第1話

今日から私は、あなたの〝元〟妻になった。




「私ね、旦那と熟年離婚しようと思っとるの」


 近所のお友達からそう打ち明けられたのは、去年の夏の事だった。その時、私達は町内会の活動で近くの公園で草むしりをしていて、私は朝方の気持ちのいい空気の中、やけに清々しい笑顔でそう言っていたお友達のお顔を見て、彼女がその別れを今か今かと待ち望んでいる事をはっきりと悟った。


「仕事しているうちは、やれ帰りが遅いだとか、やれ飲み会ばかりだとかで愚痴ばっかり言っとったんやけど、四六時中家に居られると居られるで息が詰まりそうになるんよね」


 苦笑いを零した彼女が雑草を引っ張ると、土の中にびっしりと伸びていた根が、ぷちぷちと軽い音を立てて呆気なく千切れていく。お友達の旦那さんは市役所勤務をしていて、その春に定年退職をしたばかりだった。真面目に働き、二人の子供たちも立派に送り出し、私から見るととても素敵な旦那さんだった。そして同じような事を零しているお友達は何人も居た。


 私は常々、自分たちが1本の木のようだと思っていた。親に勧められるがままにお見合いをして、結婚をして、夫に変わって家を守って、と何の疑問を持つ事もなく、世間という地面の中にどっしりと根を生やし、枝を伸ばし続けてきた1本の木だと。


 私は私が新芽や若葉、そして鮮やかな紅葉を一通り知っているそれなりの大木になったと思っていた。けれど、どれだけ私が天に向かって枝を伸ばして行こうと、私の足は地中に埋まったままぴくりとも動かない。


 その時、私は自分自身が死に向かって一心不乱に枯れ葉を茂らせるだけの存在に思えた。その枝には、自由という名の果実は実らない。お友達の決意表明は、70歳も間近に迫った私の心情に揺さぶりをかけるには十分な内容だった。

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