第23話 【閑話】 麗美の恋 パート2

これは私が中学生の頃の話です。


「麗美さん、付き合って下さい」


珍しい事に告白してきた男の子がいました。


私は家が家なのでこういう経験は滅多にありません。


自分でも器量の良いのは分かります。


ですが事情を知っている方は例え不良でも告白なんてしませんわ。


「ありがとう、それは私の事情を全部知っての事ですの?」


「はい、家の事も全部知っています」


全部知っていて告白してくれるんですか……


「そうね、それでも私と付き合いたい、そういう事ですのね?」


「はい、俺の気持ち変わりません」


問題は、覚悟があるかどうかですわ。


「私と付き合うと言う事はね、危ない目にもあう可能性があるのよ? 解っていて言っているのですか?」


私と付き合うという事は危ない思いをするという事……


それこそ命に係わるような事すらあります。


それが解かっているのでしょうか?


「はい、僕が必ず守ります」


普通の人間に私が守れるわけありませんわ。


そういう事に直面した時に『逃げない』その覚悟で良いのです。


ですが『守ります』という言葉。


真っすぐな眼差し……これは受け入れてあげるしかないわね。


「そう? 私の生きている世界は貴方が思っている以上に危ない世界なのですわ。そして私は、貴方が思っている以上に直情的です。0か100でしか考えられない、そういう女です。その言葉が本当なら帝愛ホテルに放課後いらっしゃい! その言葉が本当なら、私の全てを差し上げますわ」


私の横に居るという事は、命に係わる事が多い。


その私の傍にいると事は『命掛ける』という事です。


その対価なら、こうでもしないと釣り合わないですわね。



「すべて……」


「そう、貴方の想いの全てを受け入れて差し上げますわ」


「ああ、ありがとう」


「どういたしまして」


言った言葉が本当なら……それ位当たり前の事ですわ。


命懸けの恋なのですから……


◆◆◆


勇気絞って告白して良かった。


転校してきて僕は、まるで天使のように美しい女の子を見つけたんだ。


風になびく少しウェーブの掛かった美しい髪。


同じ中学生なのに大人っぽく美しい顔立ち、あんな綺麗な女性は芸能人やアイドルにもいない。


生まれて初めて女性を見て美しいと思った。


同級生に名前を聞いたら、竜ケ崎麗美さんだと教えてくれた。


しかも、あれだけの美貌の持ち主なのに彼氏はいないそうだ。


「麗美さんに彼氏は居ないけど、諦めた方が良いよ」


「麗美には関わるな、これは脅しているんじゃない! 親切心で言っているんだ」


クラスの皆はこぞって反対した。


理由を聞いたら、彼女のお父さんは暴力団の組長だそうだ。


だが、僕は諦めきれなかった。


だから、周りの反対を押し切って告白したんだ……


告白して良かった。


まさか受け入れて貰えると思わなかった。


家に帰り身支度を整える。


シャワーを浴び、コロンをつけた。


新しいシャツを下ろし……とっておきのチェックのジャケットにパンツ。


髪もしっかりセットアップ。


これなら高級ホテルに行っても恥をかかない。


はやる思いを押さえ電車に乗りホテルに向かう。


いきなりホテルって、考えただけでも顔が赤くなる。


全てって事は……全てだよね……駄目だ、つい、いけない想像をしてしまう。


ドキドキしながら歩き、帝愛ホテルについた。


受付で話をしたら、直ぐに連絡をしてくれて『806号室』で麗美さんは待っているそうだ。


そのままエレベーターに乗って8階に。


心臓の音が煩い……


当たり前だ……これから僕は麗美さんと……


トントントン。


ノックをするとドアが開く。


だが、そこで待っていたのは……麗美さんでなく厳つい男だった。


すぐに腕を引っ張られ部屋に連れ込まれる。


「お前がお嬢に告白した奴だな、こっちに来い」


騙された、まさかいきなりヤクザに脅されると思わなかった。


「そんな、僕は騙されたんですか」


怖い、たった三人のヤクザなのに、足ががくがく震えてくる。


「お嬢は騙してなんかいねーよっ! 上の階でシャワーを浴びて待っている。ちゃんと約束を守れば、この部屋のカギはお前の物だ!」


そういう言ってカギを見せられた。


「そうですか……良かった」


僕は騙されたんじゃなかった。


だったら、この状態はなんだろう。


「そうか、それじゃこれな! これを使って身を守りながら敵を倒せ!」


手にドスを渡された。


何をさせられるんだ?


「これで男を示せ、男を示したらカギを渡す、いいな!」


誰かと戦うのかな。


だけど、ここ迄来たら引けない……


「解りました、これで何をしたら良いんですか」


怖さと『これさえ終われば、麗美さんとつき合える』という変な感情で頭が可笑しくなる。


だけど、何をさせられるのか怖くて仕方ない……


横の部屋からヤクザの1人が大きな犬を連れて来た。


犬と言うより小柄なライオンに見える位に大きく獰猛そうな犬だった・


「これは土佐犬の矢倉錦、元闘犬で横綱だったのをお嬢が引き取った物だ! 此奴と戦って貰う!頑張れよおら!」


そういうと黒服のヤクザが土佐犬をけしかけてきた。


矢倉錦という土佐犬は唸りもせず俺に近づいてくる。


「冗談ですよね」


俺はそう言ったが……ヤクザはただ無言で俺を見つめるだけだった。


「……」


「止めて下さい! こんな事っ!」


「……」


ヤクザは無言のままだ。


目の前でドスを振り回したが、そんな物は役に立たなかった。


矢倉錦という土佐犬はそれを簡単に交わして飛び掛かってきた。


ドスを持った俺の腕が噛まれた。


噛まれた瞬間激痛が走った。


普通の犬に噛まれたのとは違う、まるでナイフで刺されたような激痛が走り、腕の骨が折れたのがわかる。


その状態なのに……矢倉錦は俺の腕を離さない。


「痛ぁぁぁぁぁぁぁーーーいたぁぁぁぁぁぁぁい」


幾ら引き抜こうとしても外れない。


矢倉錦が首を軽く振ると俺の腕はあっさりと千切れて明後日の方向に飛んで音を立てて落ちた。


「僕の腕があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー! 助けて、助けてぇぇぇえーー」


「お前、値を上げるのが早いぞ『お前はお嬢を守る』って約束したんだぜ! お嬢は常に誘拐の危機に晒されている。そんなお嬢を守ると言う事は命を賭けると言う事だ! さぁ根性見せな!」


これだ……これだから、誰も麗美さんに……


「痛いっ、痛いんですぅぅぅーー解り……解りましたぁぁぁぁーー助けて! 助けてぇぇぇぇーーたすけてくださいーーーーーーーっ」


俺はなりふり構わず泣き叫んだ。


まだ死にたくない。


このままじゃ死んでしまう。


「助ける訳無いだろう? 実際の場では、相手はお嬢を攫おうとしたり、連れ去る相手だ。場合によってはお嬢が殺される。お前が頑張らなくちゃお嬢は酷い目にあい、最悪辱めを受け殺されるんだ! 死ぬ気で戦えよ!」


このままじゃ死んでしまう。



「諦めます、諦めますから……麗美さんとの交際を諦めますからぁぁぁぁーー」


助かりたい一心で言ってはいけない事を言ってしまった事を。


俺は解らなかった。


「お前今、何て言った?」


ヤクザ達の顔色、雰囲気が変わった。


今迄も怖かったが、今はその何倍も怖い。


「もういい、終わりだ。けじめとしてこいつの残った腕と両足切断して帰してやれ。お嬢の顔見知りだから命は助けてやれ。闇医者に治療を頼んだあとは、適当な病院に放り込んでおけ」


何を聞いているのか解らない……両足? 切断?


「何で、何で俺がそんな目に遭わないといけないんですかーーーー! ただただ告白しただけなのに」


体中痛い。


だが、今はそれ処じゃない。


今、言わなければ足も残った腕も切断されてしまう。


「お前なぁ~ 今、言っちゃいけない事言ったんだわ『諦める』とな、お前が諦めたらお嬢はどうなる? なぁ、下手すれば輪姦されて東京湾に浮かぶかもしれねーんだよ! そういう世界でお嬢は生きているんだぜ! お前が『守る』っていった人間はそういう人なんだ。 それを知った上で告白したんだよな? その言葉の重みも解らねーのか? だからお前はこんな結末を迎えるんだ」



「僕はただの学生……あああっ、た助けて下さいぃーー」


「そうだな、お前は学生だ。だから『気持ちだけ』で良かった。 最後まで諦めずに戦えばお前の勝ち。本来なら勝たなくちゃ助けられないから意味はねーんだよ。だがお前にそこ迄求めていなかった、ただ腕一本無くしてもお嬢の為に立ち上がり、戦い続ければそれで良かった。 そこ迄すればお嬢はお前の物だった」


「ううう腕を、ハァハァそんな……」


そんな事出来るわけない。


「あれでお嬢は結構情が深い、多分値をあげなければ片腕のお前の面倒も生涯見ただろうな。婚約位直ぐにして貰えたんじゃねーかな?」


「……助けて」


「それを捨てやがった、馬鹿がよ!これでお嬢の機嫌が暫く悪くなるんだ、ふざけんなよ! あたられるのは俺達なんだぜ……どうしてくれるんだ!」


腕を無くして苦しんでいる俺をヤクザ達が罵ってくる。



◆◆◆


「結局『諦める』そう言ったのね……」


人を見る目の無さが恨めしいですわ。


私の目を真っすぐに見た目に騙されましたわ。


『この子は違う』


そう思ったのですが、ただのクズでしたわね。


『守る』その意味も分からない……クズ。


私はベッドから抜け出し下着姿にガウンを羽織り下の階に降りていきました。


下の部屋には……


「助けて、助けて、俺が悪かったです。助けて下さい」


自分の言葉に責任が持てず、人を見捨てて諦めた人間を何で私が助けなくてはいけないんでしょう?


「貴方は私をその口で騙したのね? その口で『守る』って嘘を吐いたのね……政、ドス貸して!」


私は真剣に考えてあげた。


自分の全てをかけてあげた。


その信頼をこのクズは裏切った。


「へい」


私はクズの口、歯と頬の間にドスを突っ込み思いっきり奥へ引いた。


この口が私に嘘を吐いたのです。


「止め……ぎゃぁぁぁぁぁぁっ」


「はぁはぁ、もう片方ありますわね」


「嫌、嫌嫌いやあああああああああああああっ」


何で泣きますの? 泣きたいのは私ですわ。


信じていましたのに……嘘つき。


「政、このゴミの処分は任せましたわ……それじゃクズ永遠にさようなら! 私、貴方を見たら殺してしまうかも知れませんわ……遠くに逃げた方が無難でしてよ!」


もう此奴は私にとって、只のクズ。


あの優しい顔も、守るという男らしさも全て嘘だった。


顔も見たくない、そういう思いしか最早ありませんわね。


私が辱めを受け殺されるような局面できっと貴方は『たすけてくれ』と命乞いを相手にするのでしょうね。


◆◆◆



俺はその後、小さな診療所で残っている腕と足を切断された。


悪魔の様な男たちが『病院で斬って貰えるだけお前は運が良いんだ』と笑いながら俺を見ていた。


そして、最後に男達は『この事は誰にも言うな、事故に遭って詳しくは覚えてない』それ以外の事を言ったら、お前も家族も死ぬ事になる。


そう脅された。


しかも、住所も母さんの名前も妹の名前も知っていた。


もし言ったら母さんや妹も同じ目にあわされる。


そう思ったら口を紡ぐしかない。


俺は誰にも言うつもりは無い。


言ったらきっと本当にそうなると確信したからだ。


再び、気を失い気がつくと俺は大学病院のベッドで寝ていた。


両手両足が無く、顔にも包帯が巻かれていた。


俺が気がついたのを見て母も妹も泣いていた。


結局俺の怪我はただの事故という事で片づけられた。


しかも『自殺に近いタイミングで車道に飛び出し車にはねられた』


そういう話しで警察から連絡が入っていたそうだ。


手足の無くなった体で窓から外を見ると楽しそうに歩いている中学生が目に入った。


少し前まで俺もああいう生活をしていた。


だけど、もう俺は終わりだ……何処で俺は間違ってしまったんだろうか……


幾ら考えても過去が変わることは無い。



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