ある少年の唄……
柔らかな日差しが静かに降り注ぐ部屋に、ナニやら神妙な面持ちをした3人の男女がいた。
黒い衣服を身に纏った、色白の少年。
隣には、やせこけた──鋭い眼差しを丸い銀縁メガネで隠した疲れ顔の女。
そして……ふたりの正面に向かい合うようにすわった、白衣の男。
いったいナニを話しているのだろうか? 3人の表情は皆、それぞれに真剣だった。
「どうだろう? 君の意見を聞きたいんだ」
男の言葉に、少年は顔を上げた。
「僕達は、生まれながらにして、死への階段を1歩1歩──着実に上っているんです……決して避けられない、運命という名の歯車に巻き取られながら」
少年の口元に、いびつな笑みが張り付く。
「もう、いいじゃありませんか……」
ドコとなく、存在が薄れて見える。
「議論なんて、無意味ですよ」
笑っていたはずの少年の顔に、陰りが見え始めた。
「必要の無いモノを、これ以上重ねて……。僕はもう、疲れたんだ…………」
俯く少年を慰めるように、眼鏡の女が優しく頬を撫でる。
「いろんなコトがあり過ぎて、アナタも参っているのよね?」
「解らないっ──。どうして……どうして僕なんだっ!?」
女の手を払いのけ、少年は頭を掻き毟りながら立ち上がる。
「僕じゃなきゃいけない理由なんて、ドコにも無いじゃないか!」
憎悪にも似た瞳を向け、少年は吼えた。
「落ち着いて! アナタの気持ちは解るわ! でも、こればかりはどうする事も出来ないのよ?」
「どうする事も出来ない!? アナタ達がナニもしようとしないだけだろっ!」
少年の言葉に、男は口を挟む。
「ナニもしない? 君にそんなことを言われるとは思わなかったよ……」
失望にも似た眼差しを少年に向け、男は大袈裟にため息を吐いた。
「ホントは……君だって解ってるんだろう?」
男の言葉に、少年は俯いたまま、ナニも答えようとしない。
「…………これが、現実なんだ」
最後通告とばかりに立ち上がると、男は少年の返事も待たず、背を向けて歩き出したのだ。
「アナタ達は卑怯だっ!」
少年の言葉に足を止める。
「だってそうじゃないかっ!? いつもいつも──逃げ場を塞いでおきながら、そうやって僕を追い詰めていくんだ!!」
「ちょっ──人聞きの悪いこと言わないで頂戴。私達は別に、アナタを苦しめたい訳じゃないのっ!」
「じゃあどうしてっ!?」
苦しみの表情を浮かべる少年の眼差しに、女は申し訳なさそうにうなだれてしまった。
「仕方ないことなのよぅ……」
ポロリとひとつ、涙が零れる。
少年は純粋だった。女の涙を無視出来る程、汚れてもいなければ、人生経験もない……。
「ご……ごめんなさい、僕……そんなつもりじゃ」
反射的に詫びる少年。しかし女はかぶりを振る……。
「いいのよ……。アナタが悪い訳じゃない…………。なにもかも、私達が悪いんだから」
「違っ──。僕はそんなつもりじゃ」
慌てる少年の唇に、女はそっと人差し指を押し当てた。──それ以上の言葉を、押し留めるかのように。
涙の浮かぶ瞳を細め、フルフルとかぶりを振る。
「だけど……これは、アナタが乗り越えて行かなければならない、重要な使命なの」
ひとすじの涙を零しながら、悲痛な表情を浮かべ、女は懇願した。
「わ──解ったよ。僕が……、僕が間違ってたんだ…………」
女の肩を掴み、少年はコクリと頷いてみせる。
女は驚きの眼差しを少年にむけた。
「本当に、いいの?」
頷きを返す少年。
「私のこの言葉は──。間違ってるかもしれないのよ?」
「──それでも、僕は!」
真摯な眼差しを向け、少年は力強く頷いていた。
「本当に、いいのね?」
「はい──」
見詰め合うふたり。いままさに、互いの心が通じ合った瞬間である。
すると──
「よし! 決まり!」
軽やかにひとつ──小気味よい拍手と共に、あっけらかんと女の声が響く。
「え……?」
面食らう少年の後ろからは、これまたカル~い男の声。
「そうか! 納得したか!」
「いや、あの……そのぅ~〜」
さっきまでの涙はドコへやら。ニコニコ顔で立ち上がり、女はチョークを手にすると、スラスラ黒板に文字を書く。
「じゃあ、学級委員は田中君に決定!」
「任せたぞ、田中!」
少年は、まんまとハメられたのだった。
「だっ──。騙したなっ!?」
「あら? 何のこと? アナタが自分からやるって言ってくれたんじゃない」
「そんなっ!? だってあれは」
「私は騙してないもん!」
「騙してないもん! って言われても──だいいち、僕はもう飼育係に給食係に掃除係、それに傘係も兼任してるんだ!!」
「仕方ないでしょう? この学校に、生徒はアナタしかいないんだから」
しれっと答える女の言葉に、尚も少年は食い下がる。
「だったら学級ってナニッ!?」
白衣をはためかせ、男が答える。
「あっはっはっはっ。君が学んでいく、クラスのことさ」
「よかったわね田中君。今日から、アナタがこのクラスのリーダーよ」
「ひとりしかいないしっ!!」
ナゼか大人達は、楽し気だ。
「「あははははは~〜」」
少子化の波は、確実に地方の町を飲み込んでいく……。
「「あははははは──うふふふふふ──」」
しかし、この町では、いつまでも笑いが絶えることはなかったのだ。
「──て、笑い事かあああああああっ!!」
過疎にも負けず、合併にも負けず……。
田舎の学校は、頑張っています。
頑張れ田中! 負けるな田中!
いつかきっと、クラスメイトが出来るさ!!
〈了〉
ショート館 ひのとじゅんじ @uwajimahiburi
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