020 兄様の陰茎から魔力を入れたりしたのですか?
「私、死にます」
「いや、ちょっと待て。死ぬな」
「兄さん。私、もう終わりみたいです。死ぬことにします」
「何を言っているんだ! 俺は、ルゥナがいないと生きていけないんだ!」
「私だってそうです! 兄さんがいないと生きていけません!」
「それなら、なぜ、死ぬなんて言うんだ」
「だって、そんな、兄さんが、誰かと子どもをつくるだなんて……。そんなの、世界の終わりです」
「いや、終わらん終わらん」
ちょっと魔力を注入し、モンスターを孕ませただけのことだ。
「ルゥナ様、落ち着いてください」
クリスティの声が室内に響く。
姿は見えなかった。
ダンジョン・コアとして語りかけているのだろう。
「兄様の大切な貞操が失われたのですよ!? 落ち着いていられますか!」
「それでも落ち着いてください」クリスティは繰り返した。「アッシュ様の言葉選びが非常によろしくないのです。アッシュ様とエルミナ様の間に、性的な接触は一切ありません」
「どういうことですか?」
「生まれたのはアッシュ様とエルミナ様の子供……というより、アッシュ様の魔力と、エルミナ様の卵子が結合して生まれた、新しいモンスターと言った方が正確です」
「そう言ったような気がするが」
「言ってません」
ルゥナは強い口調で言った。
「兄様は黙っていてください。クリスティさん、つづけて」
「はい。ダンジョンを強化するために、エルミナ様を捕縛し、モンスターの苗床とした、ということです。そういうわけで、アッシュ様とエルミナ様の間に、ふしだらな関係性は、一切ありません」
「ふぅん……」
ルゥナは目を閉じて黙った。
腕を組んでいる。
「すごくかわいい子が産まれたんだんだぞ」
ルゥナは俺を睨んだ。
「兄様は本当に黙っていてくださいね」
最愛の妹にそこまで言われたら、黙っている他ない。
俺は黙ることにした。
「その、魔力を入れるというのは、比喩的な意味ですか? それとも、兄様の陰茎から魔力を入れたりしたのですか?」
「何を言っているんだ、お前は……」
「黙っていてくださいと言いましたよね?」
黙ることにした。
「大丈夫です。アッシュ様の陰茎は未使用です」
……いや、それはさ、わかんないじゃん。
未使用かどうかなんてさ……。
「良かった。使用済みだったら、切り取って、私も死ぬところでした」
なぜそうなる……。
「それで、兄さん。産まれた子の名前はなんですか?」
「ライラだ」
「ライラちゃんに、私も会うことはできますか?」
「ああ……そうだな。会ってみるか?」
「ええ、是非」
俺はルゥナを連れて牢獄へと向かった。
道中、ルゥナは少し緊張した面持ちで尋ねてきた。
「兄様、そのライラちゃんは、どんな子なんですか?」
「そうだな……見た目は、ほとんど人間の赤ん坊と変わらない。ただ、小さな角と翼、それと尻尾がある」
「……モンスター、なんですね」
「ああ。だが、とても愛らしい子だぞ」
「そうですか」
ルゥナは、どこか複雑そうな表情を浮かべた。
牢獄に到着する.
エルミナはベッドの上にいた。
ライラを抱きかかえ、優しく微笑みかけていた。
「エルミナ」
俺が声をかけると、エルミナは顔を上げた。
「アッシュ……そちらの子が、妹さん?」
「ああ、そうだ。ルゥナという」
「……ルゥナです」
人見知りのルゥナは小さな声で言った。
「ライラに会いたいって言うから連れてきたんだ」
「……こんにちは」
ルゥナは、ぎこちなく挨拶をした。
「こんにちは、ルゥナちゃん。さぁ、こっちへ来て」
エルミナはルゥナを手招きした。
ルゥナは、おずおずとエルミナに近づいた。
ライラを覗き込む。
ルゥナは、ライラをじっと見つめている。
やがて、ルゥナが、ぽつりと呟いた。
「……可愛い」
「でしょう? 本当に、天使みたいに可愛い子なのよ」
エルミナは嬉しそうに微笑んだ。
「……触っても、いいですか?」
ルゥナはエルミナに尋ねた。
「ええ、もちろん」
エルミナはライラをルゥナに近づける。
ルゥナは、震える手で、ライラの頬に、そっと触れた。
「……あったかい」
ルゥナは呟くと、ライラの小さな手を握った。
ライラは、眠りながらも、ルゥナの指を、ぎゅっと握り返す。
ルゥナの顔が、ぱっと明るくなった。
その瞳には、喜びの色が溢れている。
「……私、この子の、おばさんになるんですね。なんだか、複雑です」
ルゥナは俺の顔を見て、少し照れくさそうに笑った。
おばさんというには、若すぎるけれども……。
しばらくの間、ルゥナはライラを見つめていた。
ライラは小さな手足を動かしたり、すやすやと寝息を立てたりしている。
その様子を、飽きることなく眺めている。
不意にルゥナが顔を上げた。
「兄様。そろそろ行きます。エルミナさんも、疲れているでしょうし」
「ああ、そうだな」
俺はエルミナに声をかけた。
「エルミナ、またな」
「ルゥナちゃん、またいつでも会いに来てね」
「はい」
ルゥナはエルミナに深々と頭を下げた。
そして、俺たちは牢獄を後にした。
廊下を歩きながら、ルゥナがぽつりと呟いた。
「……クリスティさん」
「はい、なんでしょう?」
ルゥナの呼びかけに、クリスティが応じる。
「私、その……苗床に、なれますか?」
「……え?」
俺はルゥナの言葉に、耳を疑った。
「ルゥナ様、それは……どういう……?」
クリスティも動揺しているようだ。
「私も、兄様の子どもがほしいです」
「……何を言っているんだ」
「……冗談です」
そう言って、ルゥナはそっぽを向いた。
俺は、なんと答えて良いか迷いながら、ルゥナを部屋へと送っていった。
そのあと、クリスティと共に水晶の間へと戻る。
「相談なんだが、ルゥナは少しおかしな子かもしれない」
「少しじゃないですね。とても変だと思います」
辛辣なことを言うクリスティだった。
果たして、俺はどうするべきなのか……。
そんなことを考えながら、水晶の間で考えていた。
そして、エルミナがライラを産んで三日が経過した。
通常の出産とは異なり、エルミナはすぐに体力が戻ってきていた。
「アッシュ様、ダンジョンに侵入者です!」
――――――――――――――――――
【★あとがき★】
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