018 コボルドの群れ

「アッシュ様、ダンジョンに侵入者です」


 クリスティの声が、いつもより硬い。

 ただ事ではないと、すぐにわかった。


「侵入者? また冒険者か?」


「いえ、今回は……モンスターの群れです」


「モンスターだと?」


 俺は驚いた。


「ダンジョンに侵入してくるのは人間だけではないのか」


「はい。ダンジョン内に蔓延する魔力に引き寄せられてきたようです。コボルドの群れ、およそ30体を確認しました」


 コボルド。

 犬のような頭部を持つ亜人種。

 個々の戦闘力は高くないが、集団で行動する。

 狡猾な戦術を用いることで知られている。


「厄介だな」


 思わず呟く。

 人間相手なら、リリィやメルト、俺自身の力で対処できる。

 しかし、モンスターの群れとなると話は別だ。

 しかも、相手は数で勝るコボルドか……。


「アッシュ様、どうなさいますか?」


 クリスティが俺の指示を待っている。


「……迎撃するしかない。リリィとメルトに伝えろ。コボルドの群れが接近中だと。警戒を怠らず、俺の指示を待て」


「かしこまりました」


 クリスティはすぐにリリィとメルトに連絡を取った。


「コボルドの狙いはダンジョン内の魔力か……」


「はい。その通りです」



 考えを巡らせる。

 ダンジョンコアは、ダンジョンの心臓部だ。

 もし破壊されれば、ダンジョンは崩壊する。

 魔力を共有している俺も無事では済まない。


「これほどの数のコボルドだ。統率しているリーダーがいるはずだ」


「可能性は高いです」


 クリスティも俺の意見に同意する。


「クリスティ、一旦、リリィの歌と、ダンジョン内の魔力の流れを操作して、コボルドたちを一箇所に集められないか?」


「可能です。リリィの歌で誘引し、魔力の流れを調整すれば、特定の場所へ誘導できるでしょう」


「よし。場所は……そうだな、第一階層の広間がいい。あそこなら罠も仕掛けやすい」


「承知いたしました。リリィに指示を伝えます」


 クリスティがリリィに指示を伝達する。

 俺はその間に、広間に向かいながら次の手を考える。


「クリスティ、コボルドに催眠耐性はあったか?」


「通常のコボルドは催眠耐性がなかったかと存じます。ただ、リーダーコボルドなど一部の強い種には耐性があるかもしれません」


「なるほどな……」


 俺は、かつて使っていた魔法を思い出す。

 範囲内の敵を眠らせる魔法。

 集団戦には有効なはずだ。



 広間に到着すると、既にリリィが甘い歌声でコボルドたちを誘い込んでいた。

 続々と集まってくるコボルドたち。

 その数は、やはり30体はくだらない。


「アッシュ様、魔力の流れの調整、完了しました。コボルドたちは、まもなくこの広間に集結します」


「わかった。リリィ、合図があるまで歌い続けろ」


 俺はリリィに指示を出し、杖を構えた。

 魔力を高め、眠りの魔法の発動準備を整える。


 やがて、広間はコボルドたちで埋め尽くされた。

 その中心で、ひときわ体格の良いコボルドが、鋭い眼光で周囲を見回している。


 あれがリーダーか。


「リリィ、歌を止めろ!」


 俺の合図で、リリィの歌声が止んだ。



 同時に、俺は杖を振りかざし、魔法を発動する。


「眠れ……!」


 魔力が光の粒子となって広がり、コボルドたちを包み込む。

 次々とコボルドたちが地面に倒れ、眠りについた。


 しかし、リーダー格のコボルドは、ふらつきながらも、まだ意識を保っている。


「やはり、リーダーには効かないか」


 俺は残ったコボルドたちを睨みつけた。


「グルル……」


 リーダー格のコボルドが、俺を威嚇するように唸り声を上げる。

 その目は強い敵意を宿していた。


「クリスティ、眠っているコボルドたちから魔力を吸収しろ。リリィは蔓でリーダー格以外のコボルドを拘束、メルトはスライムたちと待機だ」


 俺は矢継ぎ早に指示を出す。


「残ったコボルドは、俺が相手をする」


 俺は杖を構え、リーダー格のコボルドと対峙した。


「グルルル……!」


 リーダー格のコボルドが、鋭い牙を剥き出しにして唸る。

 手には粗末ながらも鋭利な石斧が握られている。


「クリスティ、リーダー格のコボルドのレベルは?」


「レベル8……リリィと同等です」


 厄介な相手だが、今の俺なら倒せない相手ではない。


「リリィ、メルト、援護は不要だ。下がっていろ」


 俺は二人へ指示を出すと、杖を構え直した。

 魔力を高め、次なる魔法の準備を整える。


「グルアアア!」


 リーダー格のコボルドが雄叫びを上げ、突進してくる。

 石斧を振りかざし、俺に斬りかかってきた。


「遅い!」


 俺はコボルドの攻撃をかわす。

 そして、杖から魔力の弾丸を放った。


「バレットショット!」


 魔力の弾丸がコボルドの肩に命中する。


「ガアッ!」


 コボルドが怯んだ隙に、俺はさらに魔法を重ねがけする。


「バインドチェーン!」


 魔力の鎖がコボルドの体に巻き付き、動きを封じる。


「グルル……ガアアア!」


 コボルドはもがき苦しむが、鎖はびくともしない。


「終わりだ」


 俺は杖をコボルドの頭上に掲げ、魔力を集中させる。


「フレイムストライク!」


 杖の先から灼熱の炎が噴き出し、コボルドを包み込んだ。


「ギャアアアア!」


 コボルドの断末魔が響き渡る。

 炎が消えると、そこには黒焦げになったコボルドの姿があった。


「……終わったか」


俺は息を吐き、杖を下ろした。


「アッシュ様、お見事です!」


 クリスティが興奮した様子で話しかけてくる。


「ありがとう。だが、魔力を使いすぎてしまったな……」


 今回の戦闘で、かなりの魔力を消費してしまった。

 眠っているコボルドたちから吸収している魔力と合わせても、差し引きゼロ、といったところか。


 ダンジョンマスターとして戦う以上、もっと効率的に敵を処理しなければならない。


 それからしばらく休んでいたときだった。


「アッシュ様。まもなく、エルミナ様がご出産です」


――――――――――――――――――

【★あとがき★】


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