012 ……兄様のバカ

 俺とルゥナは水晶の間で一緒に食事を摂っていた。

 俺もルゥナも、魔力さえあれば、しばらく飲まず食わずでも大丈夫だ。


 しかし、食事が嫌いなわけでもない。

 街に行ったついでに、屋台で料理を買ってきたのだ。


 テーブルの上には、湯気を立てる大皿がいくつか並んでいる。

 串焼き肉の盛り合わせ、サラダ、パン……。

 どれも久々の食事だ。


「兄様、街はどうでした?」


 ルゥナが、期待に満ちた瞳で俺を見つめる。


「特に変わったことはなかったぞ」


 答えると、ルゥナが不満そうな表情をしていた。

 何か土産話がほしいのだろう。


 えっと……。

 何かあったか……。


「あ、そうそう。ペンダントをプレゼントした」


 ルゥナが手に持っていたフォークを落とした。


「プレゼント? ペンダントを……? 誰に?」


 ルゥナは、目を丸くして俺を見つめる。


「ああ。前に話したことがあったか。エルミナっていう騎士だ」


「エルミナさんって……男ですか?」


「いや、女だ。普通に」


 エルミナといえば、おおよそ女性の名前だ。


 ルゥナの表情はさらに険しくなる。


「……気分が悪いです」


「どうした。大丈夫か? 魔力が足りないか?」


「足りないのは愛です」


「誰か! ルゥナに愛を!」


「兄様以外、このダンジョンで、誰が私を愛せるんですか」


 それもそうだ。

 動転しておかしなことを言っていた。


「私が愛しましょうか」


 クリスティが急に話に割り込んできた。

 いまは人間の姿ではなく、水晶の姿になっていた。


「要りません……」


 ルゥナはつづけて言った。


「クリスティさん。信じられますか? 兄様が、女性にプレゼントだなんて」


「信じられません。アッシュ様、頭がおかしくなられたのですか?」


 ひどいことを言うな。


「べつに、プレゼントくらい普通だろう」


「私、もらってない」


 ルゥナがぽつりとつぶやく。


「私も、もらってません」


 クリスティまで。


 面倒くさいことになってきた。


「わかったわかった。また次に街へ行ったら、買ってきてやるから……」


「次なんて嫌です」


 わがままばかり言う娘だった。


 俺は小さくため息を吐いてみせた。


「あんまり困らせないでくれ」


 ルゥナは恨めしそうに俺を見る。


「……私、兄様の一番じゃないと嫌なんです」


「安心しろ。お前は俺の一番だ。俺の世界も同然だ」


「嬉しいですけど、でも……」


 ルゥナは黙ってしまった。


「……クリスティ、助けてくれ」


「ルゥナ様は、怯えているのですよ」


「怯えるって、俺にか?」


「いいえ、アッシュ様に捨てられることを、ですよ。自分よりも大事な人がアッシュ様にできてしまったのではないかと。そのとき、自分は捨てられるかもしれない、と怯えているわけです」


「なんだ、そんなことか」


「そんなことか、じゃない……」ルゥナは涙目になっていた。


「さっきも言ったが、お前が一番だ。安心しろ」


 俺はテーブルから立ち上がり、ルゥナのほうへ歩いていった。

 ルゥナを抱きしめる。

 まるで小さな子どもをあやすように、背中をぽんぽんと叩いてやった。


「兄様は、エルミナさんと結婚するの?」


「……いったい、何を言っているんだ?」


 青天の霹靂だった。


「だって、ペンダントをプレゼントするなんて……」


「ああ、言ってなかったか。エルミナにペンダントをあげたのは、あいつを利用するためだ」


「利用……ですか?」


 ルゥナは俺の腕の中から顔を上げ、不思議そうに俺を見つめた。

 その瞳には、まだ不安の色が残っている。


「ああ。エルミナは、近々、このダンジョンにやってくる」


「え……?」


「このダンジョンの討伐隊に選ばれたんだ。だから、俺はエルミナに罠を仕掛けた。あのペンダントには、俺の魔力が込められている。エルミナがダンジョンに入れば、俺は、彼女の居場所を、正確に把握することができるというわけだ」


「なるほど! アッシュ様、さすがです!」とクリスティ。


 しかし、ルゥナは呆れたような顔を俺に向けていた。


「……兄様のバカ」


「なんでだ!? 素晴らしい作戦だろう!」


「バカバカバーカ」


 ひどい言われようだった。


 ルゥナを寝かしつけたあと、俺は水晶の間にいた。


 部屋の中央にあるクリスティに触れる。

 ひんやりと冷たい。


「ひゃん」


「変な声を出すな」


「変なところをさわらないでくださいよ」


 ただのクリスタルである。

 どこが変で、どこが変じゃないのか、さっぱりわからなかった。


「ダンジョンのステータスを見せてくれるか」


「はい」


---

ダンジョン名: ブラッディ・エデン

ダンジョンレベル: 2

階層: 1

ダンジョンコア魔力残量: 200/200 (+40/1h)

保有モンスター: スライム・マザー(Lv.5)×1、スライム(Lv.1)×10

侵入者撃退数: 3

特記事項: 魔力循環機能回復、構造一部修復、肥沃土壌生成、第一階層拡張、牢獄生成、命名完了

---


「魔力残量、回復速度、共に順調だな……」


「この調子です」


「こうして見ると、まだまだ……だな。階層は一階しかない。そして、モンスターの数も少ない」


 先遣隊がダンジョンへ来たときに、どこまで立ち向かえるか……。

 最悪の場合、俺自身の魔力で戦わなければならないかもしれない。


「ひとまずは、モンスターか。このダンジョンと相性の良いモンスターは、なんだろうな?」


「そうですね。水辺がありますから……。植物系のモンスターはいかがでしょう」


「なるほどな」


 どのようなモンスターを生成すべきか。

 俺は、自室に戻って書籍を読み耽ることにした。


――――――――――――――――――

【★あとがき★】


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