成長しない少年⑤
試合が終了してもう十数分経過している。
ロッカー室前の通路。
二種類のユニフォーム姿の選手たちが並ぶ。
白地に限りなく黒に近い青のアンダー、それが明石実業のユニフォーム。
灰色の地に黒のアンダー、それが青海大付属のユニフォーム。
僕一人が青海の主力選手たちに呼び止められていた。
今日先発した本庄投手、好走塁で決勝点を演出した
3人とも背が高い。187センチの僕と目線が変わらないほどだ。
何度でもいうがサイズはアスリートの出力に直結する。青海の選手たちはみんなそろって高身長だ。今大会一番身長があるチームだろう。それこそ高校バスケの強豪校のレギュラーと変わらないほどだ。
彼らは一芸の持ち主ではない。走攻守投。野球選手として基本的なスペックが総じて高いのだ。
黄前選手が僕に対して口を開く。
「今度は夏の大会でやろうっす!! 近衛ちゃんも怪我を治せば準決勝までみたいなヤベーピッチング見せてくれるっすよね? 俺あれ打ってみたい!! 俺ならきっと打てる! 楽しみだなぁ〜〜。今度は真っ向勝負して勝ちたいっすから。どっちが上か」
僕は黙っている。
本庄投手が僕に向かって吠える。
「『夏』で俺がおまえと投げあえるかなんてわかんねぇんだぞ! うちにはエースが3人もいやがる。だから今日、本気でやって欲しかった。あんな手投げがおまえの積み重ねの結果なのか? おまえだって走り込んで、投げ込んで、自分のピッチングってもんをつくりあげてきたんだろ? それを見せて欲しかった」
僕は黙っている。
泡坂投手が珍しくしゃべってくれた。
「近衛さん、今日投げて思ったんじゃないですか? 思ったより青海が強くないって」
僕は黙るのをやめにした。この190センチ超の大型ピッチャーが、僕の思っていたことを代弁してくれたからだ。
この人は青海の他の選手たちとは違った視点を持っている。
「勝てますよ。仮に夏戦うことになったら……。夏までに僕は成長してみせます。あなたたちに打たれることのないボールを投げられるようになる」
「デカい口を叩くっすね近衛ちゃん。でも俺らだって、選手権本気で獲りにいくつもりっすから。前の選手権優勝したっすけど記録の更新とかやりこみ要素もあるしw 三連覇はガチで狙うっすよ! 俺ら三年だし負けて終わるなんて後味悪ぃし。また決勝戦でやれたら盛り上がるだろうなぁ……」
僕は指摘する。
「どうして他のチームに負けないことが前提になってるんですか? 青海も明石も負ける可能性はありますよ」
全国に何千という出場校があって、血眼になって打倒青海を模索しているというのに。なにをふざけたことを言ってるんだ?
いや、黄前君の意図を僕は正確に理解している。彼が言いたいのは——
「だって、眼中にないっすもん。どこも弱い。準決勝の白金も大したことなかった。山村君のストレートなんてうちのスタメンなら誰だって打てる」
そんな傲慢な口を利く黄前選手。
「山村君はすごいピッチャーです」
僕は戦ってもいないあの選手を擁護する。
黄前選手は一笑に付した。
両手を横に広げ、『だからどうした?』と言いたそうに。
「だって、『四天王最弱』みたいな立ち位置の俺に打たれてるんすよ? いや、白金を弱いってディスりたいんじゃないっす。俺たちが強くなりすぎたから……」
『
と、そのとき青海のキャプテンが現れた。3番セカンドの
黄前選手の
「な、なんすか急に!」
「おまえ今日ミスばっかりしてるくせにイキってんじゃねぇよ。反省会だ反省会!!」
ちょっと苦手な印象が残ったまま黄前選手は退場した。エリート意識が強すぎるというかなんというか。自分たちの『最強』を疑わないのはたった今夏春連覇を成し遂げたところなのだからわからないでもない。
だが野球の勝敗は
場に残ったのは2人の投手。
半年後には彼らよりもレヴェルの高いボールを投げる必要がある。僕の力ならそれは実現可能。
再戦では完封勝利を挙げる。
相手から一点獲れば僕らの勝ちだ。
本庄投手は渋い顔をしている。この人はこの大会中いつもそうだった。
「本庄さんは僕が不満なんでしょ?」
「ああそうだ。おまえが英雄扱いされてることだってムカつく。野球場に野球以外のことをもちこむなよ。今日の球場の雰囲気だって……」
「あれは僕が頼んだことじゃないんです。そのうちブームは去りますよ。今日はおめでとうございます。でもチームが勝った割に……あなた個人は喜んでませんね?」
「わかった風な口を利くなよ。おまえになにがわかる?」
僕はわかってしまう。本庄投手がなにに怒っているのか。
「こんなに青海が強くなるんなら、青海に入らなければ良かった。全国で一番強いチームを倒すことがモチヴェーションなのに、それが叶わなくなった。そんなところですか?」
「そうだよ。俺は挑戦者になりたかった。一年前まで一度も都大会を突破してなかった中堅チームが今じゃこんなザマだ」
この人たちは強くなりすぎた。
一人でチームを全国制覇に導けるような超逸材がスタメンはおろかベンチにもいる。『青海の躍進はたまたま超高校級の選手がそろっただけ、ただの幸運でしかない』、そう
スタメン全員がプロで長年活躍したっておかしくない。
才能が集まりすぎている。過剰戦力だ。
だから3人いるエースピッチャーのうち1人くらいそう思う人も出てくるだろう。
別のチームに移ってこの強い青海と戦いたい。
「転校したら一年試合には出られませんもんね」
そういう規則が高校野球にはある。転校させて強い選手を集めるのを防ぐために。
「わかってるよ。もう俺も3年だ。こいつらと戦う機会は練習んときだけ。もう高校野球なんて終わりだよ」
このままダラダラ青海以外の弱者をイジメるしかないと。
「終わりになんてなりませんよ。僕が助けてあげます。僕たちが他のチームに負けない限りは」
本庄投手の直前までのイジケていた表情が消え失せる。
彼は僕を直視し、そして僕の本心を読みとる。
「そこまで自信があるタイプには見えなかったが。負けたくせにどこからそんなやる気になってんだよ」
「『夏』まで1秒も無駄にはできません。人生で初めて負けたからって泣いている暇はない」
チームメイトのなかには、負けた悔しさから涙を流している人もいた。その感情は否定しないけれど、まだリヴェンジの機会は残っている。
本庄君は帰って行った。彼の野球に対するモチヴェーションに影響をあたえることになったのかはわからない。
あの剛腕投手の考えはわかる。全力でぶつかるに値する強者が欲しかったのだろう。僕は
自分が強者側になってしまったことで叶わなかった機会。それを僕があたえてやろう。
無表情、というよりも常にうっすら笑んでいるような顔の泡坂君は、僕に対し無邪気な質問をする。
「楽しみだな。『夏』の明石はもっと強くなってるんでしょう?」
僕はうなずいた。
「首を洗って待っててください」
僕も強くなるし、明石実業というチームも確実に強くなる。
出場することはできなかったが、チーム最強打者がこの試合をベンチで見守っていた。彼がいることは周知の事実だ。青海の選手たちだって知っている。
いわば最終兵器。
全国最強の打者が高野連の強いたルールによって公式戦出場戦を妨げられている。約1年前明石実業にきたばかりの彼には前述した『転校後1年間試合に出場することができない』ルールが適応されるから。
だが今年4月をもって出場が認められることになる。彼こそが『夏』を制するためのキーマンとなるはずだ。
泡坂はどこか満足そうな顔をして去っていった。
甲子園二連覇……それだけで彼らの強さを表現できるだろうか? 答えは否だ。二連覇は過程にすぎない。高校野球の歴史上、『夏春連覇』も『春夏連覇』も前例があるのだ。
青海は次の『夏』を制して初めて史上初の快挙を成し遂げられる。夏春夏の三連覇。途方もない記録だ。
僕はため息をついた。
敗戦の直後、青海の面々と話をしていれば、彼らのことが嫌いになれると思っていた。
高校野球というカンファレンスで勝利を独占し続けているあの人たちが憎いと。
驕れる者は久しからず。
5万もの観衆が青海の敗北を期待していたはずだ。だが彼らは空気を読まずこの大会五度目の勝利を
僕は、負けた。人生初の敗北。
たかがスポーツだ。命がかかっているわけでもない。一時の勝負にすぎない。
でも僕が今日負った傷は深い。大勢の人に勝利を期待され、後押しされるなか勝負の際に散った。それがあの最終回の攻防だったわけだから。
僕が打倒青海に燃える理由、それは……。
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美波ちゃんは言う。
「やっとライヴァルが見つけられたのね! おめでとう……かな。やっぱり自分と同等の存在がいないと戦う意味がないわ。その泡坂さんって言うの? その人が面白いと思う。游一君よりも一つ学年が下? そんなこと関係ないよ!」
「たかが一度負けたくらいで游一君を見下したりなんてしないから。敗北は結果でしょ? 游一君がやってきたことは間違いなんかじゃない。やっぱり言い訳なんてしないね。普通怪我して、あんな投げ方して負けたんなら逃げるのに。そこはすごく立派だと思う」
「野球——いや、ピッチングに関する感覚が違うよ。素人目に見てもあんな遅いボールで試合をつくってる游一君は違う。だからこそ再戦では——」
「「勝ちたい」」
「のね。声被っちゃった。もちろん次の大会では留学生のあの人も参加するし戦力も上がる。でもそれだけじゃ安心できない。青海の実際の実力は対戦することで確認できた。その上で勝つ確率を上げるためには、そうね、なんで門外漢(?)の私がアドヴァイスすることになってるのかわからないけれど」
「私は游一君に楽しんでもらいたい。野球を不真面目にやれっていうんじゃなくて……。絶対に勝ちたいと想うことと、勝負を楽しみたいと想うことは矛盾しない。違う?」
「なんで歳上の游一君に大人ぶった口利いてるんだろうね? 生意気だって思ったでしょ? ……まぁあなたならそう言うよね……」
「勝ちたいだけじゃ弱い。倒したい相手がいなくちゃやりがいがないよ。青海にはいい選手がたくさんいるんでしょ? そのなかで一番游一君が魅了されたのが泡坂さん……」
「青海の主力なのに一番未完成で、次に対戦するときどんな選手になっているかわからない。だからか……」
「游一君、また私を喜ばせてくれる? 夏の大会では青海を倒して、その泡坂さんにもリヴェンジして。高校最後の大会、後悔しない終わり方になるといいなって。……どうしたの急に泣いて。そんな顔……」
「私は……ずっと奇跡だと思ってるよ。游一君とあんな出会い方したのに、こんなにいい仲が続くだなんてさ。もう事故の怪我もすっかり治って、あの交差点を通ってもなんとも思わなくなるくらい時間が経ってるのに」
「『出逢ったシチュエーションなんてどうでもいい』、か。そうだよね!! そう! 私たちの歳の差なんてあっという間に普通になっちゃうもん。そろそろ私たちが男女の交際をしていることを公言しても……ああ、それはダメなんだ」
「応援してる。がんばってね。……近衛游一が私にとって、もっと特別な人になって欲しい」
=======
6月。夕刻。
明石実業の練習グラウンド。
ブルペンでチームのエースとレギュラーのキャッチャーが話をしている。僕と
相変わらず無精髭を伸ばしたムサい顔の彼が文句をつける。
「いやいやいや、6月の今になって新しい球種にチャレンジしたいとか遅くね?」
「だって長い間投げられなかったし。本当に怪我ばっかりしてるよね僕」
春季の近畿大会は明石実業が制した。怪我からリカバリーしたばかりの僕は代打のみの出場。でもチームは打ち勝った。
そして僕に次ぐ2番手投手に目処がたつ。留学生の彼(本職は野手)が急造ピッチャーを務め、大会を通して安定した投球を見せてくれた。ピッチャー歴わずか半年で140キロ出されると自信がなくなってしまう。
「で、どの球種を投げる?」
「理屈の話をすれば、ストレート、それより少し遅いスライダー、3番目の球種はタイミングを外せる遅いボール」
「……カーヴは青海相手に使いすぎたな。いいボールだが封印するか」
「プロになったら毎年球種は変えるものでしょ?」
相手に対策される前に手を打つ。
「また青海のメタを張るつもりか?」
センバツで
「僕は投げたいボールを投げる」
「は? はぁ?」
「だって、自分がしたいプレイスタイルが1番強いチームに通じたら、それはすごく面白いでしょう? 気分がいいでしょう?」
「いやいやいや。近衛が最強なピッチャーなことは俺が認めるが……それでも最善を尽くさないとあの打線は抑えきれん」
「僕は変わりたいんだよ。もっと野球を楽しみたい」
「んな自分探しみたいな考え方からは早く卒業してもらいたいんだけれど……精神論じゃ勝てねんだわ」
「どっちにしろ、強敵を相手にしたときは僕が先発完投するんでしょ? 僕のやり方にケチつけるわけ?」
「今になってそんな暴君みたいな発言をするんじゃねぇよいい子ちゃんのくせによ。……監督は君の発言を耳にしたらどう思うかなぁ?」
監督はグラウンドのベンチに腰かけ練習する選手の様子をうかがっていた。
30代半ば、青年監督の部類。目つきが悪く不健康そうな外見だ。
あんまり選手とコミュニケーションをとらず、試合での指揮に専念するタイプの指導者だ。部員たちからの印象はよろしくないが、間違いなく有能な人だ。特に相手戦力の分析、指示の細かさには定評がある。
でも、
「今は監督なんて関係ないですよね? 僕が投げたい
「だもんじゃねぇよ。んな思いつきのボール……他の球種との組み合わせとか考えろ。いや考えてるんだろうけれど」
宇良君と僕とでは、野球という競技への理解度はほぼ同じだ。
特にセンバツ以降彼は僕のことを認めてくれるようになった(準決勝までは好投していたから)。
そしてあの決勝の9回表、敗戦につながる判断ミスがあったためか、意見がぶつかったときに折れるようになった。彼の失策につけこむようで悪いが、
この変化球は投げてみたい。
全国でも投げる人は少ないし。
魔。
魔球。
魔球を行使する。
僕が高校では初めて投げたその変化球を——宇良君はとりこぼしてしまう。
追いかけたミットを弾いたボールが横に転がっていく。
その光景を練習中の部員のみんなが見ていた。宇良君がボールをキャッチできないというのははっきり言って異常事態だ。コントロールが荒れがちな僕のボールを相手にしてきたこのキャッチャーが。
「初めてで!? もうあんな大きく揺れやがった!!」
「ううん、ずっと前遊びで投げたから覚えてる」
初めて硬球を握った1週間後には投げられたっけ。
「どうして今まで封印していやがった?」
「だってキャッチャーが捕れないんじゃ試合では使えないよ。ナックルボール」
硬球を指先で固定し、押し出すようにリリースする。ボールはほとんど回転せず、そのまま空気によって繊細に変化する。ゆえに揺れる。
甲子園では10種類近くの変化球を投げた。そのなかにナックルは含まれていない。
青海を相手に9回をもたせられる変化球はこれしかない。
ナックルが使えるなら勝利は大幅に上がる。
「……お願いだから、捕れるようになってね」
「もしかして、おまえが新しいボールを習得するんじゃなくて、俺がナックルを捕れるようになるのを頑張るって流れ?」
「ランナー溜めたところで投げにくくなるんじゃ採用する意味ないでしょ?」
「痛いところを正確に突くな……」
キャッチャーとして絶大な自信家である宇良君が怯えている。
僕のナックルの変化の幅が大きいからだろう。
完全なる無回転で投じられたボールは、投手の意図しない大きな変化が加わる。左右に、上下に。通常の変化球と違いホームに届くまで二度も三度もブレるのだ。
打者でさえ困惑するのだからそれを捕るキャッチャーにとってそれは迷惑でしかない。
「宇良君」
「わかったから。おまえがわがまま言うんなら応えてやる。公式戦まで2ヶ月もないが克服してやるよ。おら、どんどん投げてこい!」
無限球。
僕が投げるボールを弾くたびに悪態をつく宇良君は、身体の正面を傷だらけにしながら、少しずつボールをまともにキャッチしていくように……ならなかった。
「なぁ、少しずつだけれど、投げ慣れてきた? 揺れの幅もデカくなって、ボールスピードそのものも速くなって……?」
本来ならバッターに打ち損じさせゴロアウトをとる球種だが、
これなら三振を量産できるかもしれない。全球種決め球か。
「やっぱり思ったとおりだ。この球種、僕の感覚にあってるみたい……。早く実戦で試してみたいよ」
僕は笑顔。
宇良君は渋面。
僕が志向し、
僕が導入し、
僕にもっとも適していて、
僕が一番投げたいと思っていた球種。
それがこのナックルボール。これまで歴代の相方(キャッチャー)にはとれなかった。でも宇良君ならきっと、いや絶対捕ってくれる。あんなに技術的に優れた捕手には出会ったことがないんだもん。
「はっきりいって…自信なし」
=======
第10X回全国高等学校野球選手権大会。
出場する高校は予選を勝ち上がった四九校だが、それらすべてのチームを取り上げはしない。
この大会を制するのはこれから物語られる一〇校のうちの一校である。すなわち——
青海大学附属(東東京代表)
如月東(山形代表)
横浜銀星(神奈川代表)
西之園学院(愛知代表)
明石実業(京都代表)
??(??代表)
??(??代表)
??(??代表)
??(??代表)
??(??代表)
シニア時代全国優勝の経験があり、
ストレートが150キロを超え、
左投げで左打者からリリースポイントが見えにくく、
140キロ以上のスライダーを持つ投手が、
これまで公式戦で使わなかった、捕ることすら叶わない魔球を使いおのれの欲望を叶える。
高校3年最後の夏に、我欲に目覚め自分のために勝利を目指すエースが、全国最強候補のこの少年がこの後に及んで選手としてさらに覚醒する。
3月、『無敗の怪物』という称号は消え、ただの『怪物』が残った。
8月、『怪物』はふたたびあの甲子園で青海と対峙する。
近衛游一を擁する京都・明石実業こそが打倒青海筆頭。
=======
明石実業の監督は近衛の選択を内心褒めていた。
(ナックルボールは悪くない。ゴロアウトを増やせれば游一の球数も少なくなる)
(入学したときからわかっていたことだ。あいつがうちにいるうちに全国優勝できなければそれはイコール指導者の俺の無能を意味する。游一はそれだけの逸材だった)
(青海が
(センバツで負けたことは逆に大きかった。游一は復讐心に燃えより一層練習に熱がはいるようになった。やっぱ負けは強くなるための起爆剤だな……)
(ん? なにやらグラウンドが騒がしいな。またやらかしたのか?)
明石の監督は吸っていたタバコを灰皿に押しつけ、練習場に飛び出した。
(フリーバッティングの時間だったか。もうちょっと調整とかできんのかね)
「どこだ!」
「敷地の外です! 川の向こう側!!」
外野にいた1年生が叫んでいる。
みんなが一つの方向を指している。
監督はバッティングケージの右打席で申し訳なさそうに腕を上げ、サングラスをとったその選手に近づいた。
ツヤツヤとした褐色の肌、見上げるような巨体。とても高校生とは思えぬ筋肉の搭載量。
その選手こそが明石の最終兵器、例の留学生である。
監督がそのコネクションと時間を費やし野球最強国家ドミニカから連れてきた代表選手。去年開かれた国際大会では日本のエースを打ち砕き敗退に追い込んでいる。たまたまこの国の文化に関心があるからと留学してきてくれた彼こそが——
レイエスは手を目の上にかざし打球の行方を見守っていた。
「——監督悪いナ。でも建物にぶつけなくて良かったロ?」
彼のせいで週一くらいのペースでボールが行方不明になる。ここまで飛ばせる日本人選手はプロにもいないだろう。MLBからあの選手が帰ってくるまでは。
「ここから川まで140メートルくらいかぁ……」
フェンスのはるか向こう側、川を挟んだ河川敷でボールを見つけた1年生がその場で手を振っている。
レイエスの規格からすればあの大甲子園ですら狭い。
——夏の選手権、開幕まであと58日。
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