024 負けた方は、勝った方の……奴隷になる

「そして、負けた方は、勝った方の……奴隷になる。どう?」


 俺は少し考えてから答えた。


「わかった。その勝負、受けて立とう」


「アッシュ様。よろしいのですか?」


「ああ。勝負に勝つことで、ヴェローナから強大な魔力を得られるはずだ」


 そして、何よりも……俺のつくったダンジョンがどこまでやれるのか、試してみたい。


「いい度胸ね。後悔しても知らないわよ?」


 ヴェローナは挑戦的な笑みを浮かべた。


「それは俺のセリフだ」


「ふふふ。早く私のものにしたい」


 ヴェローナは俺の頬を、そっと撫でた。


「それで、ルールはどうする?」


「そうね……。まず、私が攻め側。あんたのダンジョンに攻めるわ。ダンジョンの深部……そうね、最深部の一歩手前、強力な守護者がいる部屋を制圧した方が勝ち、というのはどうかしら?」


「ダンジョンコアの破壊は、なし、か」


「ええ。ダンジョンコアは、ダンジョンマスターの生命に直結する。さすがに、そこまでやるのは、やりすぎよ。それに、あたしは、あなたを殺したいわけじゃないもの。壊れたおもちゃに興味はない」


 ヴェローナは意味深な笑みを浮かべた。


「なるほどな……。それで、ヴェローナを撃退できなかったら、俺の負けか?」


「そうね。基本的に、ダンジョンは守る側が有利だから。私の攻めに屈したら、あんたの負け。もし守りきったら、次はあんたの攻めを、私が受けてあげる。それでいい?」


「まあ、いいだろう。その条件で、勝負を受けてやる」


「次に、戦力だけど……これは、お互いに、自由に決めていいわ」


「ああ、面白そうだ。それで、勝負の日は、いつにする?」


「そうね……。準備期間も必要でしょうし、一週間後というのはどうかしら?」


「ああ、構わない。一週間後、この『ブラッディ・エデン』で待っている」


「ええ、楽しみにしているわ」


 ヴェローナはそう言うと、背中の翼を広げた。


「じゃあ、またね。」

夜空へと飛び立っていった。艶めかしい香りが、その場にしばらく残っていた。


「……さて」


 なにからはじめるべきか……。

 一週間後、ヴェローナとの決戦が始まる。

 それまでに、できる限りの準備をしなければならない。


「クリスティ。『ナイトメア・ガーデン』について、何か情報はあるか?」


「はい。『ナイトメア・ガーデン』は、非常に長い歴史を持つダンジョンで、現在の主であるヴェローナ様は、三代目のダンジョンマスターだそうです」


 『ナイトメア・ガーデン』は、長い年月をかけて、力を蓄えてきたということか。

 それは脅威だ。


「そして、『ナイトメア・ガーデン』はサキュバスであるヴェローナ様の影響を強く受けているようで、女性型のモンスターが多いという特徴があるようです」


「女性型のモンスターね……」


 魅了や誘惑を得意とするモンスターが多いのだろうか。

 だとすれば、精神攻撃への対策は、必須だな。


「ダンジョンのレベルについては、どうだ?」


「ダンジョンレベルは4。ブラッディ・エデンよりも上です」


 ヴェローナ自身の力に加え、ダンジョンのレベルも上か……。

 厳しい戦いになることは間違いない。


「他には、何か情報は?」


「『ナイトメア・ガーデン』は、その名の通り、悪夢のような罠や、幻覚を見せるモンスターが多いという噂です。侵入者は、精神的に追い詰められ、正気を失ってしまうこともあるとか……」


 それは厄介だな。

 精神攻撃への対策に加え、罠への警戒も怠れない。


「情報は、それくらいか?」


「はい。申し訳ありません、アッシュ様。もっと、詳細な情報があれば……」


「いや、十分だ。ありがとう、クリスティ」


 攻撃については、また後日考えよう。

 ヴェローナが攻めてくるまで一週間しかない。

 まずは、自分のダンジョンの強化だ。


「クリスティ、第二階層の生成は、可能か?」


「はい、可能です。アッシュ様の指示をいただければ、すぐにでも」


「わかった。着手してくれ」


「第二階層のメインテーマは、どのようにいたしましょうか?」


 クリスティが俺に問いかける。


「メインテーマというのは?」


「ダンジョンの階層ごとに、環境を自由に設定できます。大樹林、砂漠、雪原、溶岩地帯など……。複雑な地形ほど、魔力の消費量は多いですけれども」


「そうだな……」


 俺は、ぼんやりと想像した。

 『ナイトメア・ガーデン』は、悪夢や幻覚を見せるモンスターが多いという。

 ならば、こちらは、それらに対抗できるような環境を選ぶべきだろう。


「……クリスティ、光が満ち溢れた場所というのは、作れるか?」


「光、ですか?」


「ああ。例えば、一面の花畑。太陽の光が降り注ぎ、色とりどりの花が咲き乱れているような……。あるいは、クリスタルのように、光を反射する鉱石でできた洞窟。どこまでも明るく、影の存在しない空間だ」


「なるほど……。確かに、光属性は、悪夢や闇属性に対して有利に働く可能性があります。ヴェローナ様のサキュバスとしての特性を、弱めることもできるかもしれません」


 クリスティは、俺の提案を詳しく分析してくれた。


「候補としては、以下の三つが考えられます」


 そういって提示された光の板には、以下のように書かれていた。


 光輝の草原: 太陽の光が降り注ぐ、広大な草原。背の高い草むらや、点在する岩陰などを利用して罠を仕掛けることができる。風の精霊などを配置すれば、視界を遮る砂嵐を起こすことも可能。


 彩光の花園: 色とりどりの花が咲き乱れる、美しい花園。花の香りには、様々な効果を持たせることができる。例えば、毒、麻痺、眠り……。美しい風景に罠を隠すこともできる。


 光結晶の洞窟: 光を反射するクリスタルでできた洞窟。光の屈折を利用して、幻影を作り出したり、侵入者の方向感覚を狂わせたりすることができる。光属性のモンスターを配置すれば、さらに有利になる。


「……よし。では、第二階層は、『彩光の花園』にしよう」


「花園ですか?」


クリスティは少し意外そうな声を上げた。


「ああ。美しい花園は、一見、無害に見える。だが、その美しさに、油断した者を、毒や罠で、絡めとるんだ。それに……」


 俺は言葉を続けた。


「一面の花畑は、美しいだろう? ルゥナにも、見せてやりたい」


「アッシュ様。さすがです。ルゥナ様も、さぞ喜ぶことでしょう。それでは、第二階層は『彩光の花園』として生成いたします」


「ちょっと待て。そうなると、コアのあるこの部屋は、どうなるんだ? いまは第一階層にあるが……」


「アッシュ様、ご心配には及びません。現在、水晶の間がある場所は第一階層に属していますが、ダンジョンコア自体は、ダンジョン全体と魔力で繋がっています。第二階層が生成されれば、コアのある水晶の間は、その最深部に転移する形となります。」


 クリスティは少し得意げに説明を続けた。


「この水晶の間と、ルゥナ様のいる居住スペースは、いわば、どこにでも繋がることができる特別な部屋、とお考え下さい。アッシュ様は、第一階層からでも、第二階層からでも、この部屋にアクセスできます。敵対者は、第二階層の最深部に到達しなければ、この部屋……つまり、ダンジョンコアには辿り着けません。アッシュ様は、この部屋から今まで通りダンジョン全体の管理を行えますし、必要とあれば、第一階層、第二階層、どちらへも瞬時に移動することが可能です」


「なるほど、よくわかった。では、第二階層の生成を頼む」


「かしこまりました」


 水晶の間が、再び淡い光に包まれ、ダンジョン全体が微かに振動する。

 新たな階層が、今、まさに、生まれようとしているのだ。


 やがて、振動が収まる。


「完了いたしました」


「よし、それでは第二階層を見に行こう」


――――――――――――――――――

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