021 【堕ちた騎士エルミナ】
「アッシュ様、ダンジョンに侵入者です!」
クリスティの声が、いつになく緊迫している。
「また冒険者か?」
「はい。ですが、今回は……以前の先遣隊よりも、さらに多くの、強力な魔力を感じます。おそらく、第二次先遣隊かと」
「……数と、メンバーは?」
「現在、確認できるだけで、10名以上。剣士、魔法使い、神官……バランスの取れた構成です。レベルも、前回より高いと推測されます」
まだダンジョンの強化が追いついていない。
新しく産まれたモンスターもライラだけだ。
「リリィとメルトに迎撃準備を伝えろ。俺もすぐに行く」
俺は杖を手に取り、立ち上がろうとした。
「アッシュ様、お待ちください」
クリスティが俺を制止した。
「提案があります」
「提案?」
「はい。エルミナ様を戦力として加えてみてはいかがでしょうか?」
「エルミナを戦わせるというこtこあ?」
俺は驚いた。
エルミナは、確かに元は熟練の騎士だ。
しかし、人間なのである。
人間と戦わせるというのは……。
「出産したばかりで、体力も落ちているだろう」
「確かに、通常の人間であれば産後は安静が必要です。しかし、エルミナ様はモンスターの母体となりました。その過程でアッシュ様から大量の魔力を受け取り、そして、ライラ様を出産したことで、その力は、さらに強化されているはずです」
「そうなのか?」
「はい。もし戦っていただけるのであれば、戦力になるかと」
クリスティの言葉に、俺はエルミナの顔を思い浮かべた。
「わかった。エルミナに聞いてみよう」
俺はクリスティと共に牢へと向かった。
ベッドの上で、ライラをあやすエルミナの姿があった。
「エルミナ」
俺が声をかけると、エルミナは顔を上げ、俺を見た。
「アッシュ……どうしたの?」
「お前に、頼みたいことがある」
俺はエルミナに、ダンジョンに侵入者があったことを……。
そして、クリスティの提案を伝えた。
エルミナは、しばらく黙って俺の話を聞いていた。
やがて、静かに口を開いた。
「うん、わかった。私に、できることがあるなら、協力する。この子のためにも、あなたのためにも」
エルミナはライラを抱きしめながら言った。
「私は、あなたを幸せにすると約束した。そのためなら、どんなことでもする。アッシュ。一緒に堕ちましょう」
「……ありがとう、エルミナ」
俺はエルミナの言葉に、胸が熱くなった。
「クリスティ、エルミナの装備を」
「はい。こちらへ」
クリスティはエルミナをダンジョン内の武器庫へと案内した。
そこには、以前のダンジョンマスターが残した、様々な武器や防具が保管されている。
古いものも多いが、強い魔力を帯びたものも多い。
エルミナは剣と、体にフィットする革鎧を選んだ。
そして、俺が以前に贈った、深紅の宝石が埋め込まれたペンダントを首にかけた。
「うん……。これでよし」
エルミナは戦闘準備を整えると、俺の前に立った。
その姿は、かつての騎士の姿そのものだった。
「【堕ちた騎士エルミナ】ですね」とクリスティが言った。
エルミナは小さく微笑んだ。
どこか吹っ切れたような、覚悟を決めたような……そんな笑みだった。
「アッシュ様、侵入者たちは、第一階層の中央広場に差し掛かっています」
クリスティの声が脳内に響く。
「リリィとメルトの状況は?」
「リリィは歌による誘引を続けています。メルトとスライムたちは、各所に潜み、待機中です」
「わかった」
俺とエルミナは、一度、水晶の間へと戻ることにした。
そこでダンジョン内の状況を確認すうr.
10名を超える冒険者たちが、周囲を警戒しながら進んでいる。
全員が、熟練の冒険者といった雰囲気を漂わせていた。
そろそろ中央広場だ。
「……あれは」
エルミナがつぶやいた。
「知り合いか?」
「ええ。そこまで親しいわけじゃないけど。知っている人」
「戦えるのか?」
「もちろん。アッシュのために戦う。私は、どうしたら良い?」
「まずは、リリィの歌で、どこまで混乱させられるか……。その後、メルトのスライムたちで、足止めを試みる。エルミナには、スライムたちで処理できない敵を頼みたい」
「わかった」
エルミナは短く答え、剣を構えた。
エルミナは第一階層の中央広場へと向かった。
広場には、すでにリリィの歌声が響き渡っている。
甘く、魅惑的な歌声は、冒険者たちの判断力を鈍らせるはずだ。
「……リリィ、歌を強めろ!」
俺の指示と同時に、リリィの歌声が、さらに大きく響き渡る。
すると、冒険者たちの動きが、目に見えて鈍くなった。
「なんだ、この歌は……?」
「頭が、くらくらする……」
冒険者たちは互いに顔を見合わせ、困惑している。
「メルト、行け!」
俺はメルトに合図を送った。
メルトはスライムたちを率いて、冒険者たちに襲いかかる。
「うわっ! スライムだ!」
「こっちにも!」
冒険者たちは突然のスライムの襲撃に、混乱した。
しかし、すぐに体勢を立て直し、剣や魔法で応戦し始める。
「……さすがに、簡単にはいかないか」
そろそろスライムたちも強化してやらないとな。
今回はエルミナに任せよう。
それでも駄目なら俺の出番だ。
「エルミナ、頼むぞ!」
エルミナは力強く頷いた。
冒険者たちの集団へと突っ込んでいった。
その動きは、流れるように滑らかで、無駄がない。
「エルミナ!?」
「なぜ、お前がここに!?」
「裏切ったのか!?」
冒険者たちはエルミナの姿を見て、驚愕の声を上げた。
共に戦うはずだった仲間が、今は敵として、自分たちに剣を向けている。
その事実に、彼らは混乱を隠せない。
「まさか、洗脳されているのか!?」
「おい、正気に戻れ!」
冒険者たちはエルミナに呼びかける。
しかし、エルミナは何も答えなかった。
その瞳には冷たい光が宿っている。
「……邪魔だ」
エルミナは剣を振るった。
その剣は迷いなく、冒険者たちの急所を狙う。
「ぐあっ!」
「がはっ……!」
冒険者たちはエルミナの攻撃に、次々と倒れていく。
エルミナの剣技は、以前よりも、さらに鋭さを増しているように感じられた。
「くそっ、化け物め!」
「エルミナ、目を覚ませ!」
冒険者たちはエルミナに抵抗を試みる。
しかしエルミナは、まるで感情のない人形のように、淡々と剣を振るい続ける。
剣を振るうたびに、冒険者たちが、一人、また一人と倒れていく。
「すごいな……」
俺はエルミナの戦いぶりに関心していた。
彼女は本当に強い。
後衛にいた敵の魔法使いが詠唱をはじめようとしていた。
「エルミナ、魔法使いを!」
「わかってる!」
エルミナは俺の指示を聞くと、すぐに魔法使いへと狙いを定めた。
しかし、その前に剣士が立ち塞がる。
「させるかよ!」
剣士はエルミナに向かって剣を振り下ろした。
「邪魔するな!」
エルミナは剣士の攻撃を軽やかに受け流す。
そして、そのまま、剣士の脇腹に、鋭い蹴りを入れた。
「ぐあっ!」
剣士はたまらず、地面に崩れ落ちる。
エルミナは、そのまま魔法使いへと突進した。
魔法使いは、詠唱を中断し、エルミナに杖を向ける。
「……遅い!」
エルミナは魔法使いの杖を剣で叩き落とした。
そして、そのまま魔法使いの首筋に剣を突きつける。
「……っ!」
魔法使いは恐怖に顔を引きつらせ、動きを止めた。
「見事だ、エルミナ」
俺の言葉が聞こえているようで、エルミナは微笑んだ。
「アッシュ様、残りの敵は、メルトとリリィが処理しています」
クリスティの声が、俺の脳内に響く。
「……そうか。よくやった」
俺は安堵の息を吐いた。
魔力もほとんど使わずに済んだ。
次の侵入者が現れても、十分に対応できるだろう。
さて、次はどのような手を打つべきか……。
そう考えていたところだった。
ダンジョン・コアが、突然、眩い光を放ちはじめた。
――――――――――――――――――
【★あとがき★】
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