第3話 連隊本部

 作戦から二週間ほど経って足の傷が癒えたころ、義仲は城壁に隣接する華異羅けいら第三駐屯地に呼び出されて出頭した。連隊本部建屋の受付で案内されて、特殊作戦と諜報を担当する第一特殊連隊の連隊長室のドアをノックした。


 義仲が部屋に入ると、連隊長らしき男と秘書の女がいた。男に応接用の椅子に座るように勧められた。


「立花良介少佐だ」と三十代の口髭の男が自己紹介して手を差し出した。「矢谷君、呼び出してすまないね」


「どうも」と義仲は差し出された手を掴んで握手した。


「足の具合はどうだ?」と良介。


「傷はふさがっております、連隊長殿」と義仲。


「ああ、それはよかった」と言いながら良介が書類を差し出した。「君への報酬が出ている。確認したまえ」


「ずいぶん多いようですが」と義仲。


「成功報酬だよ」と良介。「出来高払いの分だ。契約書にも書いてあっただろう」


「そうですか」と義仲。「では失礼します」


「まあゆっくりしたまえ。お茶を出そう」と良介。「軍曹、ちょっと来てくれ」


「はい、お呼びでしょうか」と秘書の女が答えて近づいた。女は義仲にニードルガンを撃ったケイだった。


「矢谷氏と私にお茶を出してもらえないか?」と良介。


「少々お待ちください」とケイ。


「少し君と話をしたかったんだ」と良介。「それほど時間は取らせないから、いいだろう?」


「はあ」と良介。


「今回の任務の件だ」と良介。「君への依頼は、うちの諜報員が行った」


「あの、立花男爵家の執事と名乗った男ですか?」と義仲。


「気が付いていたと思うが、今回のハ七〇三号作戦、通称緑のトンネル作戦は緊急の秘密作戦だった」と良介。「わが師団の諜報部門が中央から指令を受けて行ったものだ」


「私に話してもよいのですか?」と義仲。


「ああ、もちろんだ」と良介。「もう終わった作戦だからね」


「はあ」と義仲。


「それでこの、町田圭子軍曹も参加していたわけだ」と良介。「だから、君の活動についてはほぼ逐一把握しているつもりだ」


「それで私は処分されるのですか?」と義仲。


「まあ、話を聞き給え」と良介。「今回の作戦は、人質になった知事の娘、私の姪でもある立花優華の救出という名目だった」


「ずいぶん天真爛漫な姪っ子さんだな」と義仲。


「姪ではないよ」と良介。「身の安全を喫するための虚報だ。姪は家で隠れていたよ」


「だれなんだ、あのじゃじゃ馬娘は」と義仲。


「言葉に気を付けたまえ」と良介。「第三皇女殿下、未華子様だよ」


「ええ!」と義仲。「どおりで従者が多いわけだ」


「まあ、そういうわけだ」と良介。


「そんな大事な作戦になぜ俺を使った?」と義仲。「王都には腕利きがいくらでもいるだろう」


「ここは王都ではない」と良介。「しかも、森の獣と戦う技能と実績がある兵士は少ない」


「特戦隊があるだろ」と義仲。


「全滅したよ」と良介。「中央で立案した救出作戦は失敗した」


「確かに敵は手練れだったが」と義仲。


「それで、前線に近い第十三師団のわれわれに皇女救出の命が下った」と良介。


「だが残念ながら、我々には森の奥深くで戦えるような部隊はない」と良介。「だから山形大佐に相談したところ、君を紹介してくれた」


「山形は今、何してる?」と義仲。


「諜報部の参事だ」と良介。


「出世したな」と義仲。「だが俺がここにいることを、なぜあいつは知っていた?」


「君は危険人物として登録されている」と良介。「私の管轄下で、この五年間ずっと監視されているよ」


「ひどい話だな」と義仲。


「ここからが本題だ」と良介。「実は皇女殿下が君を召し上げたいとおっしゃっているのだ」


「召し上げる?」と義仲。「俺に召使なんて無理だろ」


「君の身分については私は何も聞かされていない」と良介。「説得をして丁重にお連れするようにというご指示だ」


「嫌だとは言えないようだね」と義仲。


「まあ、そういうことだ」と良介。


「軍曹が諜報部謹製のニードルガンを仕込んでいるってことか」と義仲。


「よく分かっているね」と良介。「けがのために麻酔をかけた、ということで搬送する。よくあることだ」


「何も言わずに逃げればよかったよ」と義仲。「一言挨拶なんて柄でもないことを考えた俺が馬鹿だった」


「後悔は後からゆっくりしてくれたまえ」と良介。「ちなみに麻酔薬はわが陸軍諜報部の自信作だ。安心してぐっすり眠りたまえ」


「わかったよ。行けばいいんだろう?」と義仲。


「町田軍曹が同行して案内する。準備万端整っているから安心したまえ」と良介。


「いつ行くんだ?」と義仲。


「もう宮内庁からの迎えの乗り物が玄関の前についている」と良介。「すぐに乗ってくれたまえ」

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