017 一緒に幸せになろうね

 俺は、魔力の檻の中で眠るエルミナを見下ろした。

 ベッドの上で、静かに眠っている。

 腹部はわずかに膨らんでいた。


 そこに、新たな生命が宿っている。

 俺とエルミナの子だ。


「クリスティ」


 俺は眠るエルミナから視線を外した。

 傍らに立つ人間の姿のクリスティに声をかけた。


「はい、アッシュ様」


 クリスティは静かな声で応じた。


「エルミナからどのような子が生まれるか、わかるか?」


「正確な予測は困難ですが、可能性のあるモンスターをいくつか挙げることはできます」


 クリスティは少し間を置いてから言葉を続けた。


「まず、アッシュ様とエルミナ様、お二人の魔力特性、そして現在のダンジョンの環境を考慮すると、人間系のモンスターである可能性が高いです。具体的には……」


 クリスティは空中に半透明のウィンドウを表示させた。

 いくつかのイラストを映し出した。


「一つ目は、ダークエルフです。高い知性と魔力を持ち、弓術や精霊魔術に長けています。ダンジョンの防衛戦力として、非常に有用でしょう」


「ダークエルフ? エルフ族と魔族の交配によってしか産まれないのでは?」


「人間を苗床とした出産においては、特殊な血族のモンスターも産まれるんです。レアなモンスターが産まれる可能性は高いです」


「なるほどな……。他の候補もつづけてくれ」


「二つ目は、サキュバスです。魅了の力を持ち、敵を操ったり、精気を奪ったりすることができます。諜報活動や、捕虜の尋問にも役立つかもしれません」


 サキュバスも珍しいモンスターだ。


「三つ目は、リッチです。強力なアンデッドで、死霊魔術を操ります。ただし、生成には大量の魔力が必要となり、制御も難しい可能性があります」


 アンデッド系のモンスターは欲しいところだ。

 しかし、自分の子が産まれながらにしてアンデッドというのは……。

 まあ、種族での差別は良くない。


 どんな子が産まれようとも、大切に育てよう、と思った。


「出産には、どれくらい時間がかかるんだ?」


「およそ三日ほどでしょうか。個人差はありますが」


 俺はベッドの隣で椅子に座っていた。

 しばらくエルミナの顔を見ていた。


「ん……」


 不意にエルミナが小さくうめき声を上げた。


 俺はエルミナの顔を覗き込む。


 彼女はゆっくりと目を開けた。


「アッシュ……?」


 エルミナは、ぼんやりとした目で俺を見つめる。

 まだ状況がよく理解できていないようだ。


「ああ。エルミナ、気分はどうだ?」


「ここは……?」


 エルミナは辺りを見回した。

 牢獄の冷たい石壁。

 そして自分を閉じ込める魔力の檻。


 徐々に記憶が蘇ってきたのだろう。

 その瞳に恐怖と絶望の色が浮かぶ。


「エルミナ、落ち着いて聞け」


 俺はエルミナの目を真っ直ぐに見つめ言った。


「お前は今、俺の子を宿している。モンスターの子だ」


「さっきの、夢じゃなかったんだ」


 そうつぶやいて、エルミナは黙っていた。

 彼女は、ゆっくりと自身のお腹を撫でる。


「アッシュの子ども」


 その声は震えている。


「嬉しい、はずなのに」


 エルミナは、さらに腹部を撫でる。

 そこに新たな生命が宿っている。

 その事実を確かめるように。


「怖い。でも……嬉しい」


 エルミナは複雑な表情でそう言った。


「エルミナ……」


 俺はエルミナの名前を呼んだ。

 しかしそれ以上言葉が出てこない。


「幸せにしてよね、アッシュ」


 エルミナは俺の目をじっと見つめ言った。

 強張った笑顔。

 作り笑いだった。

 強がっているのだろう。


「ああ、約束する」


 俺は力強く頷いた。

 エルミナを……。

 そして、生まれてくる子を必ず幸せにする。

 それが俺の使命だ。


「眠くなってきた……。少し、眠ってもいい?」


 エルミナはゆっくりと目を閉じた。

 その表情はどこか安らかに見えた。


「ああ、ゆっくり休め」


「……ねえ」


「どうした?」


「手、握っててほしい」


 俺はエルミナの手を握った。


 しばらく黙っていた。


 すん、すんとエルミナの声が漏れる。

 目元から、涙がこぼれていた。


「……私、アッシュのこと、恨んでる」


 ぼそりとつぶやいた。


「はじめてだったのに。アッシュの子が産めるのは嬉しいけど、ちゃんと、人間の子どもが産みたかった」


「すまない」


「謝らないで」


 エルミナは、強い口調で言った。


「いまは、私の手を握っていて。それで良いから。絶対に幸せにするって、誓って。そうしてくれないと、私……壊れちゃう」


 俺は、エルミナの手を、ぎゅっと強く握った。


「絶対に幸せにする」


「……うん。私、アッシュのこと、信じてるから。一緒に幸せになろうね」


「ああ……」


「アッシュ。愛してる。本当に」


 そう言って、エルミナは黙った。

 しばらく泣いていたようだが、疲れて眠ってしまったらしい。


 俺はエルミナの人生を大きく変えてしまった。

 巻き込んでしまった責任を感じている。


 ルゥナを救う。

 そして、エルミナも幸せにする。

 そうやって、生きていこうと心に決めた。


「アッシュ様」


 クリスティの声。

 少し緊張したような声だった。


「どうした?」


「ダンジョンに侵入者です」


――――――――――――――――――

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