019 出産

「アッシュ様。まもなく、エルミナ様がご出産です」


「ああ、そうか。もう準備はできているのか?」


「はい。いつでもお産に臨める状態です」


「わかった。すぐに向かう」


 俺は急ぎ足で牢獄へと向かった。

 廊下を歩きながら、クリスティにエルミナの様子を尋ねる。


「エルミナの容体は?」


「安定しています。ですが、初めての出産、それもモンスターの子です。不安も大きいでしょう」


「そうだな……」



 牢獄に到着する。

 そこにはエルミナの姿があった。

 ベッドに横たわり、苦しそうな表情を浮かべていた。

 腹部は大きく膨らみ、今にも何かが生まれ出てきそうだ。


「エルミナ」


 俺は近づいていき、エルミナの手を握った。


「アッシュ……?」


 エルミナが、かすかに目を開ける。

 その瞳は潤んでいた。


「大丈夫か?」


「うん、大丈夫。……ちょっと、怖いけど」


 エルミナは震える声でそう答えた。


「……必ず、無事に産ませる」


 俺はエルミナの手を強く握りしめた。


「アッシュ様、まもなくです」


 クリスティの声が、緊張感を帯びて響く。


「……っ、……!」


 エルミナが、激しい痛みに耐えるように、息を呑んだ。

 その体は大きく震え、汗が噴き出している。


「エルミナ、深呼吸だ。ゆっくり、息を吐いて……」


 俺はエルミナの背中をさすりながら、声をかけ続けた。


「……っ、……はぁ、……はぁ……」


 エルミナは俺の言葉に従い、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。


「アッシュ様、頭が見えました!」


 クリスティが叫んだ。


「エルミナ、もう少しだ! 頑張れ!」


 俺はエルミナの手に、さらに力を込めた。


「……っ、ああああああっ!」


 エルミナは、全身の力を振り絞り、叫び声を上げた。

 その瞬間、何かが、ぬるり、と滑り出てくる感覚があった。


「……オギャア、オギャア!」


 産声が牢獄に響き渡る。


「生まれたぞ、エルミナ!」


 俺は生まれたばかりの赤ん坊を抱き上げた。


「……ん?」


 一見すると、人間の赤ん坊と変わらないように見える。

 ごくごく普通の赤子のようだった。


「アッシュ様、よくご覧ください」


 クリスティの言葉に従い、赤ん坊を詳しく観察した。

 すると、額には、ほんの小さな二本の角。

 背中には、膜の張った小さな翼が生えているのがわかった。

 そして、腰のあたりからは細い尻尾が伸びている。


 ……あと、女だった。


「ドラゴン族の特徴ですね。しかし、これほどまでに人間の姿に近いとは……」


 クリスティも、初めて見る光景に言葉を失っているようだ。


「ねえ……赤ちゃんを見せて」


 俺は、エルミナのほうへと赤子を見せた。


「……可愛い」


 エルミナが呟いた。

 その声は震えている。


「……私の子、なのよね?」


 エルミナは、俺の腕の中にいる赤ん坊に、そっと手を伸ばした。

 赤ん坊は、エルミナの指に、小さな手を絡ませる。


「ああ、そうだ。俺たちの子だ」


 俺はエルミナの顔を見て、力強く頷いた。


「この子、名前は、どうするの?」


「そうだな……ライラはどうだろうか」


「ライラ……素敵な名前ね」


 ライラ。美しき夜の娘。


 エルミナは微笑んだ。

 その顔には、母親としての優しさが溢れている。


「クリスティ、エルミナとライラのために、何かできることはあるか?」


「はい。まずは、この部屋を清潔にし、温かい寝床を用意しましょう。それから、エルミナ様には栄養のある食事を、ライラには母乳、あるいはそれに代わるものが必要です」


「わかった。すぐに手配してくれ」


「かしこまりました」


 ダンジョンが自動的に動きはじめる。


「……アッシュ、少し疲れたわ。この子と一緒に、休んでもいい?」


「ああ、もちろんだ。ゆっくり休め」


 クリスティが、エルミナの横にもう一つの小さな寝床を用意する。

 ライラをそこに寝かせ、エルミナも横になった。


「……おやすみ、アッシュ。約束通り、幸せにしてくれてありがとう」


「エルミナも、ライラも、もっと幸せにする。約束する。おやすみ、エルミナ。ライラも」


 エルミナは疲れていたのだろう、すぐに眠りについた。

 ライラも、母親の傍らで、すやすやと寝息を立てている。


 俺はしばらく、二人の寝顔を見守っていた。

 そして、静かに部屋を出て、水晶の間へと向かった。


「クリスティ、ルゥナの様子はどうだ?」


「安定しています。ですが、魔力欠乏症の根本的な解決には至っていません」


「そうか……」


 俺はルゥナの寝顔を思い浮かべた。

 必ずルゥナを救ってみせる。

 その決意を、改めて胸に刻む。


 そういえば、ライラはルゥナにとって姪となるわけだ。


「ルゥナにライラを紹介しないとな……」


「どのように伝えるおつもりですか?」


「ああ。俺とエルミナの間に、子が生まれたと伝えるつもりだ」


 ルゥナには、全てを話すつもりだ。

 隠し事はしたくない。


「いやぁ……僭越ながら、それはどうでしょうか」


「どうしてだ? 隠すほどのことでもないだろう」


「やめておいたほうが良いと思いますけれど」


 わけのわからないことを言う女だ。

 いや、コアに性別などないか。

 考えすぎだろう。


 俺はルゥナの住む小部屋へと移動した。


「兄様!」


 ルゥナは嬉しそうな表情を見せてくれた。


「なかなか来ていただけないのでさびしかったです」


 近づいてきて、俺の胸元に飛び込んできた。

 俺は、ルゥナの体を抱きしめる。


「ルゥナ。お前にちょっとした報告がある」


「報告? なんでしょう。良い知らせですか? それとも、悪い知らせですか?」


「良い知らせだな」


 俺はつづけて言った。


「前に、街で昔の友人と会ったという話をしただろう。エルミナというやつなんだがな。そのエルミナとの間に、子供が産まれたんだ」


「はぁ?」


「いや、だから、俺とエルミナの間に子が産まれたんだ」


 ルゥナは押し黙った。


 感動して言葉も出ないのか……。


 ルゥナは、にっこりと微笑んだ。


「私、死にます」


――――――――――――――――――

【★あとがき★】


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