040 【四大魔王・メルファと出生の秘密】

「アッシュ様。通信が入っています」とクリスティが言った。


「誰だ?」


「わかりませんが……。非常に強力な魔力を感じます。ヴェローナ様以上かと」


「ヴェローナ以上だと?」


 あのサキュバスをも上回る存在とは、一体何者だ?


「どうされますか?」


「……繋いでくれ。相手が誰であれ、無視するわけにはいかないだろう」


 クリスティが頷くと、水晶の表面が揺らめいた。


 豪奢な椅子に座る銀髪の少女の姿が映し出された。

 彼は肘掛けに肘をつき、頬杖をついていた。


 とにかく小さい。10歳くらいの子どもに見える。

 しかし、映像越しにも、彼女の持つ禍々しい魔力がわかった。


「やぁ、はじめまして」少女は言った。「貴様が【魔人・アッシュ・ハルピュイア】か」


 いつの間にかハルピュイアという名字になっていたのも驚いたが。

 俺は婿入りしていたのか……。

 いや、それよりも。


「魔人だと……?」


「気づいていないのか?」少女は微笑む。「貴様のような存在を魔人と言わず、なんと呼ぶ。とうに人間の領域は逸脱しているだろう」


「俺は……ただの元賢者だ」


「貴様は、すでに人ならざる者だよ。あのヴェローナを倒したとはな」


「ヴェローナの知り合いなのか?」


「知り合い? まあ……そうだな。このあたりのダンジョンで揉め事があれば、私が出張ることになっている」少女―は、つまらなそうに指の爪を見つめながら答えた。「わたくしはメルファ。四大魔王の一柱だ」


 四大魔王……だと?

 伝説上の存在が、なぜ連絡をしてきたのか?。


「四大魔王様が、俺のような成り上がりの『魔人』に何の用だ?」


「成り上がり、か。自分の立ち位置を理解していないのだな」メルファは俺と視線を合わせないまま、冷ややかに言った。「貴様が今後、人間側か、それとも我ら魔族側につくのか。少し興味がわいてな」


「俺は、ただルゥナを救いたいだけだ。人間側でも魔族側でもない」


「なるほど。面白い……」とメルファは言った。


 四大魔王か……。

 ルゥナの病気について、何か知っているかもしれない。


「一つ、聞きたいことがある」俺は尋ねた。「『魔力欠乏症』という病について、何か知らないか? 生まれつき魔力が足りず、定期的に補充しなければ生きていけない病だ」


 俺の問いに、メルファはわずかに興味を示したように見えた。

 彼女はゆっくりと顔を上げ、初めて俺の目を真っ直ぐに見据えた。


「ふむ……魔力欠乏症、か。面白い症状だな。人間にしては珍しい」


 人間にしては? その単語が、妙に引っかかった。


「妹の病気を治したい。それが貴様の望みか」


「ああ、そうだ」


「なるほどな。それで、妹の病気を治したあとは、どうしたい?」


「一緒に、幸せに暮らせたら、それでいい」


「ささやかな願いだが、貴様の、そのささやかな願いが、この世界を混乱に陥れるだろう」と意味深なことを言った。「私から言えるのは、ひとつだけ。妹を救いたければ、いまの道を進んでいくのが良いだろう。さらなる闇に……魔に堕ちよ」


 メルファは、それ以上語ろうとはしなかった。


「今日のところは、顔見せは終わりとしようか」メルファは再び視線を逸らした。「魔人・アッシュ。貴様の選択が、この地に何をもたらすか、高みから見物させてもらうとしよう」


 メルファは、最後に一言だけ付け加えた。


「貴様の親によろしく伝えておくがいい」


 通信が切れる。

 水晶の表面からメルファの姿が消えた。


「……親に、よろしく、だと?」


 俺の母親は、とうの昔に亡くなっている。

 ルゥナと同じく、魔力欠乏症が原因だったと聞いている。

 いったい、どういう意味なのだろうか……。


 四大魔王メルファ。

 彼女の真意は読めなかった。

 ただ、『魔に堕ちよ』という言葉が妙に頭に残る。

 それがルゥナを救う道だとでも言うのだろうか。


「アッシュ様、大丈夫ですか? 顔色が優れませんが」


 隣に控えていたクリスティが心配そうに声をかけてきた。

 いつの間にか人間の姿に戻っている。


「ああ……少し考え事をしていた」俺は頭を振り、クリスティに向き直る。「クリスティ、さっきのメルファという魔王については、どう思う?  特に『魔力欠乏症は人間にしては珍しい』という言葉が気になったんだが」


「四大魔王……計り知れない存在ですね」クリスティは腕を組み、思案顔になる。「魔力欠乏症について、何かご存知なのかもしれません。人間にしては珍しい、ともおっしゃっていましたね」


「そうだな」


「ご家族の話を聞いても良いですか? アッシュ様は、どのようなご家庭で育ったのですか?」


「産まれたときから父はいなかった。母は……俺が魔術学院に通っていた頃に亡くなった」


「生活費はどうされていたのですか?」


「ある程度貯めていてくれたので、その貯金を使いつつ……。成績優秀で奨学金も出ていたし、学院を出たあとは、そのまま王立魔法研究所所属になったからな」


「何か、出生の秘密があるのかもしれませんね」


「出生の秘密……?」


 考えたこともなかった。

 俺もルゥナも、ごく普通の人間の子として育ったはずだ。


 だが、メルファの言葉、そして母とルゥナを結ぶ魔力欠乏症という奇妙な符合。

 偶然、で片付けて良いのだろうか。


 いや、いまは、その謎を追っている場合ではない。

 メルファが何を知っていようと、俺のやるべきことは変わらない。


「なんにせよ」俺はつぶやいた。「ルゥナを救う道が魔に堕ちることだと言うのなら、喜んで堕ちてやろう。俺には、もうそれしか残されていない」


 覚悟は決まっていた。


 そのときだった。


「ダーリン、素材を持ってきたよ」と言ってシエラが不意に現れた。

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