第3話
じゃあ、と手をあげて、爽やかに去っていく巽を見送ると、
「……ふはぁ」
無意識に詰めていた息を吐き出し、大きく息を吸って。玲衣も歩き出す。
(……イケメンさんと話してしまった!)
彼は、入学時から目立っていた。色白で整った顔立ちをしていたし、すらりとしていて背も高い方だから、イヤでも目につく。少し中性的な雰囲気なのがいい!と女子が騒いでいたのを、玲衣もよく覚えている。
自分には縁のない人だと思っていたので、特に意識したことはなかったが、さっき話した感じでは、爽やかな好青年という感じで、予想以上にモテそうだ。
(……まぁ、私とは関係ない人だけれど。)
優しそうだし、親切そうだとは思うが、ルックスのいい男子は……苦手だ。自分が相手に釣り合わないのをわかっているから、近づこうなんて思わない。
だから、彼と親しくなるなんてことは、この時の玲衣は夢にも思っていなかったし、望んでもいなかった。
彼の祖母が風月堂のファンだという縁で、少しだけ話したことのある同級生。ただそれだけで、終わるはずだった。
――――やがてこれが、二人の馴れ初めになるとは、微塵も思ってはいなかったのである。
その日以来、巽が声をかけてくるようになった後も、それは変わらず、巽も特に意図があって、そうしたわけではない。彼にとっては、ごく自然のなりゆきに過ぎない。
そう、思っていた。
挨拶を交わすようになり、時々、たわいのないことを少し話すだけの、淡い淡い関係。それ以上のことを、玲衣は望んでいなかった。
それに……玲衣には、それどころではない悩みがあった。
巽とぶつかりそうになった時に考えていたのもそのことだ。それが、親友絡みのことなだけに、悩むも深かった。
幼馴染みであり、親友の舞との出会いは保育園だった。この春、高校生になった二人は、人生の半分以上を共に過ごしてきたことになる。
鍵っ子だった舞は、ごく自然に玲衣の家で長い時間を過ごすようになり、風月家で食事をとり、そのまま泊まることも珍しくなかった。今でも、週末になると遊びに来て、そのまま泊まっていく。
同い年の二人は、血の繋がらない双子の姉妹のようでもあった。玲衣にとって、舞はかけがえのない親友であり、頼りになる姉のような存在でもあり……性格は似ていないが、自分にないものをたくさん持っている彼女のそばにいるのが好きだった。
時々、理解できないこともあるにはあるけれど、裏表のない竹を割ったような性格というのは、おそらく彼女のような人柄のことを言うのだろうと、玲衣は思っている。
「ねぇねぇ、玲衣。今度、デートしようよ!Wデート!」
「……二人で行っておいでよ」
「えぇ~?恭介と二人より、玲衣も一緒がいいよ~!恭介に、玲衣に合いそうな男子、見繕わせるから、グループデートしようよ!」
「いやいや、せっかくだから、そこは二人でお行きなさいよ」
「んもう……玲衣は昔から気遣い屋さんなんだから!他の人がどうかは知らないけど、わたしは親友より彼氏の方が大事なんてこと、絶対にないんだからね。玲衣は特別なんだから!」
「……うん。ありがとう、舞」
舞の好意に疑いは持ちようがない。いつだって、玲衣のことを姉のように気にかけ、思ってくれている。ずっとそうだったし、これからだって、そうやって気にかけてくれるに違いない。
だからこそ、玲衣は……困ってしまう。純粋に思ってくれている。それがわかるだけに、何と言ったらいいのかわからなくなる。舞の気持ちは嬉しい。すごく嬉しい。
……けれど、彼女の期待に応えることは、たぶん出来ないとわかっているから、申し訳なく感じる。それに、他人に迷惑をかけたり、嫌な思いはさせたくない。がっかりさせたくないし、がっかりさせてしまう自分もつらい。
自分のことを気に入るような、同じ年頃の男子などいない。玲衣はそう思っていたし、それを自虐的だとも思えない。事実は事実なのだ。経験から知った事実。
玲衣のような……よく言えば、ぽっちゃり。ストレートにいえば、太った女の子は恋愛対象になりにくい。いや、ならないと玲衣は考えていた。
男顔というわけではないし、目鼻立ちはそこまで、くっきりはっきりしているわけではないのだが、少し、宝塚の男役が似合いそうな雰囲気のある、整った顔立ちを舞はしている……と、玲衣は思う。男装が似合いそうな雰囲気と言うのか……何とも表現するのが難しいのだが、舞は美人だ。
美人というより、
そんな舞の親友と聞けば……大抵の男子は期待する。少なからず、期待するものらしい。
舞と同レベルか、それに近い女子だろうと。最低でも、普通以下はなかなか想像しづらいらしく、期待が大きい分、玲衣を見た時の落胆ぶりは顕著で、それを目にする度に、本当に居たたまれない気持ちになる。
しかも、それを「玲衣のせいではない!」と、舞は必ず言うのだ。「玲衣の良さがわからないなんて、相手が悪い。見る目がない。こっちから願い下げだ!」と本気で怒ってくれるのだ。
舞は、玲衣のことを本当に大切に思ってくれている。それがわかるから……、つらい。
そんな思いをさせる自分に、男子に落胆させてしまう自分に……玲衣自身が一番がっかりして、傷ついていた。
だいたい、玲衣には彼氏が欲しいという願望があまりなかった。
……というより、彼氏など出来るはずがないと思っていたので、舞からの誘いは、最初からずっと断り続けているのだが……。
いつの頃からか覚えていないが、そう思うようになったのは自然に……で、いつの間にか確信めいた思いで、そう思うようになっていた。
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