第7話
それから夫婦二人だけの生活を続け、10年ほど経った頃だっただろうか。私たちは、ふと近所で紅葉の葉を見かけた。庭先から道路へせりだすようにして伸びる枝には小さな葉がびっしりと茂っていて、太陽の光に透かされたそれらは、まるで丸々と太った赤ん坊の手のように血潮を巡らせていた。
「赤ちゃんの手みたいやね」
私が何気なく零した数日後、あの人がいきなり紅葉の若木を持って帰ってきた。あの人は私が目を白黒させているのも構わず、庭にその若木を植えた。
「どうや、良い木やろ」
そう言って、植え終えた木を眺めるあの人の横顔を、私は呆れながら見つめた。ミミちゃんの時もそうだったけれど、本当にいつもいきなりなのだ、あの人は。けれど私はほんの僅かながらも綺麗だと思ったのだ。頬を土で汚しながら満足げに笑っているあの人の剛直で潔い横顔を。
この50年間、あの人が子供の事に関して私を責めた事は、ついぞ無かった。
あの人は、まだ庭を眺め続けている。あの頃と同じ横顔のまま。縁側に並んでいるガラス戸は、良く見ると1枚だけ透明度が違う。昔、親戚の集まりであの人が湯呑を投げつけて割ってしまったからだ。
「出来んもんは出来んのやで仕方なかろうが。他所が口を出すな、鬱陶しいんじゃ」
子供が出来ない私達に嫌味を言ってきた親戚に、あの人は暴言と湯呑を投げつけた。危うく顔を掠めた茶碗はガラス戸を1枚破壊し、それ以来彼らは二度と同じ嫌味を口にしなくなった。
思えばあの人は、いつだってしゃんと背筋を伸ばしていた。親戚の集まりの度に申し訳なさで縮こまる私の隣で、あの人が顔を下げた事は一度も無い。大袈裟なくらいに堂々と振る舞うあの人が隣に居たから、私はそれに引っ張られてなんとか顔を上げていられた。
私はふと思う。互いが居なくなって困るのは、果たしてどちらの方だったのだろうかと。
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