034 私を、兄様の、本当の妻にしてください
俺とシエラはダンジョンへ戻った。
シエラは、また仕事らしく出かけていってしまった。
そういえば、記憶が戻ってから一度もルゥナと会っていない。
俺はルゥナと会うことにした。
「失礼するぞ、ルゥナ」
ノックのあと、俺はルゥナの私室に入った。
「あら、アッシュ。どうしたの?」
ルゥナは刺繍をしていた手を止め、俺の方を向いた。
その表情は穏やかで、優しさに満ち溢れている。
……まだ、俺の記憶が戻ったことを知らないんだな。
さて、どう切り出すべきか……。
俺達は血がつながっているのにも関わらず……。
うーん……。
「アッシュ?」
黙り込んでしまった俺に、ルゥナは心配そうな表情をしていた。
「いや……少し、ルゥナの顔が見たくなってな」
俺は平静を装って、そう答えた。
「もう。そんなこと言って……照れるじゃない」
ルゥナは頬を赤らめ、恥ずかしそうに俯いた。
そのまま彼女は俺のほうへ近づいてきた。
「ねぇ、アッシュ。私、あなたのこと、大好き」
ルゥナは俺の耳元で甘く囁いた。
その吐息が、俺の首筋をくすぐる。
「……ルゥナ?」
「アッシュ。私、早く子供がほしい」
ルゥナは俺の目を真っ直ぐに見つめ、言った。
その瞳は真剣そのものだ。
うーん……。
俺、記憶が戻ってるんだよなぁ……。
そのことを伝えたら、ルゥナは、どう思うだろうか。
「ねぇ、アッシュ。私たち、夫婦でしょう?」
ルゥナは俺の服のボタンに手をかけた。
「夫婦なんだから、いいでしょう?」
ルゥナはゆっくりとボタンを外していく。
「待て」
俺はルゥナの手を掴み、制止しようとした。
しかし、ルゥナは俺の手を振り払い、さらに強く抱きついてきた。
「愛してる。夫婦だもん。ずっとずっと一緒」
いやぁ……。
夫婦じゃないんだな、それが。
どうしたものか……。
まあ、正直に言うしかないか。
「ルゥナ。実は記憶が戻ったんだ」
「……なんですと?」おかしな口調になっていた。
「さっき、聖女と戦闘があってな。そのときに記憶が戻ったんだ」
「ふぅん」ルゥナは腕を組んで考える素振りを見せた。「ということは、つまり、私がさっき兄様に迫ったのも、妹が迫ってきていると兄様は認識しているわけですね」
「そうなるな」
「うーん。なるほど。死にます」
「いや死ぬな」なぜそう簡単に死のうとする。
「兄妹ではない関係だからこそ言えたこともありますから。私、もう死ぬしかありません」
「お前を長生きさせるために、俺は生きているんだ。冗談でも変なことを言うな」
ルゥナは俺の言葉に、しばらくの間、何も言わなかった。
ただ、じっと俺の目を見つめている。
「……兄様は、ずるいです」
やがて、ルゥナは絞り出すような声で言った。
「私が、どんな気持ちで、今まで……」
ルゥナは言葉を詰まらせた。
その瞳には涙が滲んでいる。
「ルゥナ、すまない。記憶を失っていたとはいえ、血のつながった妹に、あんなことを……」
どんなことがあったのかはさすがに言えない。
「いえ、そのことはいいんです」いいのか。「……兄様は、私のこと、どう思ってるんですか?」
その瞳は真剣そのものだ。
「それは」
俺は言葉に詰まった。
ルゥナを、どう思っているか。
そんなのは当たり前のことだ。
「『妹として』大切に思っている」
俺は、『妹として』という部分を強調し、正直な気持ちを答えた。
しかし、それはルゥナが望んでいる答えではないことは、明らかだった。
「……やっぱり」
ルゥナは力なく呟いた。
その瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「私、もう、どうしたらいいのか、わからない」
ルゥナは、その場に座り込んでしまった。
「ルゥナ……」
俺はルゥナの肩に手を置こうとした。
しかし、ルゥナは、その手を払いのけ、俺から顔を背けた。
「触らないで」
「ルゥナ、俺は……」
「もう、何も言わないで」
ルゥナは震える声で言った。
「兄様の、バカ」
「すまない。でも、お前を幸せにしてやりたいと思っている。どうしたらいいだろうか?」
「私を、兄様の、本当の妻にしてください」
「いや、それは……」
「してくれないなら、もういいです。私、もう魔力を摂りません。枯渇症で、そのまま人生を終わらせます」
「そんなことを言わないでくれ」
困ったな……。
俺は部屋の天井を見つめた。
クリスティ、こういうときはどうすればいいんだ、と念じる。
「ルゥナ様を、奥様として迎え入れるしかないのでは?」とクリスティが言った。
本体の姿はない。
ただ室内に声を響かせただけだった。
「そんなことはできない」
「どうしてですか?」
「どうしてと言われてもな……。それは、人間界では普通じゃない」
「普通である必要がありますか?」クリスティは言った。「もはや、アッシュ様は人間ではありません。魔に堕ちた存在です。人間界の法律など、どうでも良いではありませんか。そもそも、侵入者に対して攻撃をしている時点で、法律違反です」
「いや、それはそうなんだが、さすがに妹を妻にするというのは……」
「そうですよ、兄様!」
ルゥナはクリスティの言葉に、ぱっと顔を輝かせた。
先ほどまでの涙はどこへやら、その瞳には強い光が宿っている。
「クリスティの言う通りです! 兄様は、もう人間じゃないんです! 人間界の常識に縛られる必要なんて、ないんですよ!」
「ルゥナ、何を言っているんだ」
「私、兄様のお嫁さんになりたい! ずっと一緒にいたいんです!」
ルゥナは、俺の服を掴み、必死に訴えかける。
その目は、真剣そのものだ。
「でも、それは……」
俺は躊躇していた。
いくら魔に堕ちた存在とはいえ、実の妹を妻にするなど、倫理的に許されることではない。
「兄様、私を愛してないんですか?」
ルゥナは悲しそうな表情で、俺を見つめた。
その瞳には、再び涙が浮かんでいる。
「わかった」
俺は、ついに観念した。
ルゥナの、この強い想いを、俺は、受け止めなければならない。
ルゥナをこうしてしまったのは、俺の責任だ。
たとえ世界に許されない選択であろうと、俺は最後まで責任を取らなければならない。
「お前を、俺の妻にする」
「本当ですか!?」
ルゥナは目を輝かせた。
その笑顔は、まるで、太陽のように眩しい。
「ああ、本当だ」
「嬉しい」
ルゥナは俺の胸に顔を埋め、小さく呟いた。
その声は震えている。
「兄様は、本当は……私と一緒になるの、嫌?」
「嫌とかではない。ただ、常識がな、邪魔をしている」
「じゃあ兄様。私、もう一つお願いがあるんです」
「ああ、なんでも言ってみろ」
「はい。私、兄様の国が欲しいんです」
「国?」
想像外の言葉に、驚いた。
「はい。兄様の力で、私達の住んでいた国を奪って、王になってください。そして、その国の法律を変えて、私たちが正式に夫婦になれるようにしてほしいんです」
ルゥナの言葉に、俺は驚愕した。
国を奪う……?
そんなこと、考えたこともなかった。
「それは、つまり、戦争をしろということか?」
「はい。兄様なら、できますよね?」
ルゥナは無邪気な笑顔で俺に問いかけた。
「……わかった。いつになるかわからないが、必ず」
俺はルゥナの瞳を見つめ、静かに頷いた。
ルゥナのためなら、どんなことでもする。
たとえ、それが、世界を敵に回すことになろうとも。
「ありがとう、兄様!」
その笑顔は、先ほどよりも、ずっと明るく、輝いている。
「愛してる。兄様」
「ああ、俺もだ。ルゥナ」
俺はルゥナを抱きしめながら、心の中で誓った。
必ず、ルゥナを幸せにする。
そして、この世界に、俺たちの居場所を作る。
たとえ、それが、どれほど困難な道であろうとも……。
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【★あとがき★】
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