった木々の林とはまるで雰囲気が異なる。薄気味悪さを感じる程に。


 気づけば、私はショロンリスのように木々の間を軽やかに縫い、次々とテレーザを木からもぎ取っては籠に入れて行った。背中に背負っていた籠は、気付けば担ぐのにも難儀する程重みを得ていた。


 汗をかき始めていた私は、そこで不意に立ち止まる。そうする自分を、自覚していながら、酷く冷めた頭の中で、こう思った。


 やっぱり、彼がどこに行ったのか、気になる。


 私はテレーザが一杯に入った籠を、目印にバンダナを結び付けた木の袂に置いて、汗を拭うと、小走りに走り始めた。船長が歩いて行った方向へと。足元に生い茂った低木が邪魔で、何度もジャンプした。


 飛び上がるたびに、船長の元に近づいているのを実感した。それは触れる風がそう教えてくれるのだった。


 彼がそこにいると、私に風が教えてくれていた。


 テレーザの林を抜けると、そこはまた枯れ木のエリアで、そこからは遥かに走りやすくなった。回転する自分の足が何故か誇らしく感じられ、私は確かにその時、静謐な喜びのようなものを感じていた。


 私は風が何を言っているのか、漠然とながら感じられる。言葉に変換することは難しいけれど、確かに彼らは何かを伝えたがっているのだ。私はその風の言葉に耳を澄ます。肌で感じ取り、それら言葉に換えがたい何かを、心の中に仕舞い込もうと努力する。


 私がこうして風の声を聴くことができるのを、人に伝えようと思ったことはない。『風を読む』ことは、砦の住人や船乗り達にとっては、左程難しいことではないからだ。


 茂みを抜け、枯れ果てた木々の林を通り抜けた先に、彼がいた。


 独りで、そこに、音もなく佇んでいた。


 ただ独りで。



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