036 VSヴェローナ
「ルミナス、妖精たちを後退させろ! ここは、俺とエルミナが相手をする!」
俺は管理室を飛び出した。
待機させていたエルミナも一緒だ。
花園は、先ほどまでの美しい姿を失い、黒い煤と瓦礫が散乱する荒れ地へと変わり果てていた。
その中心に、ヴェローナが不敵な笑みを浮かべて立っている。
「……ようやく出てきたわね、アッシュ。ちょっと期待外れかも。みんな雑魚すぎ」
ヴェローナは俺を睨みつけ、そう言った。
「俺が出たら、すぐに戦いが終わってしまうんでな」
「結局、ダンジョンマスター頼りのダンジョンってことね」ヴェローナは言った。「もうちょっとバランスよく戦わせるようにしないと、相手が物量で攻めてきたときに詰むわよ」
「ありがたい意見だな」
「ま、今日でこのダンジョンは、私の支配下になるから良いんだけどね。いい感じに統治してあげる」
「それはどうかな……」
俺は杖を構え、深く息を吸い込んだ。
「ヴェローナ、お前にひとつ伝え忘れていたことがある」
俺は静かに告げ、杖を天にかざした。
周囲の空気が、静かに、しかし確実に変化していく。
「何のことかしら?」
ヴェローナは余裕の表情を崩さない。
しかし、その瞳には、わずかな警戒の色が浮かんでいた。
「俺の一番得意な魔法は、聖属性だ」
俺の言葉と同時に、杖の周囲に、淡い金色の光が満ち始める。
それは、陽光を凝縮したような、暖かくも神々しい輝きを放っていた。
「【神域展開(サンクチュアリ・フィールド)】」
俺が静かに呪文を唱えると、金色の光が波紋のように広がり、ダンジョン全体を包み込んでいく。
その光は、ヴェローナの生み出した闇を浄化し、花園に本来の姿を取り戻させていく。
「【光輝裁断(セイクリッド・ジャッジメント)】」
光の領域の中で、俺は再び杖を振るった。
すると、無数の光の刃が、ヴェローナの使い魔たちに向かって降り注ぐ。
正確無比に、そして容赦なく、闇の存在を消滅させていった。
サキュバス、インキュバス、インプ……。
抵抗する間もなく、彼らは光の中に消え、塵一つ残らなかった。
刃はヴェローナにも直撃する……。
その瞬間だった。
「【影遁(シャドウ・エスケープ)】!」
ヴェローナの体が黒い煙のように変質し、瞬時にその場から消失する。
光の刃は、空を切って地面に突き刺さり、無数の光の粒子となって消えていった。
「あ、危ないじゃないの!」
実体化したヴェローナが言った。
「戦闘だからな」
ヴェローナの顔には、初めて動揺の色が浮かんでいた。
「あんた、そんな力を隠してたなんて……」
「言ったはずだ、ヴェローナ。俺が出たら、すぐに戦いが終わってしまうと」
俺は静かに告げた。
「くっ……! 生意気な……!」
ヴェローナは悔しげに顔を歪め、再び魔力を練り始めた。
しかし、その動きは、先ほどまでの余裕を感じさせない。明らかに焦りが見える。
実は、さっきの魔法で、俺は結構な魔力を消費していた。
このまま打ち合っても勝てるとは思うが……。
「エルミナ、戦えるか?」
「任せて!」
俺は一歩下がった。
「いいでしょう。相手をしてあげる」
ヴェローナはエルミナを睨みつけ、そう言った。
エルミナは剣を構え、ヴェローナに静かに向き直る。
「ヴェローナ、アッシュを奴隷になんて、絶対にさせない」
エルミナの言葉には、強い決意が込められていた。
静寂が、花園を包む。二人の少女の視線が、激しく交錯する。
先に動いたのは、ヴェローナだった。
「【闇爪(ダーク・クロウ)】!」
ヴェローナの指先から、黒い魔力が鋭い爪のように伸び、エルミナに襲いかかる。
エルミナは剣を振るい、闇の爪を迎え撃つ。
剣と爪がぶつかり合い、火花が散る。
「【影縛(シャドウ・バインド)】!」
ヴェローナは、さらに呪文を唱える。
エルミナの足元から、黒い影が伸び、彼女の体を縛り上げようとする。
「くっ……!」
エルミナは影を断ち切ろうとするが、ヴェローナの魔力は強力だ。
影は、まるで生き物のようにエルミナの体に絡みついていく。
「これで終わり!」
ヴェローナは、勝利を確信したかのように、不敵な笑みを浮かべる。
「【深淵喰(アビス・イーター)】!」
ヴェローナの背後に、巨大な闇の口が出現する。
それは、全てを飲み込む虚無の空間へと繋がっているかのようだ。
闇の口が、エルミナを飲み込もうとする。
「エルミナ!」
俺は、残りの魔力を振り絞り、杖を振るった。
「【聖護光壁(セイクリッド・ウォール)】!」
エルミナの周囲に、ドーム状の光の壁が出現し、闇の口の侵食をわずかに遅らせる。
しかし、ヴェローナの【深淵喰(アビス・イーター)】は強力無比。
光の壁は、徐々にひび割れ、今にも砕け散りそうだった。
その隙にエルミナは拘束を振り切り、剣を構え直した。
「【閃光刃(ライトニング・ブレード)】!」
エルミナは剣に光の魔力を集中させ、ヴェローナに向かって突進した。
その速さは、まるで稲妻のようだ。
「【影遁(シャドウ・エスケープ)】!」
ヴェローナは再び黒い煙と化し、その場から消失する。
エルミナの渾身の一撃は空を切った。
「なんだとっ!?」
エルミナは舌打ちし、すぐに周囲を見渡す。
ヴェローナは、先ほどよりも距離を取り、エルミナの背後に実体化していた。
「終わりよ!」
ヴェローナは手をかざし、黒い魔力を凝縮させる。
それは、先ほどの【深淵喰(アビス・イーター)】よりも、さらに巨大で、禍々しいエネルギーを放っていた。
集中している魔力の量は強大だ。
当たれば、間違いなくエルミナの命は失われてしまう。
ここでエルミナを失うわけにはいかない。
俺は、シエラの母親、セレフィからもらった宝珠を取り出した。
これを使うときが来たか。
そのときだった。
「グゥゥゥゥ……」
どこからともなく、小さな、しかし力強い咆哮が響き渡った。
「な、何!?」
ヴェローナが驚きの声を上げる。
花園の上空から、一匹の小さな竜が舞い降りてきた。
それは、深紅の鱗を持ち、背中には小さな翼を広げ、鋭い爪と牙を持つ、幼いドラゴンだった。
――――――――――――――――――
【★あとがき★】
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