028 お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!

「兄様? 詳しく説明してもらえますか?」


 ルゥナは笑顔だった。

 にっこりと笑っているのに、なぜか恐ろしい。


「いや、その……なんというか、流れで結婚することになったんだ」


「わけがわかりません」


「俺にだってわけがわからんのだが……」


 ハルピュイアの抱擁について、簡単に説明した。

 女性から男性には親愛を表している。

 そして男性から女性への抱擁は、告白である、と。


「兄様が結婚だなんて……。そんなの、神が許しても私が許しません」


 お前にどんな権力があるんだ。


 ルゥナは黙り込んでしまった。


 そしてルゥナの隣を見ると、エルミナが俺をじっと睨んでいる。

 助けを求めるならいまだろう。


「なあ、エルミナ。お前はどう思う?」


「最低男」


「なんだと?」


「私だってアッシュの正妻になりたかった!」エルミナが叫ぶ。


 知らん話だった。


 しかし、どうしたものか……。


「ルゥナ様はダーリンの妹ですか?」とシエラ。


「ああ、そうだ」


「エルミナ様とは、どういうご関係なのですか?」


「うーん」どういうご関係と言われてもな。


「孕まされた」とエルミナがつぶやく。


「なるほどなるほど」シエラはうなずいた。「素敵な女性がいるなか、私を選んでくださったということですね。非常に喜ばしいことでございます。皆様、今後もダーリンの正妻である私と仲良くしてください」


 燃料をくべるな!


 ルゥナは、シエラをじっと睨んでいた。

 なにかをぶつぶつとつぶやいている。


「ルゥナ、何をしようとしている?」


「え? こんなこともあろうかと、呪い殺す魔法を取得しておりまして」


「待て待て」


「待ちません」


 俺はシエラとルゥナの間に割り込んだ。

 さすがにシエラがここで亡くなれば、ハルピュイア商会に顔向けができない。

 間違いなくダンジョンへ報復に来るだろう。


「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!」


「殺したりするな」


 なぜ、こんなことになってしまうのだろうか?


「なあ、ルゥナ。どうして、そんなに怒っているんだ? エルミナも。ただ、俺が結婚しただけじゃないか。妹であれば、兄が身を固めたのを応援すれば良い。そうじゃないか?」


「私、兄様の妹をやめます」


「なんだって!?」


 そんな馬鹿な!


「何を言っているんだ、ルゥナ? 冗談だろう?」


「冗談なんかじゃありません。私、本気です。……兄様は、もう私だけの兄様じゃない。他の女の人のものだなんて、我慢できません」


 ルゥナは目に涙を浮かべながら、そう言った。

 その瞳は悲しみと怒りに揺れている。


「ルゥナ……」


 俺はルゥナに歩み寄ろうとした。


 しかし、ルゥナは俺から一歩後ずさる。


「来ないでください」


 ルゥナは冷たい声で言った。

 その声は、まるで別人のようだ。


「ルゥナ様……」


 クリスティが心配そうにルゥナに声をかける。

 しかし、ルゥナはクリスティの言葉にも耳を貸さない。


「私、もう、兄様の妹は卒業します」


「いや、妹に卒業システムとかないからな」


 ルゥナは俺を真っ直ぐに見つめた。


「私は、兄様の……いえ、アッシュの、妻に立候補します」


 わけがわからない……。

 いったい、どういうことなんだ?


「私は、ずっと兄様のことが好きでした。妹としてじゃなく、一人の女性として。でも、そんなこと、言えるはずがないって、ずっと我慢してきた。もう我慢できません」


 ルゥナは涙を流しながら、俺に訴えかける。


「……じゃあ、いま妹の座が空いてるってことだよね」エルミナが口を挟んだ。「私がアッシュの妹になろうかな」


「いや待て待て待て。これ以上話をややこしくするな」


 頭が痛い……。

 どうしてこんなことに……。


 俺はクリスティを見た。

 助けてくれ、というメッセージを込めて。


 クリスティは、こくりとうなずいた。


「私も、妹に立候補します」


 なに言ってんだお前。

 なんの救いにもなってやしねえ。


「仕方がありませんね」シエラが言った。「こんなこともあろうかと、アッシュ様の記憶を操作する薬がありますので、これを飲ませましょう。アッシュ様を捕まえてください」


「なんだって?」


 シエラの指示で、ルゥナとエルミナがにじり寄ってくる。

 エルミナとルゥナが俺を羽交い締めにした。


「離せ。離さないと、魔法を使うぞ?」


「兄様。私のことを攻撃できるのですか?」


「いや、それはできないが……」


「ダーリン、これがもっとも平和的な解決なのです」


 シエラは、どこから取り出したのか小さな小瓶を手にしていた。

 小瓶の中には不気味な色の液体が入っている。


「さあ、アッシュ様。これを飲んでください。そうすれば、全て丸く収まります」


 シエラは有無を言わさぬ口調で言った。


「ま、待て、シエラ!」


 抵抗しようとするが、ルゥナとエルミナにがっちりと押さえつけられていて、身動きが取れない。


「ダーリン。大丈夫ですよ。少し、記憶を整理するだけです」


 シエラは小瓶の蓋を開け、俺の口元に近づける。


「やめろ……!」


 俺は必死に抵抗したが、ルゥナが俺の鼻をつまみ、呼吸を封じた。

 苦しさのあまり口を開けた瞬間、シエラが小瓶の中身を一気に流し込んだ。


「……っ!」


 喉が焼けるような感覚。

 そして、強烈な眠気が俺を襲う。

 意識が……遠のいていく……。


――――――――――――――――――

【★あとがき★】


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