第34話 麗美の戦い

ようやく通りに出ましたわ。


だけど、まだ安心できません。


ここは人通りが少ないですから、追手がきたらすぐに捕まりますわ。


剣様が命懸けで逃がしてくれたチャンス。


私が潰すわけにはいかない……


剣様はきっともう間に合わない。


ならば、全面抗争に持ち込み……あいつ等は絶対に地獄へ送ってやる。


『生きていきたくない』そう思うまで拷問の末……絶望の元殺してやる!


「お嬢ーっ!」


政がいましたわ。


今頃……


「政!お前がどうして此処にいるのですか?」


「剣さんが飛び出ていかれたからもしやと思いここに来ました」


何を今更……遅いですわ!


勢いに任せ私は衝動的に政の横っ面を叩きました。


パーンッ


「お嬢、いきなり……なにをするんですかい!」


ヤクザとは面子を気にする者です。


今迄、私は暴力を振るってきましたが、顔だけは叩いた事はありません。


それはヤクザにとって顔を叩かれる事は面子を潰される事だからです。


ですが……どうしても私にはこの衝動が押さえられませんでした。


「遅い、遅い、遅いのですわぁぁぁぁーー剣様はもう、多分……この世に居ません……ハァハァ」


駄目……自分が押さえられそうにない……だけど、今はこんな事をしている場合じゃない。


「お嬢?」


「直ぐに車を出しなさい! 良いから直ぐに!」


政にあたっても仕方が無い。


だけど、あの時政がいたら、亜美が撃たれる事無く、私は攫われなかったかも知れない。


そして……剣様がこんな目に合わなかった。


そうつい考えてしまいます。


政にあたっても仕方ない……悪いのはあいつ等です。


ただ殺すだけじゃすましませんわよ!


妻、恋人、子供まで……私と同じ大切な者を失う気持ちを味あわせてやりますわ。


「はい……」


政は私を見るなり、静かにそう答えましたわ。


今の私はきっと般若のような顔をしているのでしょう。


政が怯えていますから……そうなのでしょうね。


◆◆◆


お嬢の様子を見れば何があったか解る。


本当にやりやがったんだ。


たった一人でお嬢を救出したんだな。


そして『居ない』と言う事はその対価として死んだのだろう。


命懸けでやり遂げやがった。


きっと『男の中の男』って言うのはこう言う奴の事を言うんだろうな……


ヤクザの中では良く言う言葉だ。


だがな、そんな奴実際はいねーよ!


その証拠に、あれだけお嬢と慕いながらも結局、アンタしか動かなかったんだからな。


俺も歳をとったもんだ。


結局、此処に来ることしか出来なかった。


アンタはスゲーよ。


偏屈な組長が何時もアンタの事を話すと褒めていた。


お嬢も一緒だよ。


俺だってよ! 仲間と思って居たんだぜ。


だからよ、アンタの仇は俺じゃ取れねー。


だが、今のお嬢はきっと止まらない。


本来は俺はそれを止めるのが仕事だが……止めねーよ。


俺もあいつ等に鉛玉の一つも撃ち込まなきゃ気がすまねーからな。


「お嬢……ご無事で何よりで……」


「煩い、死ぬと良いのですわ」


「……」


こんな時もお嬢は泣かない。


泣かないけど、心で泣いて……きっとどうすれば仇がとれるか考えている。


目が怖ぇぇぇぇ。


組長ですらこんな目してねー。


もうきっとお嬢は止まらない。


◆◆◆


組に帰ってきましたわ。


「お嬢行きましょう」


「ええっ、言われなくてもすぐに行くわ」


皆はきっと大広間にいる。


私はそこで、話しをしないといけない。


沢山の組員が死ぬかもしれない。


だけど、この悲しみは『あいつ等を殺す事でしか』埋められないわ。


だから……中途半端は許せない。


全面戦争に持っていくしか考えられませんわ。



「麗美ちゃん……それで翼ちゃんは居ないの?」


「見て解りませんの!」


「……」


「麗美、良かった無事で何よりだ!父さんも心配したんだぞ」


組の為に私を見棄てる。


組長なら仕方がありませんわ。


ですが……剣様が死んだかも知れない。


いえ、確実に死んでいますわ。


私の代わりに剣様が死んだのです……それでなんで? 良かったのですか?



「無事じゃありませんわ! お父様の目は節穴ですの? ここに剣様が居ない事に気が付かないなんて」


「「麗美」」


お父様にも、お母様にも……駄目ですわ……何もかもが押さえられないわ。


「ええっ私は無事ですわ! ちょっと怪我した位で何でもありませんわ。ですが、剣様は剣様は、もうこの世に居ませんわよ!ええっ見棄てられた私を助けるために、代わりに死んでしまいましたわ……それの何処が良かったなのですか?」


「麗美……すまない……俺は」


「ええっ 良いんですのよ! お父様は組長ですもの、組と私を天秤に掛ければ、組を取るのは当たり前ですわ。でも、でも剣様は違いましたわ。自分の命を捨てて助けに来てくれましたの! あんた達みたいな安っぽい愛情で無く本当に愛してくれていた。そうですわ」


「お嬢言い過ぎです」


「政、貴方や他の組員も同じですわ!いつも、お嬢、お嬢って言って『何があっても守りやす』何て言っていたくせに役立たずでしたわね! 言葉通りなら、なぜ私が捕らわれた状態でのうのうと生きていましたのかしら? 剣様より早く乗り込んで来て行動を起こしてなくちゃおかしいですわぁぁぁーーーっ! なにかあるなら言いなさい!」


「すいやせん」



「そうだな、俺はどうしても組織を守らなくちゃならない!そう言われても仕方ないな」


これは八つ当たりなのは自分でも分かっていますわ。


「それで、お父様はこれから何をするのですか?」


「それはこれから話し合ってだ」


ヤクザの癖に何を言っていますの。


娘が攫われるような面子を潰されるような事が起きて『話し合い』そんな段階じゃない……それがわからないのですか?



「勿論、皆殺しですわよね! 私を誘拐して剣様が殺されたんですもの! ここ迄面子を潰されてそれ以外ありませんわよね!」



「麗美、落ち着け。今は!」


「充分、落ち着いていますわよ? これ以上どう落ち着けって言うのですか?」


「これから組員全員集める! 辛いだろうが詳しく話しをしてくれないか? それからだ!」


「幾らでも話しますわ。彼奴らを皆殺しにしてくれるなら」


それからすぐにお父様の一声で主だった組員全員が集まりましたわ。


◆◆◆


「麗美、済まぬが、詳しい事を話してくれないか?」


「ええっ良いですわ」


麗美の顔は真っ青に青ざめていた。


そして目には涙が溜まっている事は誰が見ても解かった。


それでも、麗美は話をしきった。


◆◆◆


「俺達のせいだ! 俺たちが動かなかったから剣さんは……」


「政、それは違う。あの時、組員のお前達じゃ動く事は出来なかった。それは……仕方ない事だ……」


「良く言いますね! そうね、貴方達とは違いますね。彼は……」


「辰子、お前!」



「それで? こんな時に呑気に話し合い? 貴方達はどうしますか? 弔い合戦位しますわよね? 当然よね、その位してあげなくちゃ可哀想だわ! 剣ちゃんは麗美さんの代わりに死んだのよ! もう戦争しかないですよね?」


「唄子さん、頼む冷静になってくれ」


「あらっ私は冷静よ? 娘に鉛玉喰らわせて、その友達を誘拐、そして剣くんは殺された!もう皆殺ししか考えられないわ。それが出来ないなら、そうね、こんな組解散しちゃった方が良いわ。そう思わない麗美ちゃん!」


「全員皆殺しにしなくちゃ気が収まらないし、胸が張り裂けそうですわ! 剣様は私の代わりに死んだのですわ! 私が無残に殺されても皆さんは報復もしないんですか? もし違うそう言うなら立ち上がって下さい」


此処からが私の戦い。


唄子さんに先を越されたけど、戦争に持ち込み剣様の敵を取らせる。


それが今の私の仕事だ。


それが終わるまで、私は死ねない。


だけど、それが終わったら、剣様に会いに行きますわ。


剣様……天国で待っててくださいね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る