私は……かわる
ある日、目が覚めるとショーウインドウに佇んでいる自分がいた。
冷たい石壁に仕切られた小さな空間。目の前にハメ込まれた大きなガラス越しに、通りを行き交う人々が見て取れる。
「ここは……?」
何となく見覚えのある風景……。
「……あっ! 思い出した! ここは、古美術商をやっている父の店だ」
だが、少女はドコかフに落ちない様子である。
「どうして私は、ここにいるの?」
少女自身、ここに来た覚えが無いのだ。
そんな時、道行く人が不可解な視線を向けてることに気付いた。
「何なの……?」
訳が解らないまま、時間だけがムダに過ぎて行く。
「誰かっ。ねぇ! 誰かいないの?」
店の中を振り返ろうとして、少女はとんでもないことに気付いた。
「うそ……!?」
自分の身体が……動かないのである!
「ナニッ? いったいどうなってるの!? 何で身体が動かないのっ!?」
思わぬ事態に、言いようのない恐怖が襲ってきた。
「誰かっ。誰かぁ!!」
叫びを上げたその時である。
背後で扉の開く音がしたかと思うと、数人の男が入って来たのだ。
「ああ! お願い助けてっ。身体が動かないの!」
この店で働く従業員達である。普段から、よく少女の話し相手になってくれる気さくな者達だ。
彼等なら、きっと助けてくれる。そう思って少女は助けを求めた。
しかし……男達は、ひとりとして耳を貸そうとはしない。
「ねぇ! 聞こえないの!?」
声を張り上げて叫ぶが、誰も振り返らない。
尚も叫ぶ少女に、男達の手が伸びる。
「ねぇ? ちょっ――ええっ!? ヤダ! 何なの!?」
全身をまさぐられる感触に身を捩ろうとするが、やはり身体は動かない。
ガラス越しの通行人は、チラリと目を向けるものの、興味無さ気に去って行く。
「どうしてっ!? お願い! 誰か助けてよぉ!!」
少女の声は虚しく響いた。
店から運び出され、少女はそのまま車へと乗せられる。
「いったい……ドコに連れて行かれるの…………?」
どの位走っただろうか?
訳も解らぬまま、移り行く景色を眺めていると、見覚えのある建物が。
「あっ……!」
それは、15年間住み慣れた少女の家。
車が家の前に差し掛かった時……。少女は信じられない光景を目の当たりにしたのだ。
「――なっ!?」
庭に佇む人影が、ジッとこちらを見詰めている。
少女のよく知った顔。
「アレは……!?」
少女は混乱していく。そんなことは有り得ないのだ。
動けない私を、庭に佇む人影が嘲笑う。
「アレは……誰なのっ!?」
混乱の収まらぬまま、少女は車から降ろされ、男達の手で――庭に据えた大きな鉄の箱へ入れられたのだ。
「ナニこれ?」
先日まで、家にこんなモノは無かったのだ。
動かない身体で何とか外の様子を伺おうとした時。男達と言葉を交わす、聞き慣れた声が……。
「本当によろしいんですね? お嬢さん」
「ええ。父さんも不要だと言ってましたから」
「解りました。それじゃあ」
「はい。処分して下さい」
処分と言う言葉に、少女の血の気が引いて行く。
それもそのはず――少女が入れられた箱とは、焼却炉だったのだから。
「お願い出してっ!! 私っここにいるのっ!!」
力の限り声を上げるが、少女の叫びは誰の耳にも届かない。
「聞こえないの!? ねぇっ! ここから出して!!」
救いを求める少女をよそに、外では男達と少女の会話が続く。
「お客さんにも不評だったみたいだものね?」
「ええ。皆様、遠巻きに見る位で……」
「仕方無いわよ。こんな不気味なモノ」
その声を聞いた時、開いたままだった焼却炉の扉から、ニヤリと笑う15才位の少女の顔が見えた。
よく見知った顔……。
――間違い無い!
「アレは、私だ…………!! 外にいるあの子は、私……? だったら、ここにいる私は……いったい!?」
グルグルと思考が巡っていく。
「父さんも、何でこんなモノ買ったのかしら? ――身代わり人形だなんて」
「……えっ!?」
ようやく事態が飲み込めたその時。
『カチリ』というスイッチ音と共に、焼却炉の中は火の海と化した。
迫り来る炎に見る見る身体を灼かれ、少女は困惑と恐怖と絶望に絶叫したのだ。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁーーーっ!!」
私は…………人形に取って代わられたのである。
〈了〉
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