第2話
「勝手にしろ。俺はどうでも良い」
散々悩んだ私が離婚を切り出した時、夫はそう言っただけだった。左官屋を営んでいた夫は職人気質で、とても頑固。そして優しさからはかけ離れた人だった。私はあの人から、一度も〝ありがとう〟や〝ごめんなさい〟を投げかけてもらった事が無い。私達の離婚の話はあっさりと纏まった。
私は、離婚を止めて欲しかったわけではなかった。でも悔しかったのだと思う。半世紀もあの人に連れ添ってきて、あの人にとって私は傍にいないと駄目な存在ではないのかという自負があった。
だから私は、あの人をこっそり観察してやる事にした。
「おい、なんやこれ。得体の知れんもんをこの家に置くな」
私が家を出て行く日、あの人は部屋の隅に突如現れた機械を目にして文句を言ってきた。
「ミミちゃんの体調を測って私にメールしてくれる機械です。場所がずれるとうまく測れないらしいので、動かさないで下さい」
私は鞄に詰め忘れたものが無いかを確認しながら、つっけんどんに答えた。本当は部屋の様子を監視できるペットカメラなのだが、それを言うと間違いなくあの人が嫌がるので敢えて曖昧に答えた。まあどうせあの人は機械の類が苦手なので、この説明で十分だろう。
「そもそも、ミミならお前が連れて行けば良かろうが」
「引っ越し先がペット禁止なんですから仕方ないでしょう」
「ったく、お前はいっつも無駄遣いばっかりして……猫なんざにそんな金掛けてどうするんや」
「お酒や煙草に使うよりずっと良いと思いますけどね。それじゃあ、離婚届ちゃんと書いて提出しておいてくださいね。台所の茶封筒の中に入ってるので」
私の態度に辟易しているのか、あの人は最後の時も返事すらしなかった。ミミちゃんに別れを告げ、ペットカメラの角度を入念に確認した私は、旅行鞄を手に意気揚々と家を出る。人生の門出に相応しい、素晴らしく晴れ渡った日の事だった。
そうしてあの人の〝元〟妻になった私は、あの人を観察し始めたのだった。
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