029 【白光聖会】
「……アッシュ!」
誰かが俺を呼んでいる。
ゆっくりと目を開けると、心配そうな顔をしたルゥナがいた。
「ここはどこだ?」
「ダンジョンの中だよ。アッシュ、大丈夫?」
ルゥナが優しく俺の頬を撫でる。
「ルゥナか、何があったんだ?」
「アッシュが、急に倒れたんだよ」
「そうか……」
原因不明の意識喪失とは、恐ろしいが……。
えっと、なんの話をしていたんだっけ。
あ、そうそう、シエラと結婚したことを伝えていたんだ。
「ルゥナ、シエラとの結婚について相談しなかったのは悪かった。妻であるお前に承諾を取るべきだった」
「いえ、良いんです。私のことを世界で一番大切にしてくれるなら」
「ああ、当たり前じゃないか」
この子を救うために、俺は外道へ落ちる覚悟を決めたのだった。
俺の妻、ルゥナは笑顔で言った。
「アッシュ、愛してる」
その言葉は、なんだか不思議な感じがした。
なんだか、しっくりこない。
その後、俺はルゥナと別れ、ひとりで水晶の間へと戻っていた。
なんだか頭が痛い。
いろいろと腑に落ちないが、ひとまず考えるのをやめた。
いまはヴェローナとの勝負について考えるのが先だ。
シエラは仕事があるようで、ダンジョンから去っていった。
また仕事が暇なときに来てくれるらしい。
これから先の展開について考えていると、クリスタルが光った。
「アッシュ様、侵入者です」
「ああ……いや、アッシュ様じゃないだろ。お兄ちゃん、だろ」
「お兄ちゃん……侵入者です」
クリスティはどこか恥ずかしそうに告げた。
「わかった。数は?」
「聖職者たちのパーティです。総勢…5名。いずれも高い魔力を有しています。白光聖会のようです。」
聖職者か……。
シエラから購入した聖遺物が早速効果を発揮したようだな。
白光聖会というのは、このあたりでメジャーな宗教団体だ。
「リリィとメルトに迎撃準備を。エルミナはどうしてる?」
「エルミナ様はライラ様と一緒です」
エルミナは俺の妹だ。
いや、しかし、妹にモンスターを産ませるって、過去の俺はいったい何を考えていたんだ?
まあいいか……。
「クリスティ。エルミナとライラは戦えるのか?」
「はい。問題ありません。今回の敵について、ライラ様の初陣とするのも良いかもしれません。所詮は聖職者のグループです」
「侵入者たちは、第一階層のどのあたりにいる?」
「中央広場に差し掛かっています。リリィの歌に誘引されているようです」
よし、予定通りだ。
「メルトに命令。スライムたちを配置につけろ。リリィは歌を最大限に強め、侵入者たちを完全に魅了しろ」
俺の指示と同時に、ダンジョン内にリリィの歌声が響き渡る。
水晶には聖職者たちの姿が映し出されていた。
聖職者たちは、ふらふらとした足取りで広場へと進んでくる。
その顔は恍惚とし、完全にリリィの歌声の虜になっていた。
「メルト、行け!」
メルトがスライムたちを率いて聖職者たちに襲いかかる。
スライムたちは聖職者たちの足に絡みつき、動きを封じる。
「な、なんだこれは!?」
「スライム…!?」
聖職者たちは突然の襲撃に混乱していた。
しかし、すぐに体勢を立て直し、神聖魔法でスライムたちを焼き払おうとする。
「させない!」
突如現れたエルミナが、背後から聖職者たちに斬りかかった。
その剣は迷いなく聖職者たちの急所を狙う。
「ぐあっ!」
「エルミナ!? なぜあなたがここに!?」
聖職者たちはエルミナの姿を見て、驚愕と怒りの声を上げた。
彼らは、エルミナがかつて騎士団に所属していたことを知っているのだ。
「……私は、もう、人間には戻れない。いいえ、戻らない」
エルミナは冷たく言い放ち、剣を振るう。
聖職者たちは抵抗もできない。
「化け物……!」
ある聖職者が、恐怖に歪んだ顔で叫んだ。
「そうよ。私は、化け物。アッシュと一緒に、落ちていくの」
エルミナは聖職者の動きを止めた。
命までは取っていない。
「全員を回収し、牢へ」
俺はクリスティに指示を出した。
すぐにスライムたちが聖職者たちを運んでいく。
水晶には、エルミナによって無力化された聖職者たちの姿が映し出されている。
「魔力吸収後、男は放り出して良い。女は捕らえておく」
「かしこまりました。どういう意図があるのですか?」
「……教団の聖女を狙いたい。強力な聖属性の魔法が使えるはずだ。できれば、そいつをおびき寄せて捕まえたい」
「なるほど。さすがアッシュ様です」
「そして白光聖会に宣戦布告も行う。三日以内に聖女を連れてダンジョンへ来なければ、捕まえた女聖職者の命はないと……」
「残虐非道ですね! 素晴らしいです!」
褒められているのかなぁ……。
まあ良いか。
俺は椅子に深く腰を下ろし、天井を見上げた。
徐々に人間らしさを失っているな、と自覚する。
もはや、罪の呵責はない。
ダンジョンと一体化することで、俺自身が人間から遠く離れた存在になりつつあるのだろう。
ルゥナのため。
俺はルゥナを救う。
すべてを忘れてしまっても、それだけは忘れてはならないと、強く感じた。
ふと、ルゥナに会いたくなった。
俺は水晶の間を出て、ルゥナの部屋を目指した。
部屋に入ると、すぐにルゥナは俺に気づいた。
「あ、兄様……じゃなかった、アッシュ」
「ルゥナ、体調はどうだ?」
「最近はいい感じです」
「良かった」
俺はルゥナの頭を撫でた。
まだ完治には程遠いが……。
この調子でいけば、寿命を数年は伸ばせているはずだ。
そのうちいまの治療法が効かなくなるだろう。
それまでに、また新しい治療法を探さなければならない。
「アッシュ、泣いてるの?」
「え?」
ルゥナが指を伸ばし、俺の目元を拭ってくれた。
俺は、自分の涙に気が付かなかった。
「アッシュは、本当はやさしい。それは、私が知ってるから。私のために頑張ってくれて、本当にありがとう」
そう言って、ルゥナは俺を抱きしめてくれた。
なぜか、涙が止まらない。
その涙は、俺がまだぎりぎり人間である、最後の証だった。
この涙が枯れ果てたとき、俺は人間でなくなるのだろう。
俺はルゥナが愛おしく思えてならなかった。
いままで抑えてきた気持ちが、もう、抑えられない。
「ルゥナ。お前を抱いてもいいか」
――――――――――――――――――
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