031 【聖鳥の守護盾】
「ダーリン、助けに来ましたよ!」
現れたのはシエラだった。
「シエラか……」
俺とイリスの間に立ち、盾を構えている。
「その盾は……」イリスが驚いたような声を出していた。
「これは【聖鳥の守護盾】と言いまして、ハルピュイア商会に伝わる秘宝です。聖なる力に対して、絶対的な防御力を誇ります」
シエラは胸を張って答えた。
その瞳には、強い自信が宿っている。
「……それでも、やってみなければわかりません」
そう言ってイリスが杖を掲げた。
杖の先端から眩い光が放たれる。
聖女の攻撃だ。
あの光は、並大抵の威力ではない。
「【セイクリッド・バースト】!」
イリスが叫ぶと同時に、杖から極太の光線が放たれた。
それは、全てを焼き尽くす、神聖な光。
しかし、シエラは臆することなく【聖鳥の守護盾】を構える。
光を真正面から受け止めた。
盾が激しく輝き、周囲に光の粒子が飛び散る。
そして、光が消えたとき、シエラは無事だった。
「えっへん。さあダーリン、この薬を……」
そしてシエラが薬を取り出そうとしたときだった。
イリスが再び杖を振る。
「【ホーリージャッジメント】」
今度は無数の光の矢が、シエラを襲う。
先ほどの【セイクリッド・バースト】よりも、さらに強力な聖属性の魔法だ。
しかし、その攻撃もすべて【聖鳥の守護盾】が防ぎきる。
「無駄ですよぅ。さぁ、ダーリン、夢から覚めるお薬です」
シエラの差し出した薬を、俺は飲み込んだ。
一瞬、頭が真っ白になる。
そして、濁流のように記憶が流れ込んできた。
そうだ……ルゥナは妹。
エルミナは……友人? だ。
ライラは娘で、シエラは妻。
記憶を喪失している間、いろいろなことが起きてしまったけれども。
ひとまず、いまは眼の前の現実に対処しなければならない。
「すまない、シエラ。心配かけた」
「いいえ、ダーリン。当然のことをしたまでです」
シエラは安心したように微笑んだ。
というか、すべての発端はお前だけどな。
「シエラ、下がっていろ」
俺は短く告げ、杖を構えた。
イリスも杖を構えるが、その手は震えていた。
普通に戦ったら俺が負けるわけがない。
狙うは、イリス。
そして、エルミナと交戦中の女騎士。
「【シャドウバインド】!」
杖先から黒い影が伸び、イリスと女騎士の足元に絡みつく。
影は瞬く間に二人を拘束し、動きを封じた。
「なっ……!?」
「これは……!?」
イリスと女騎士が驚きの声を上げる。
「エルミナ、今だ!」
俺の声に、エルミナが反応する。
拘束され、動きの止まった女騎士にエルミナの剣が迫る。
「はあああ!」
エルミナの渾身の一撃が、女騎士の肩口を捉えた。
女騎士は悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。
「イリス様!」
倒れた女騎士が叫ぶ。
「くっ……」
イリスは拘束を解こうともがく。
しかし、【シャドウバインド】は容易には解けない。
「勝負ありだ」
俺は杖をイリスへ向けた。
イリスは目を閉じた。
「……私の負けです。殺しなさい」
「殺したりはしない。イリス、貴様には聖属性のモンスターを産んでもらう必要がある」
「なっ……!」
イリスは目を見開き、俺を睨みつけた。
その瞳には激しい怒りと侮蔑の色が浮かんでいる。
「そのようなおぞましいことを……神に背く行為です」
俺は何も答えなかった。
「クリスティ、イリスを牢へ。あの女騎士は……魔力を吸い出したあと、放りだしておけ」
「かしこまりました、アッシュ様」
クリスティの声が静かに響く。
スライムたちが現れ、イリスと意識を失った女騎士を運び去っていく。
イリスは抵抗する様子もなく、ただ虚空を見つめていた。
その瞳には、深い絶望の色が浮かんでいる。
「ダーリン、褒めてください!」
シエラが寄ってきて頭を差し出した。
俺はシエラの頭を撫でた。
シエラは嬉しそうにしている。
なんだか本当に鳥を飼っているような気分だな……。
「シエラ、おまえが来てくれて本当に助かった」
「ダーリンの危機は指輪を通じてわかってますから」
「【聖鳥の守護盾】についてだが……。あんなすごい盾、どこで手に入れたんだ?」
「実家に飾られていた宝具なんです。ハルピュイアの一族に代々伝わる宝具でして。ちょっと無断でお借りしてきました」
「……それは泥棒だ。早く返してこい」
「うーん、便利ですし、もう少し借りておきます」
「たぶん発覚したら俺が怒られるだろ。返してこい」
「はいはい」シエラは適当に答えていた。「ダーリンもお疲れさま。ダーリンは強いね」
「ダンジョンの魔力が増しているからな……」
もともと俺が使っていた魔法も強い。
だが、それ以上にダンジョンが強化されているのが大きい。
さて、これからどうするか……と考えていると、エルミナが近寄ってきた。
そして、俺に向けて頭を突き出してくる。
「ん!」
「ん? どうした?」
「ん!」
わけがわからない。
頭頂部を俺に向けて、何がしたいんだ?
「ダーリン、たぶんですけど、褒めてほしいのでは? 頭を撫でてあげると良いと思います」
「なるほどな……」
俺とシエラのやり取りを見て、エルミナも褒められたくなったのか。
エルミナの頭を撫でる。
エルミナは嬉しそうにしていた。
人間というよりもペットに近づいてきたな……。
ダンジョンの魔力に犯され、人間としての思考が失われつつあるのだろう。
「エルミナ、本当にありがとう。お前があの女騎士を抑えていてくれなければ、今頃はどうなっていたかわからない」
「うん、アッシュのために頑張った」
どこか幼さを感じる、その口調。
街であったときのエルミナよりも、精神年齢が下がっている。
エルミナも、いつまで人間としての精神の形を保てるかわからない。
どこかで解放してあげたほうが良いのかもしれない。
そんなことを考えた。
さて……。
イリスにモンスターを産ませるか。
急がなければヴェローナの襲撃に間に合わないだろう。
俺は牢へ向かった。
――――――――――――――――――
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