035 ヴェローナの侵攻

 いよいよ、ヴェローナが侵攻してくる日になった。


 水晶の間で、俺は待機していた。

 準備は万端……とは言い難いが、ベストは尽くした。


「アッシュ様」クリスティの声が、静寂に響く。「まもなくです」


 ダンジョンの外部で、ヴェローナの魔力を探知したのだろう。


「わかった」


 俺は短く答え、杖を強く握りしめた。

 いよいよ、ヴェローナとの決戦が始まる。


「リリィとメルトには、配置につくよう伝えてあるな?」


「はい、アッシュ様。第一階層、第二階層ともに、万全の態勢で待ち構えております」


「抵抗は最低限でいい。すぐに退くように伝えろ」


「よろしいのですか? 第一階層がすぐに突破されるかと思いますが……」


「ああ。第一階層でヴェローナたちとやり合うのは得策じゃない。第二階層で勝負をかける。第一階層は最低限で良い」


「なるほど。かしこまりました。そのように指示をします」


「頼んだぞ」


 それから数分後のことだった。


「アッシュ様。ヴェローナ様がダンジョンに侵入しました」


 クリスティの声が緊張感を帯びて響く。


「侵入経路は?」


「第一階層、正面入り口からです」


「クリスティ、映像を」


「はい、アッシュ様」


 俺の脳内に鮮明な映像が流れ込んでくる。

 そこには、ダンジョンの入り口に立つヴェローナの姿が映し出されていた。


 ヴェローナは、いつもと変わらぬ妖艶な笑みを浮かべている。


「アッシュ、約束通り、勝負よ!」


 ヴェローナは高らかに宣言した。

 その声は、ダンジョン全体に響き渡る。


「クリスティ、リリィに指示を出せ。歌で、ヴェローナを誘い込むように」


「かしこまりました」


 クリスティの言葉と同時に、リリィの歌声がダンジョン内に響き渡る。

 甘く、魅惑的な歌声は、聞く者の心を奪い、深層心理に働きかける。


 しかし、ヴェローナは、その歌声に全く動じない。

 それどころか、口元に、不敵な笑みを浮かべている。


「ふん。小細工は通用しないわよ」


 ヴェローナは、そう呟くと、背中の翼を大きく広げた。

 そして、一気に加速し、ダンジョン内を飛び始めた。


 やはり効果はない。

 飛行系の能力を持つヴェローナたちに、スライムたちも打つ手はないだろう。


 やはり、さっさと退かせるべきだ。

 少々危険だが、第二階層で勝負をかけよう。


「クリスティ、メルトに伝えろ。スライムたちを全て退避させ、第二階層へ。ルミナスにも連絡を。ヴェローナが、そちらへ向かうと」


「かしこまりました」


 俺は、予定通りヴェローナを第二階層で迎え撃つことに決めた。

 第一階層では時間稼ぎにもならなかった。


「アッシュ様、私たちも第二階層へ行きますか?」


「ああ、そうだな」


 今回の戦いでは、俺自身の魔力も使わなければならないだろう。

 総力戦だ。



 俺とクリスティは第二階層へ向かった。


 目の前に広がるのは、光り輝く花園。

 色とりどりの花々が咲き乱れ、甘い香りが漂っている。

 しかし、その美しさに反して、この空間は、強力な魔力と罠に満ちている。


 俺とクリスティは、第二階層の深部にある管理室にいた。

 クリスティの出してくれた光の板で、第二階層の入口付近の情報を見ることができる。


「あら、もう着いちゃった」


 ヴェローナの声が聞こえた。

 第一階層を突破し、第二階層へ到達するまで、あっという間だった。


「アッシュ、あなたのダンジョン、簡単すぎるわよ。こんなんじゃ私の相手にならないわ」


 ヴェローナは嘲笑うかのように言った。

 その周囲には彼女が生み出した使い魔たちが控えている。


 まず目に付くのは、数体のサキュバスとインキュバス。

 ヴェローナと同じく、美しい人間の姿をしているが、背中にはコウモリのような翼、尻尾には鋭い棘が生えている。

 妖艶な笑みを浮かべ、周囲に淫靡な魔力を漂わせている。


 次に、インプと呼ばれる小型の悪魔たち。

 子供のような体格だが、鋭い爪と牙を持ち、狡猾そうな目をぎょろつかせている。

 手には、それぞれ、火炎弾や毒の短剣を持っているようだ。


 さらに、大型のモンスターもいる。

 全身が紫色の毛に覆われた、巨大な生物。

 口からは毒液を滴らせている。

 闇属性のブレス攻撃を得意とする、レッサーデーモンだろうか。


「ルミナス! 光の妖精たちにヴェローナの使い魔を攻撃させろ。ただし、無理はするな。花園の地形を利用し、ヒットアンドアウェイを徹底しろ」


「承知」


 ルミナスは光の妖精たちに指示を出す。


「妖精たちよ、花園の力を受けて、敵を討て!」


 ルミ声にナスの応え、無数の光の妖精たちが、一斉に飛び立った。

 小さな体から光の玉を放ち、ヴェローナの使い魔たちに襲いかかる。


「ふぅん。こっちが本命ってことか。聖属性のモンスターを揃えるとは、考えたわね」


 ヴェローナは、不快そうに顔をしかめた。


「お前たち、とりあえず頑張って戦ってみなさい!」


 なんて投げやりな作戦だ。

 作戦とも呼べないような作戦だが……。


 ヴェローナの指示を受け、使い魔たちが反撃を開始する。

 サキュバスとインキュバスは、妖艶な笑みを浮かべながら、光の妖精たちに接近戦を挑む。

 インプたちは、火炎弾や毒の短剣を投げつけ、遠距離から攻撃する。

 レッサーデーモンは、巨体を揺らしながら、毒液のブレスを吐き出す。


 光の妖精たちの攻撃は、確かに強力だ。

 光の玉は、使い魔たちの体に触れると、激しい光を放ち、その体を焼き焦がしていく。

 しかし、ヴェローナの使い魔たちも、ただやられているわけではない。


 サキュバスとインキュバスは、高い魔力耐性と回避能力を持ち、光の玉を巧みにかわしていく。

 インプたちは、素早い動きで妖精たちの攻撃を避けながら、反撃の機会を伺う。

 レッサーデーモンは、その巨体と強靭な毛皮で、光の玉を受けても、怯むことなく突進してくる。


 光の妖精たちは花園の地形を利用し、ヒットアンドアウェイを繰り返す。

 花々の間を縫うように飛び回り、使い魔たちの攻撃をかわしながら、光の玉を放つ。


 最初は互角の戦いだった。

 光の妖精たちは、花園の地形と花粉を巧みに利用し、使い魔たちと渡り合う。


 悪くない戦況だが……。


「うーん。もう飽きちゃった」


 ヴェローナが痺れを切らしたように、前に出る。


「終わらせちゃおっと」


 その手に黒い魔力が集束していく。

 ただならぬ気配に、光の妖精たちは本能的な危機を感じ取り、距離を取ろうとする。


「消えなさい、矮小な光たちよ……【黒曜滅界(アビス・ゲート)】」


 ヴェローナが手をかざすと、彼女の手のひらから、黒い魔力の渦が発生した。

 渦は、まるでブラックホールのように、周囲の光、空間、そして存在そのものを飲み込んでいく。


 光の妖精たちは、為す術もなく、闇の渦に吸い込まれ、次々と消滅していく。

 花園に咲き誇っていた花々も、闇に触れた瞬間、黒く変色し、塵となって崩れ落ちていく。


「アッシュ様! このままでは!」

 クリスティの悲鳴にも似た声が響く。

 ヴェローナの【黒曜滅界(アビス・ゲート)】は、光の妖精たちだけでなく、花園そのものを蝕み、確実に戦況を塗り替えつつあった。


「ルミナス、妖精たちを後退させろ! ここは、俺とエルミナが相手をする!」


――――――――――――――――――

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