042 防具錬成

「ダーリン、素材を持ってきたよ」と言ってシエラが不意に現れた。


 振り返る。

 つい先ほどまで、四大魔王メルファとの不可解な通信に思考を巡らせていたところだ。

 シエラの唐突な帰還は、重苦しい空気を一瞬で霧散させた。


「早いな。もう集めてきたのか?」


「ふっふーん。ハルピュイア商会のネットワークを舐めないでよね! ダーリンのためだもん、最優先で手配したんだから!」


 シエラは得意げに胸を張る。

 大きな革袋を水晶の間の床にどさりと置いた。

 ずしり、と重い音が響く。

 中身は相当な量と質の素材だろう。


「どれも最高級品よ。さあ、見て見て!」


 シエラが袋の口を開くと、中から様々な素材が顔を覗かせた。

 まず目に飛び込んできたのは――。

 夜空の星々をそのまま閉じ込めたかのように、無数の光点を明滅させる金属塊だった。


「これが……【星屑のミスリル】か」


 俺は息を呑んだ。

 手に取ってみる。

 ひんやりとした感触とともに、その途方もない魔力抵抗が伝わってくる。

 あらゆる魔法、特に精神干渉に対する絶対的な守り。

 これほどの素材は、王立魔法研究所の秘蔵庫ですら見たことがない。


「こっちは【古竜の逆鱗】。一枚一枚が、そこらの魔法盾を軽く凌駕する強度と属性耐性を持っている。特に火と氷には滅法強いの」


 シエラが次に示したのは、虹色に輝く巨大な鱗だった。

 光の角度によって色を変え、見る者を幻惑するような美しさだ。

 特定の属性魔法を吸収、あるいは反射する特性を持つという。

 使い方次第では、攻撃にも転用できるかもしれない。


「そして、これが【世界樹の枝葉を編んだ布】。軽くて丈夫なだけじゃなくて、着用者の魔力循環を安定させて、状態異常を強力に防ぐ効果があるのよ」


 最後にシエラが見せたのは、柔らかな光沢を放つ緑色の布だった。

 触れると、温かい生命力が伝わってくるようだ。

 これを下地に使えば、どんな過酷な状況下でも安定した魔力制御が可能になるだろう。


「すごいな。これだけのものを、よくこれほど早く」


「ダーリンのためだもん! 当然でしょ!」シエラは満面の笑みだ。「さ、早くこれで最高の防具を作って!」


「ああ、そうだな」


 俺は気持ちを切り替え、素材を手に取った。

 研究室へ移動する必要がある。


「クリスティ、研究室の準備は?」


「はい、アッシュ様。いつでもお使いいただけます」


 いつの間にか人間の姿に戻っていたクリスティが、静かに頷いた。


「よし。シエラ、お前も手伝ってくれるか?」


「もちろん! ダーリンの頼みなら、何でもするよ!」


 俺たちは素材を運び込み、隠し部屋の研究室へと向かった。

 かつてのダンジョンマスターが使っていたというこの場所は、埃っぽさはあるものの、設備は充実している。

 そして何より、静かで集中できる。


 作業台の上に素材を広げる。

 ミスリル、竜鱗、世界樹の布……。

 どれもこれも、並の魔術師が一生かかっても触れることすら叶わないであろう代物だ。


 これを加工するには、俺の賢者としての知識と技術、そしてダンジョンマスターとしての強大な魔力が必要不可欠となる。


「まずは設計だな……」


 俺は羊皮紙を取り出し、羽根ペンで設計図を描き始めた。

 対象は、俺自身、そしてエルミナと……妻であるシエラも加えるべきか……?

 クーデターを起こすメンバーは、それほど多くは要らない。


「ダーリン、私の分もあるの?」


 シエラが隣から顔を覗き込んできた。期待に満ちた瞳だ。


「もちろんだ。お前にも最高の防具を作ってやる」


「やったー! ありがとう、ダーリン!」


 シエラは嬉しそうに俺に抱きついてきた。

 また「ぎゅう」だ。柔らかい。


「アッシュ様……。設計に集中されてはいかがですか?」


 クリスティが、少し呆れたような、それでいてどこか羨ましそうな声で言った。


「そうだな。すまん」


 俺はシエラをそっと離し、再び設計に集中する。

 俺の防具は、総合的な防御力と魔力補助を重視。

 エルミナには、剣士としての機動性を損なわず、物理防御と属性耐性を高める鎧を。

 シエラには、飛行能力を阻害せず、風属性魔法への耐性を高めた軽装鎧を。


 それぞれの特性と役割を考慮し、最適な素材の組み合わせと魔法付与(エンチャント)を考えていく。

 頭の中で複雑な術式が組み上がり、設計図へと落とし込まれていく。


「ふむ……【星屑のミスリル】を核にして、【古竜の逆鱗】で表面を覆い、【世界樹の布】で内張りを……。これに、俺の魔力増幅技術の応用と、ダンジョンの魔力を利用した自己修復機能を付与すれば……」


 俺は独り言のように呟きながら、ペンを走らせる。

 研究所時代に培った知識と、ダンジョンマスターとして得た新たな力が、頭の中で融合していく。


「ダーリン、すごい……。見てるだけで、なんだかワクワクする!」


 シエラは目を輝かせながら、俺の作業を見守っている。


「アッシュ様の魔術知識と創造性は、やはり常軌を逸していますね……。これほどのものを、設計図の段階で完璧に構想できるとは」


 クリスティも感嘆の声を漏らした。


「さて、設計はできた。次は、いよいよ加工だ」


 俺は立ち上がり、作業台の中央に【星屑のミスリル】を置いた。

 まずは、この扱いの難しい金属を加工する必要がある。


「クリスティ、魔力炉の出力を最大に。シエラ、風の魔法で温度制御を手伝ってくれ」


「はい、アッシュ様!」

「任せて、ダーリン!」


 クリスティがダンジョンの魔力を操作し、魔力炉に莫大なエネルギーを供給する。

 炉は眩い光を放ち、超高温状態となった。

 シエラは翼を巧みに操り、炉の周囲に精密な風の流れを作り出す。

 これにより、ミスリルにかかる熱を均一に保ち、歪みを防ぐ。


 俺は杖を構え、ミスリルに意識を集中させる。

 そして、体内の魔力を練り上げ、杖の先端へと送り込んだ。


「【錬成:星屑の鎧核(アストラル・コア・フォージ)】!」


 俺の魔力がミスリルに流れ込む。

 ミスリルは、まるで生きているかのように脈動し始め、徐々に形を変えていく。

 俺の設計図通りに、複雑な曲線と面を持つ鎧の核へと。


 額から汗が流れ落ちる。

 【星屑のミスリル】の加工は、想像以上に魔力を消耗する。

 ダンジョンからの魔力供給がなければ、到底成し得ない作業だ。


「ダーリン、すごい魔力……!」シエラが驚きの声を上げる。「こんなに強大で、しかも精密な魔力操作……やっぱり、ダーリンは特別ね!」


 シエラの賞賛の言葉が、消耗した精神に染み渡る。

 そうだ、俺は特別だ。

 ルゥナを救うため、このダンジョンを守るため、俺はもっと強くならなければならない。


 数時間後、ついに【星屑のミスリル】の加工が完了した。

 俺の前には、設計図通りの美しい鎧核が静かに佇んでいる。


「……第一段階は、完了だ」


 俺は安堵の息を吐き、椅子に深く腰掛けた。

 全身から力が抜け、疲労感がどっと押し寄せる。


「お疲れ様、ダーリン! すごかったよ!」シエラが駆け寄り、俺の汗を布で拭ってくれる。


「アッシュ様、お見事でした。次は【古竜の逆鱗】の加工ですね。休憩を取られますか?」


「いや、続ける」


 休んでいる時間はない。

 俺は立ち上がり、次の素材、【古竜の逆鱗】を手に取った。

 この虹色の鱗を、ミスリルの鎧核に寸分の狂いなく貼り合わせ、一体化させる必要がある。

 これもまた、高度な技術と集中力を要する作業だ。


「【融合:竜鱗装甲(ドラゴニック・アーマー・フュージョン)】!」


 再び、俺の魔力が研究室に満ちる。

 虹色の【古竜の逆鱗】が、設計図通りに【星屑のミスリル】の鎧核へと吸い寄せられ、貼り合わさっていく。

 一枚一枚が持つ強大な魔力を制御し、完璧な一体化を目指す。

 シエラの風とクリスティの助言を受けながら、俺は慎重に作業を進めた。


 数時間後、ミスリルの核は完全に竜鱗で覆われ、深虹色の輝きを放つ鎧の外殻が完成した。


「……よし。次は内張りだ」


 息つく間もなく、【世界樹の枝葉を編んだ布】を手に取る。

 これを鎧の内側に寸分の狂いなく張り合わせ、着用者の魔力循環を補助し、状態異常を防ぐ複合的な守護魔法を付与していく。


「【生命循環(ライフ・サーキュレーション)】! 【状態平癒(ステータス・レジスト)】!」


 布地に魔力を込めると、淡い緑色の光を放つ紋様が浮かび上がり、鎧殻と分子レベルで結合していく。


 そして、ついに――。


 俺自身のものとなる、黒に近い深虹色の全身鎧が完成した。

 魔力増幅と多重防御結界が付与され、機能美を追求した、まさに決戦仕様の逸品だ。


 同様の手順で、エルミナのための機動性を重視した軽鎧、シエラのための飛行補助と風耐性を持つ流線形の軽装鎧も、それぞれの特性に合わせて調整を加えながら完成させた。


 作業台の上には、三つの輝く防具が並ぶ。


「……できた」


 俺は、完成した自分の鎧を手に取り、その出来栄えを確認した。

 素材の力、俺の技術、そしてクリスティとシエラの協力。

 その全てが結実した、まさに最高傑作と言えるだろう。

 これならば、王立魔法研究所の連中がどんな魔法を使ってこようと、十分に対抗できるはずだ。


「すごい……! きれい……!」シエラは自分のために作られた軽装鎧を手に取り、うっとりと眺めている。「こんな素敵な鎧、初めて見た!」


「アッシュ様。素晴らしい完成度です」クリスティも冷静な口調ながら、その声には抑えきれない興奮が滲んでいた。


「ああ。これで、準備は整った」


 俺は自分の鎧を手に、静かに呟いた。

 視線は、研究室の壁の向こう――アヴァロン皇国へと向けられていた。


 それから3日後。

 ついに、エリアナから連絡が入った。


――――――――――――――――――

【★あとがき★】


しばらく更新が空いてすみません。

新作「死亡フラグ姫と未来視の僕 ~宿屋の息子、全力で死を回避します~」を書いていました。


転生した主人公が、自分と姫の死ぬシーンを未来視で見て、それをどうにか回避していくというサスペンス(?)的な異世界ファンタジー小説です。興味があったら読んでみてください。


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追放賢者のダンジョン再建記 ~コミュ障の俺が、妹を救うために最強のダンジョンマスターとなる~ 河東むく(猫) @KATO_Yuumin

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