第2話 大山君が『人ではない不思議な生き物』に見える瞬間

 手を繋いだまま、私たちは水族館内のレストランにやってきました。大きな水槽がすぐ近くにあるレストランですが、早い時間のせいか人はまばらでした。

 ウェイトレスさんが可愛らしい『タコのぬいぐるみ』を頭に被っていました。気になってレストラン内を見回してみると、『フグのぬいぐるみ』とか、『タイのぬいぐるみ』とか、全員が何らかの海の生き物のぬいぐるみを頭に被っていました。


 気になって尋ねると、若いウェイトレスさんは私には真似できないような明るい笑みを浮かべ、

 『夏休みの特別イベントで、館内のスタッフ全員が海の生き物のぬいぐるみを被ってるんです! 売店で同じものを買うことができるので、もし良かったら覗いてみてください!』

 と、これまた私には真似できないようなハキハキとした元気な口調で、丁寧に教えてくれたのでした。


 正直なところ、私は『可愛い』には昔から弱いです。ウェイトレスさんが頭に被っている可愛らしいぬいぐるみも、できれば二、三種類は購入して、家で一人でいる時にこっそり頭に被って楽しみたいです。

 ですがそれは、他人から見た私の『キャラクター』ではありません。



 年齢によらず、人は人を『キャラクター』として認識します。『真面目な人』『チャラい人』『文学少女』『サバサバした人』。表現方法は沢山ありますが、特徴的な要素をいくつかピックアップして、それにふさわしい『ラベル』を頭の中でペタペタと貼り付けると、類型によって分類してしまいます。


 一度張られた『ラベル』は、簡単には付け替えられません。

 人がもし、自分に付けられた『ラベル』には相応しくない行動をとった場合、期待される反応は主に二通りです。一つは、『ギャップ萌え』のように好意的に受け取られること。例えば『不良少年』が雨の中『捨て猫』を拾い、優しく頭を撫でているような場合です。


 一方、普段物時好かな『文学少女』が『元気に挨拶』をすると、相手は素直に喜んではくれません。たいていの場合『困惑』するか、苦笑いを浮かべながら挨拶を返してくれますが、ひどいとそれだけで『変な噂』を流されたり、『調子に乗り出した』など、全く不当な扱いを受けることさえあるのです。実際、中学生時代の私がそうでした。


 それ以降、私は『他人が私をどう見ているか』ということを注意深く『観察』するようになりました。他人が私にどのような『ラベル』を貼り付け、分類しているかを正確に見極めるためです。

 たとえ『不名誉なラベル』を張られていたとしても、そのラベルに反した行動をとらない限りは、たいていの場合『実害』はありません。相手が私にペタペタと張り付けたラベルの通りに振舞っていれば、平穏な日常を送ることができるのです。


 たいていの場合、一週間もあれば相手が私にどのようなラベルを張ったのかが分かります。第一印象でラベルを張られてしまうことも少なくありませんが、そのラベルを正確に見極めさえすれば、後はそのラベルに合わせていればそれなりに悪くない関係を築くことができます。

 はじめの頃は若干の戸惑いもありましたが、一度慣れてしまえば、意外と楽なモノです。



 「雪野さんが被るなら、何のぬいぐるみがいいですか?」

 大山君はいつも通り『のほほん』とした調子で、私にそんなことを尋ねます。

 「ぬいぐるみですか? 私には似合わないと思いますよ」

 「雪野さん、被ったことがあるんですか?」

 「いえ、ないですけど」

 「なら一度、一緒に試してみませんか? 僕の見立てだと、雪野さんには『タコのぬいぐるみ』が似合うと思うんです」

 私は、先ほどのウェイトレスさんの元気な姿を思い出しました。

 「私には似合わないですよ」

 「試着してみて、それでも雪野さんがやっぱり合わないなと思ったら、買わなければいいんです。試す前から似合わないだなんて、もったいないと思うんです」

 大山君の主張は極めて合理的でした。私は、『他人から見た私のキャラクターには合わないな』とは思いつつも、大山君の提案を受け入れることにしました。


 実を言うと私は、大山君が私にどのような『ラベル』を張り付けたのか、未だに理解できていません。三ヵ月以上も『観察』しているのに分からないなんて、ハッキリ言って前代未聞です。それとも、もしかして大山君は、私に『ラベル』を張っていないのでしょうか?


 しかし、私は他人にラベルを張らない人なんて見たことがありません。家族や友人、ご近所さん、果てはテレビに映るだけの芸能人に至るまで、人は簡単に『ああ、この人はこういう人だな』と判断して『ラベル』を張り、頭の中で分類するのです。だから大山君も、帰納法と演繹法を合わせて考えれば、私にラベルを張っているはずなのです。


 ですが、私には時々、大山君が『人ではない不思議な生き物』に見える瞬間があります。もちろん、それは突拍子もない主観で、極めて非合理的な錯覚以外の何物でもないことは十分に心得てはいるのですが、三ヵ月以上にわたる大山君の観察結果は、大山君が『人ではない不思議な生き物』であることを要請しているように、私には思えるのでした。



 大山君は鞄から『甘栗』を取り出すと、ご飯の直前にもかかわらず新しく封を切ろうとしました。

 「大山君、ご飯前ですよ」

 「でも、一個だけなら」

 「ダメです。我慢してください」

 少し言い方がキツかったのでしょうか、大山君は見るからに『しょんぼり』とした様子で、『甘栗』を鞄にしまうのでした。しかし、すぐに『のほほん』としたいつもの調子に戻ると、『どんぐり』が沢山入ったガラスの小瓶を鞄から取り出したのです。

 そうです。大山君は『どんぐり』が大の好物なのです。

 「どんぐりもダメですよ」

 「で、でも、栗よりは小さいですし、一個だけなら……」

 「そういう問題ではありません」


 そもそも、普通は『どんぐり』を食べないのです。まあ、場合によっては食べることもあるかもしれませんが、少なくともガラス瓶に入れて常に持ち歩き、スナック感覚でパクパクと食べることはしません。


 大山君がしょんぼりとして『どんぐり』が入ったガラスの小瓶を片付けると、ちょうど頼んでいた昼食が運ばれてきたのでした。美味しそうな海鮮丼です。中央にはキラキラと輝くいくらが乗っていて、その周りを新鮮なマグロやサーモン、ブリやイカが賑やかに取り囲んでいます。

 「うわあ、すごく美味しそうですね~!」

 それを見て大山君は、唇をペロッと舐めたのでした。

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