第6話
番組が終わった。ようやくミミちゃんを退けたあの人は「どっこらしょ」と声に出して立ち上がる。縁側に向かったあの人は、しばらくガラス戸越しに庭を見つめた。小さな庭には紅葉の木が埋めてあって、秋も終わりかけの今は色の抜けた乾いた葉が数枚ほど枝から下がっている。
あの人は長い間動かなかった。ずっとずっとその場に留まり、何をするでもなく紅葉の木を視界に映し続けていた。私はあの人の背中越しに、枯れ葉が風に揺られている光景を見つめ続ける。
この家を建てた頃、私たちはまだ新婚と呼ぶ間柄だった。既に左官屋として自立していたあの人は、知り合いの大工に協力してもらいながらこの家を建てた。
あの人は、子供部屋にするために6畳間の和室を3つ用意した。男の子と女の子が産まれるかもしれないから淡い青色の壁と、可愛らしい薄桃色の壁の部屋を一つずつ。残りの一部屋は男の子でも女の子でも良いようにと、薄い蜜柑色の壁色にした。すべての壁色をあの人が選び、誰の手も借りずに一人で塗り上げた。
けれど、それらの部屋が本来の目的を果たしたことは1度も無かった。原因が分かったのは、空っぽの部屋を私が無意味に掃除し続けて5年ほど経った頃の事だった。私は子供が産めない体質だったのだ。
「ああ、そりゃあ出来んわな」
病院での診断結果を告げた時、あの人は妙に納得した様子でそう呟いただけだった。
「これを市役所で貰ってきました」
私がそっと差し出した一枚の紙を見て、あの人は「なんやこれ?」と眉を顰めた。
「離婚届です。私のせいで色々と迷惑をかけて申し訳ありませんでした。価値のない女との未来のために家まで建てさせてしまい、お詫びの言葉もありません」
あの人は深々と土下座する私を黙って見つめた後、静かに口を開いた。
「別れて何か良い事でもあるんか?」
「貴方が新しい奥さんを見つければ、この家が無駄になりません」
「んでお前はどうするんや」
「実家に身を寄せます」
「出戻りな上に子供も産めんような女、もう旦那なんざ見つからんぞ」
「分かっています」
私が決意をもって頷いた後、あの人は唐突に「あのなあ」と言った。
「俺はな、子供は嫌いなんや。泣くし、我儘やし、金かかるしな。正直、作らんで良いなら作りたくない。お前ならどうせ産めんし、丁度良いから、離婚はせん」
丁度良い。そんな軽々しい言葉が出てきた事に、私は耳を疑ってしまった。
「話は終わりや。もう良いからさっさと飯作れや。腹減ったわ」
さっさと話を切り上げてしまったあの人の背中を、私は拍子抜けした気持ちで見つめるしかなかった。
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