013 アルラウネのリリィ
俺は研究室へと戻った。
書棚から一冊の古びた本を取り出す。
表紙には『魔物生態図鑑』とかすれた文字で書かれている。
これは以前のダンジョンマスターが残したものだ。
様々な魔物の生態や特徴、相性などが詳細に記されている。
さて、どいつにするか……。
俺は、パラパラとページをめくりながら、水辺に適した植物系のモンスターを探した。
しばらく探していると、あるページに目が留まった。
『アルラウネ』
そのページには、美しい女性の姿をした植物の魔物のイラストが描かれていた。
長い髪は蔓のように絡み合い、体は緑色の葉で覆われている。
アルラウネは、美しい歌声で獲物をおびき寄せ、絡みつく蔓で捕らえる。
そして、甘い香りのする毒で、獲物を麻痺させ、養分を吸い取るのだという。
さらに、成長すると、幻覚を見せる花粉を撒き散らすこともできるらしい。
「クリスティ、アルラウネは、どうだろうか?」
どの部屋にいようとも、クリスティは俺の声を聞くことができる。
「良い選択だと思います。ダンジョンの魔力も溜まっていますし、いまから生成されますか?」
「そうしよう」
俺はクリスティと共に、ダンジョンの第一階層にある水辺へと向かった。
いまのクリスティは、ちゃんと人間の体をしている。
水辺には、メルトが作り出した小さな湖がある。
湖のほとりには、肥沃な土壌が広がっていた。
植物系のモンスターを生成するには、うってつけの場所だ。
「さて……生成してみるか」
魔物生態図鑑には、簡単にだが生成方法が書かれていた。
深く息を吸い込み、体内の魔力を練り上げる。
魔力が、全身を駆け巡り、熱を帯びていくのを感じる。
「……いくぞ」
俺は、両手を前に突き出し、魔力を放出する。
魔力は、光の粒子となって、湖のほとりの土壌に降り注ぐ。
すると、土壌が、まるで生き物のように、うごめき始めた。
「……クリスティ、アルラウネのイメージを、俺の魔力に流し込んでくれ」
「はい、アッシュ様」
クリスティの頭部が、ピカピカと輝きはじめる。
俺の魔力に、アルラウネの情報を送り込んでくれる。
俺は、その情報を、自分の魔力と混ぜ合わせ、具体的な形へと練り上げていく。
土壌は、さらに激しくうごめき、盛り上がり、巨大な蕾の形を成していく。
蕾は、ゆっくりと……しかし、確実に、その大きさを増していく。
まるで何かがその中から生まれ出ようとしているかのようだ。
「……もう少しだ」
俺は、額に汗を滲ませながら、魔力を注ぎ込み続ける。
アルラウネの生成には、想像以上に、多くの魔力が必要だった。
さらに魔力を込めていく。
そして、ついにその時が来た。
巨大な蕾が、ゆっくりと花開き、中から、一人の女性が現れた。
それは、まさに、図鑑に描かれていた通りの、美しいアルラウネだった。
長い緑色の髪と、エメラルドのような瞳。
アルラウネは、目をパチパチとしばたたかせていた。
「……美しい」
俺は、思わず呟いていた。
「アッシュ様、さすがでございますね。アルラウネの生成に成功しました。名前をつけてください」
「そうだな……。リリィ、と名付けよう」
「かしこまりました。リリィ、ですね」
リリィは、俺の顔を見つめ、小さく微笑んだ。
「……アッシュ様、すごいです。このリリィは、通常のアルラウネよりも、かなり高いレベルで生成されています。メルト様が作り出した湖の質が、非常に高かったためでしょう」
どうやら、予想以上の出来栄えだったらしい。
「そうだったか。リリィ、強く生まれてきてくれて、ありがとうな」
俺は、リリィの頭を、優しく撫でた。
リリィは、気持ちよさそうに、目を細める。
「クリスティ、ダンジョンのステータスを表示してくれ」
「はい、アッシュ様」
クリスティの声と共に、俺の目の前に、半透明な光の板が現れた。
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ダンジョン名: ブラッディ・エデン ダンジョン
レベル: 2
階層: 1
ダンジョンコア魔力残量: 120/200 (+40/1h)
保有モンスター: スライム・マザー(Lv.5)×1、スライム(Lv.1)×10、アルラウネ(Lv.8)×1
侵入者撃退数: 3
特記事項: 魔力循環機能回復、構造一部修復、肥沃土壌生成、第一階層拡張、牢獄生成、命名完了
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「リリィのレベルは8か……。スライム・マザーよりも高いな」
リリィの生成に魔力を消費しているが、すぐに回復するレベルだろう。
ブラッディ・エデンは、着実に成長している。
先遣隊との戦いに、もう少し準備をしておきたいが……。
「お父様」
リリィが、急に口を開いた。
「お前、しゃべれるのか」
「うん。あのね、お願いがあるの」
「どうした?」
「私のお歌、聞いてほしいな」
「ああ、もちろんだ」
リリィは、小さく息を吸い込み、歌い始めた。
その歌声は、透き通るように美しく、聞く者の心を魅了する。
「素晴らしい……」
俺は、リリィの歌声に、うっとりと聞き惚れていた。
その時、クリスティの声が緊張感を帯びて響いた。
「アッシュ様、冒険者が、第一階層に侵入しました!」
「……来たか」
俺は、杖を構え、リリィに指示を出した。
「リリィ、早速だが、戦ってもらえるか? 冒険者たちを、おびき寄せろ。そして、蔓で捕らえ、毒で麻痺させろ。無理そうだったら退いていい。俺がなんとかする」
「はい、お父様!」
リリィは俺の言葉に従い、歌声をさらに大きく響かせた。
その歌声はダンジョン中に響き渡り、冒険者たちを誘い込む。
俺は水辺から離れ、水晶の間へと戻ってきていた。
「クリスティ、冒険者たちの様子はどうだ?」
「はい、アッシュ様。冒険者たちは、完全にリリィの歌声に魅了されているようです。我を忘れて、水辺へと近づいてきています」
「よし、いいぞ。リリィ、そのまま歌い続けろ」
クリスティを通じてリリィに命令をする。
しばらくすると、数人の冒険者たちが、水辺に現れた。
彼らは、リリィの歌声に、完全に心を奪われているようだ。
ふらふらと、リリィに近づいていく。
その顔は、恍惚としており、まるで夢遊病者のようだ。
リリィは、長い髪を蔓のように操り、冒険者たちに襲いかかった。
蔓は、瞬く間に冒険者たちの体を拘束し、身動きを封じる。
「な、なんだこれは!?」
「動けないぞ!」
冒険者たちは、慌てて抵抗しようとする。
しかし、リリィの蔓は、まるで鋼鉄のように硬く、びくともしない。
それどころか、蔓は、冒険者たちの体に食い込み、締め付けを強めていく。
「くそっ、魔法だ! 魔法で攻撃しろ!」
一人の冒険者が、そう叫び、杖を構えようとする。
だが、リリィの蔓は、その動きを許さない。
素早く杖を絡め取り、地面に叩きつけた。
リリィは、拘束した冒険者たちに、ゆっくりと近づき、甘い香りのする毒を吹きかけた。
毒を吸い込んだ冒険者たちは、次々と意識を失い、地面に倒れていく。
その顔は、苦悶の表情ではなく、どこか幸せそうに見えた。
「すごいぞ、リリィ」
俺は、リリィの働きを褒め称えた。
リリィは、俺の期待以上の成果を上げてくれた。
「アッシュ様、侵入者を撃退しました。牢獄へ転送しております」
クリスティの声が、勝利を告げる。
「よくやった、リリィ。クリスティも、ありがとう」
俺は、リリィとクリスティに、感謝の言葉を述べた。
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