039 クーデター

「わかりました。アッシュ様。それでは、私たち王立魔法研究所と共に、クーデターを起こしましょう」


「……なんだと?」


 俺は思わずエリアナの顔を見返した。

 クーデターだと?

 王立魔法研究所の副所長が、そんな言葉を口にするとは。


「聞こえませんでしたか? アッシュ様。私たち王立魔法研究所の有志と共に、クーデターを起こしましょう、と申し上げたのです」


 エリアナは、先ほどまでの絶望的な表情ではなかった。

 覚悟を決めた強い意志を瞳に宿していた。


「……正気か? お前」


「ええ、正気です。あるいは狂気かもしれませんが。もはや、これしかアヴァロンを救う道はありません。そして、アッシュ様の力を、正当な形でアヴァロンにお貸しいただく唯一の方法です」


 エリアナは、きっぱりと言い放った。


「研究所の職員の、およそ七割は、現所長の方針に強い不満を抱き、私の考えに賛同してくれています。彼らはアッシュ様の追放にも反対していました。皆、国を憂い、真にアヴァロンを救う道を模索している者たちです」


 七割……。

 思った以上に、現体制への不満は燻っていたらしい。


「計画は?」


 俺は短く尋ねた。


「まず、私たちが研究所の実権を掌握します。内部からの蜂起は比較的容易でしょう。抵抗する者は排除します」


 エリアナは淡々と、しかし力強く語る。


「研究所を掌握した後、その戦力をもって王宮を制圧します。陛下の身柄を確保し、アッシュ様を新たなアヴァロンの指導者として迎え入れるのです」


「国王を排除すると?」


「陛下ご自身に、現体制の限界をご理解いただき、アッシュ様に禅譲していただくのが理想ですが……抵抗されるようであれば、やむを得ません。全ては、アヴァロンを【魔物の氾濫】から救うためです」


 そこまで考えているとはな。

 単なる副所長ではない。胆力も、行動力もある女だ。


「なぜ、俺を王に?」


「アッシュ様の要求だからです。そして、正直に申し上げれば、この未曾有の危機を乗り越えられる可能性があるのは、もはやアッシュ様しかいないからです。あなたの知識、あなたの魔力……それこそが、今のアヴァロンに必要なのです。国を救うためならば、私は悪魔にでも魂を売ります。たとえ、それが、かつて我々が追放したあなたであったとしても」


 エリアナは俺の目を真っ直ぐに見据えて言った。

 その瞳に、嘘や迷いは感じられない。

 あるのは、国を救いたいという、なりふり構わぬ執念だけだ。


「……面白い」


 予想外の展開だ。

 だが、悪くない。

 アヴァロンの王ともなれば、ルゥナに関する情報も、より手に入れやすくなるはずだ。


「ありがとうございます、アッシュ様……!」


「ただし、条件がある」俺はつづけた。「研究所の掃討作戦……つまり、所長派の排除には、俺も直接参加する」


 エリアナは驚きの表情を見せた。


「アッシュ様自ら手を……? 危険ではありませんか?」


「俺に逆らった連中には、直接、落とし前をつけさせてもらう」


「……承知いたしました。アッシュ様のお力があれば、これほど心強いことはありません」


「それから、連絡手段だ。通常の通信では傍受される可能性がある。秘匿性の高い魔法通信を設定するぞ」


 俺は指先に魔力を集中させ、複雑な術式を構築する。

 エリアナも即座に理解し、自らの魔力で応答する。

 互いの魔力を織り交ぜ、暗号化された特殊な通信経路を確立する。

 これで、外部に漏れることなく、俺とエリアナは直接連絡を取り合える。


「これでよし。蜂起の準備が整い次第、この通信で連絡しろ」


「はい!」エリアナは再び深々と頭を下げた。「では、私はこれにて。準備に取り掛かります」


「ああ。クリスティ、外まで送ってやれ」


「かしこまりました」


 エリアナはクリスティと共に部屋を後にした。


 一人になった玉座の間で、俺は静かに思考を巡らせる。

 クーデター、か。

 面白いが、リスクも高い。


 特に、王立魔法研究所には、厄介な魔法や魔法道具も多いはずだ。

 そうなると、対策をするには……。


「ダーリン、呼んだ?」


 不意にシエラが現れた。


「いや、まだ呼んでないが、そろそろ呼ぼうと思っていたところだ」


「そんな気がしたから飛んできたの」


 シエラは嬉しそうに羽をパタパタと動かして見せる。


「王立魔法研究所と戦うことになりそうだ。奴らに対抗するための、特殊な魔法道具が必要になる」


「王立魔法研究所……。たしかに、すごい攻撃魔法を使われるかも」


「ああ。連中は、攻撃魔法だけでなく、状態異常や精神干渉など、厄介な魔法を多数保有しているはずだ。それらに対抗するための、高性能な『魔法に対する防衛具』を、俺自身で作りたい。そのための、最高の素材を、お前から購入したいのだが、手配は可能か?」


 賢者としての知識と技術を活かすなら、既製品よりも、俺自身でカスタマイズした方が確実だ。

 問題は、そのための希少な素材を手に入れる方法だった。

 わざわざ集めている時間はない。


 シエラは顎に指をあて、少しの間目を閉じた。


「王立魔法研究所の魔法使いが相手となれば、最高水準の素材が必要になるかな」シエラは目を開き、落ち着いた口調で続ける。「候補となる素材はいくつかあって……。例えば、あらゆる魔法ダメージを軽減し、特に精神干渉に高い耐性を持つ【星屑のミスリル】。特定の属性魔法を吸収、あるいは反射する特性を持つ【古竜の逆鱗】。あるいは、着用者の魔力循環を安定させ、状態異常を防ぐ【世界樹の枝葉を編んだ布】とか。どれも最高級の素材だけど、ハルピュイア商会のネットワークであれば、入手はできる」


「ほう……」


 さすがは大陸全土にネットワークを持つハルピュイア商会だ。

 聞いたこともないような希少素材の名が次々と出てくる。


「価格は?」


「ふふふ。ダーリンだもん。特別価格で提供するよ」


「毎度、助かるが……本当に良いのか?」


「出世払いでいいよ! ダーリンには期待してるから」


 ありがたい話だった。


「よし、シエラ。それらを可能な限り急ぎで手配してくれ。金額は?」


「量にもよるけど……どれくらい必要?」


 防具を3つくらいは用意しておきたいか……。

 俺はざっと計算し、シエラに量を伝えた。


「うーん。それなら1億テラールくらいかな? 割り引きして1000万テラール」


 高いが……まあ、払えなくもない額だ。


「すまないが、それで購入したい」


「うん。わかったよ。最優先で手配するね」


 しかし、そこまで割り引いてもらうのは心苦しいな……。

 アヴァロンを奪った暁には、国庫からハルピュイア商会に払おう。


「じゃ、集めてくるね」


 シエラは嬉しそうに微笑むと、一礼し、音もなく飛び去っていった。


 さて、防具の設計に取り掛かろうか……としたときだった。


「アッシュ様。通信が入っています」とクリスティが言った。


――――――――――――――――――

【★あとがき★】


ついに書き溜めがなくなりました。

できるだけ毎日更新をしていきたいと思いますが、1日1話を朝7時13分前後に投稿できたら良いなぁ、という感じです。


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