014 VS 先遣隊
俺は水晶の間で、クリスティと共にダンジョンの様子を監視していた。
リリィが冒険者たちを撃退してから、数日が経過した。
何人か無謀な冒険者が侵入してきたが、即座に撃退した。
エルミナに渡したペンダントに反応があった。
魔力が近づいてきている。
「そろそろだな……」
俺は水晶の間でつぶやいた。
エルミナに渡したペンダントから、微弱ながらも魔力の反応を感じる。
徐々に、しかし確実に、このダンジョンへと近づいてきていた。
「アッシュ様、侵入者です! 第一階層に、複数の反応を感知しました!」
クリスティの、緊張した声が響く。
ついに来たか。
「数は?」
「……五人です。以前の侵入者よりも、強力な魔力を感じます。おそらく、冒険者ギルドの先遣隊かと」
「わかった。迎撃の準備はできている。メルトとリリィに伝えろ。持ち場で警戒し、指示があるまで攻撃は控えるようにと」
「かしこまりました、アッシュ様!」
俺は杖を手に取り、水晶の間を出た。
向かうは、第一階層。
そこが、エルミナたちとの、決戦の場となる。
俺の出番などないに越したことはないが……。
第一階層に到着すると、すでにメルトとリリィが、それぞれの持ち場で待機していた。
メルトは、スライムたちを率いて、通路の陰に潜んでいる。
リリィは水辺で美しい歌声を響かせ、冒険者たちを誘い込もうとしていた。
「アッシュ様、侵入者たちは、現在、第一階層の入り口付近におります。リリィの歌声に、警戒しているようです」
クリスティが俺の脳内に直接映像を送り込んでくる。
そこには五人の冒険者たちの姿が映し出されていた。
剣士、盗賊、魔法使い、神官……そして、エルミナ。
バランスの取れた、手強そうなパーティーだ。
「……エルミナ」
俺は、映像の中のエルミナを見つめた。
彼女は、俺が贈ったペンダントを、しっかりと身に着けている。
その表情は、真剣そのもの。
仲間たちと、何やら話し合っているようだ。
「おい、この歌声……なんだか、おかしくないか?」
「ああ、妙に耳に残る。まるで、誘い込まれているような……」
「気をつけろ。罠かもしれないぞ」
冒険者たちはリリィの歌声に警戒心を強めている。
「……クリスティ、リリィに指示を出せ。歌声で、エルミナ以外の冒険者たちを、水辺へとおびき寄せるように」
「かしこまりました」
クリスティは、すぐにリリィに指示を伝達した。
すると、リリィの歌声が、微妙に変化した。
より甘く、より魅惑的に、冒険者たちの心を揺さぶる。
「……くっ、なんだ、この歌声は……!?」
「頭が、クラクラする……!」
エルミナ以外の冒険者たちは、リリィの歌声に、完全に心を奪われてしまったようだ。
ふらふらと、水辺へと近づいていく。
「おい! しっかりしろ!」
エルミナが必死に仲間たちを止めようとする。
しかし、彼らは、まるで操り人形のようにリリィの元へと引き寄せられていく。
「……リリィ、今だ! 蔓で捕らえろ!」
俺の指示と同時にリリィが行動を開始した。
長い髪を蔓のように操り、冒険者たちに襲いかかる。
「うわああああ!」
「な、なんだこれは!?」
冒険者たちはリリィの蔓に次々と捕らえられていく。
抵抗しようとするが、蔓は、まるで鋼鉄のように硬く、びくともしない。
「……メルト、スライムたちを突撃させろ!」
俺はメルトに指示を出した。
メルトは、スライムたちを率いて、リリィに捕らえられた冒険者たちに襲いかかる。
「ぎゃああああ!」
「スライムだ! 助けてくれ!」
スライムたちは冒険者たちの体に張り付き、ジワジワと装備を溶かし始める。
さらに、毒針の罠も起動させ、冒険者たちに麻痺毒を注入する。
あっという間に、エルミナ以外の冒険者たちは、戦闘不能に陥った。
簡単なやつらだった。
「くっ……!」
エルミナは、一人取り残され、焦りの表情を浮かべている。
しかし、彼女は諦めなかった。
剣を抜き、リリィに向かって突進していく。
「……リリィ、下がれ!」
俺はリリィに指示を出し、水辺から離れさせた。
エルミナはリリィを狙っている。
リリィの攻撃は強力だが、接近戦は得意ではない。
このままでは危険だ。
「メルト、スライムたちでエルミナを足止めしろ! 無理はするな、時間を稼ぐだけでいい!」
「わかった!」
メルトの指示を受け、スライムたちが進軍する。
エルミナの足元に群がり、その動きを鈍らせようとする。
しかし、エルミナは、剣を振るい、スライムたちを次々と切り裂いていく。
「……くっ、邪魔だ!」
エルミナの剣技は、鋭く、正確だ。
スライムたちは、次々と倒され、その数を減らしていく。
「パパ……ごめん……」
メルトの悲痛な声が、俺の脳内に響く。
スライムたちが倒されるたびに、メルトは、心に痛みを感じているのだろう。
「大切な仲間たちを守れなくてすまん。メルト。お前はよくやっている」
俺は、メルトを励ました。
しかし、このままでは、スライムたちが全滅してしまう。
パーティーが壊滅した状態で、なぜエルミナは諦めない?
普通は踏破を諦め、立て直すはずだ。
そうしているうちに、また時間が稼げるはずだったが……。
鬼気迫る表情でエルミナは進撃する。
俺はスライムを全員撤退させた。
……こうなったら仕方がない。
俺は杖を構え、前に出た。
エルミナと、直接対峙するしかない。
「アッシュ……! 助けに来てくれたの?」
エルミナは俺の姿を見て、希望に満ちた表情を浮かべた。
仲間たちが倒され、絶望的な状況の中で、俺の姿を見つけたことで、希望を見出したのだろう。
俺は杖を彼女に向けた。
「え?」
「悪いな」
決着は一瞬でついた。
「……バインドチェーン!」
俺の杖から魔力の鎖が放たれる。
鎖はエルミナの体に巻き付き、彼女の動きを完全に封じた。
「あっ……!」
エルミナは抵抗する間もなく捕縛された。
魔力の鎖は、彼女の体を締め付け、自由を奪う。
「……どうして……アッシュ……」
エルミナは、力なく俺の名前を呼んだ。
その声は、震えている。
瞳からは涙がこぼれ落ちていた。
「……ごめん、エルミナ。でも、俺には、守らなければならないものがあるんだ」
俺はエルミナの言葉に答えた。
「守らなければならないもの……? それって、私よりも、大切なものなの?」
エルミナは涙を流しながら俺に問いかけた。
「……ああ、そうだ」
俺は、誰に恨まれようとも……。
この世界を敵に回そうとも、妹を救うと決めたのだ。
「エルミナ。俺が、このダンジョンのマスターだ」
俺は、そう宣言した。
――――――――――――――――――
【★あとがき★】
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