ホイットニー牧場にやすらぎを……
「メアリー! オマエがやったんだろうっ!」
小さな部屋に、男の声が響いた。
どうしたと言うのだろう? 怒りの表情を見せながら、男はジッと、目の前に座るメアリーを睨んでいる。
「いい加減、白状したらどうだ?」
激昂する男の姿が滑稽だったのか、メアリーはクスリと笑った。
「ナニがおかしい! オマエは今、自分がどういう立場に置かれているか解ってるのか!?」
男の言葉にも怯む様子はない。いや、それどころか──寧ろ楽しんでさえいるかのように笑ってみせたではないか。
「ばっ──馬鹿にしているのかっ!?」
癇癪を起こしたように頭を掻き毟り、男はメアリーの顔を乱暴に掴んだ。
「ちゃんとコッチを向けっ!」
両手で抑えつけられながら男の方を向かされたことが気に入らなかったのだろう。彼女は男の手を乱暴に振り払うと、煩わしそうな目を向けたのである。
「うぅっ…………」
男はこの目に弱い。メアリーにこの眼差しを向けられると、ナニも出来なくなる。
「やめてくれメアリー。僕は別に、そんなつもりじゃあ……。ただ、ちゃんと話を聞いて欲しいから」
彼女に嫌われてしまう──。それこそが、男にとって恐怖だったのだ。
男は必死にメアリーを宥めようとするが、1度損ねた機嫌はなかなか元には戻らない。
「どうしよう……どうすればいいんだ」
オロオロ狼狽える男に呆れたのか、メアリーは顔を背け、不機嫌そうに座り込んだ。
「だって──しょうがないじゃないか! 君が、あんなことするんだからっ!」
メアリーの機嫌は直らない……。
「僕は……ただ、君のことが、好きなんだ。──だから」
ソッとメアリーに触れ、今度は優しく、自分の方を向かせようとする。
しかし、メアリーは怒ったままだった。
「痛っ!?」
哀れ……。男はメアリーに蹴っ飛ばされたのである。
メアリーは立ち上がると、男に背を向け、スタスタと歩み去ってしまった……。
「ああぁっ!? 待ってっ──待ってメアリー!」
男の瞳に、絶望が宿る。
「行かないでっ! 僕を……僕を1人ぼっちにしないでぇぇっ!!」
男の悲痛な叫びが響く部屋の外──いや、正確には小屋の入り口に、人の良さそうな老夫婦が佇んでいた。
一部始終見ていたのだろう……。気の毒そうな眼差しを男に向けている。
「……またやっとるよ。あの日本人」
「そうですねぇおじいさん」
2人の悲し気な瞳が、恋に敗れた男を包む。
「いくらこの村に若いおなごがおらんからって…………」
「ええ、ええ。なぁんも、ヤギさ口説くこたあんめぇになぁー」
なんとも寂しい──いや、気の毒な男である。
「んだ、んだ」
「しかもふられとるんだから、余計に不憫じゃわい」
哀れである。……ホントに、哀れである。
「ほっといてくれぇぇぇっ!!」
男の絶叫は、のどかな村に響いたのだった……。
ホイットニー牧場は、今日も平和である。
〈了〉
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