第19話 【閑話】麗美の恋
「先生、良いですか? 組長はお嬢を凄く大切にしています、間違っても手を出さないで下さい!」
組の方から厳重に注意を受けた。
「あはは、大丈夫ですよ、僕は大人ですよ!流石に11歳の子供に手を出す様な事はありません」
これでも僕は家庭教師のプロだ。
生徒になんて手を出さない。
まして11歳の少女に手を出すなんで倫理に外れた事はしないさ。
「そうですかい!」
組員の男は訝し気に僕を見るが……
「はい、僕には将来を誓った婚約者もいます。間違ってもそんな事はありませんから」
僕には婚約者がいる。
間違っても子供になんて手を出さない。
しかも……こんな危ない家の子に手を出すなんて危ない真似はしないさ。
「そうですかい。それなら安心ですね。くれぐれもお気を付けください!」
僕が所属する、家庭教師派遣事務所に『特殊な依頼』があった。
通常の3倍の金額を払うという特殊な依頼。
胡散臭いけど美味しい話だった。
事務所を通すならそこ迄気にする必要は無い。
詳しい事は『委細面談』という話だったがお金に余裕のない苦学生の僕は直ぐに飛びついた。
詳しく、話を聞いて見れば、大きなヤクザの組長の娘の家庭教師の依頼だった。
何でも他の組織と揉めてしまい学校に通えないから、その分の勉強を見て欲しいという話だった。
ヤクザの親って事以外は『普通』確かに少し怖いが3倍の金額を貰えるなら悪い話では無い。
そして今日は初めて授業をする日だ。
伺うと早速、顔合わせ……という話しになった。
トントントン。
組員の男性がドアをノックした。
「どうぞ」
澄んだ声で返事が返ってきた。
「お嬢、入ります、家庭教師の先生を連れて来ました!」
強面の屈強そうな組員の男が汗を掻いている様に見える。
「政はもう良いわ! 貴方が先生ですね、私は竜ケ崎麗美です、宜しくお願いしますね、先生!」
言われた意味が解った。
彼女は確かに普通の子供じゃない。
確かに子供ではあるが、何とも言えない大人っぽさがある。
一番近い表現は、とびっきり綺麗な女性を幼くすればこうなる。
服装によっては高校生、大学生でも通る様な大人っぽさに少女の愛らしさを持つ、まさしく魔性の女、そんな感じに思えた。
「先生どうかしましたの? 顔が赤いですわよ?」
見惚れていた。
顏が赤くなり手に汗を掻いていた。
「べ別に何でもありません、それじゃ……ゴクッ、なにから始めようか? 重点的に教えて欲しい物はありますか?」
まさか、子供相手に緊張しているのか?
「私、算数が苦手ですわ、良かったら算数を中心に教えて下さらない?」
ただの笑顔だが……これは魔性に近いかも知れない。
妙に惹きつけられる。
「解りました、算数中心の授業を組めば良いのですね」
白いブラウスから透けて胸が見える。
誘われているのかと誤解しそうな位、彼女は子供に思えない程妖艶に思える。
「クスッ お願いしますね、先生」
只の子供じゃない……大人以上の魔性のような魅力が麗美にはあった。
◆◆◆
家庭教師の仕事をし、一か月位した日の事だ。
授業をしていたある日、魔が差してしまった。
「先生、いつも私の胸や下着を見ようとしていたでしょう?」
そんな事を麗美が笑いながら僕に聞いてきた。
「何を言うんですか……」
気がつかれていたのか?
まずいな。
「いいのよ、気がついていましたわ、ですが私はまだ子供ですのよ! そういう目を向けられても困りますわ!」
魔が差した。
そうとしか思えない……
まさに魔性。
それに僕は購えなかった。
「ですが、その好きになってしまって……」
「先生、聞いていますわよ! 婚約者がいるのでしょう? 婚約者はどうなさるのですか?」
「捨てる」
何年もつき合い、ようやく婚約迄たどり着け……両親の挨拶まで終わった最愛の彼女。
だが、麗美の魅力の前には……それすら価値が無いように思えた。
「本当に? 自分の行動に責任は持てますの?」
「……とる」
頭がぼうっとしてこの誘惑に贖えなかった。
「そう、なら良いですわ」
彼女は笑顔で腕を首に回してきた。
誘惑に負け、そのままベッドに押し倒した時に、ドアが開いた。
「音がしたから来てみれば、先生、何をしているんだ!」
組員の政さんが踏み込んできた。
終わった……そう思い顔を青くした。
だが、麗美が間に入ってくれた。
「待って政、先生は責任をとるとおっしゃっていますわ。話をちゃんと聞いてあげて下さい」
『大事になる』その恐怖と『魔性の少女が自分の物になる』かも知れない。恐怖と歓喜が入り混じったおかしな感情で僕の頭はぐちゃぐちゃになった。
「お嬢、これは俺じゃ判断できない、組長じゃなくちゃなぁ、先生きて貰うぞ!」
ここで、僕はようやく『大変な事をした』と分り、正常な判断がつくようになった。
「待って下さい! 僕にはそんな気は無かった」
もう取り返しはつかないのかも知れない。
「もう俺にはどうする事も出来ねー! 弁解は組長の前でしろ! 散々釘を刺して置いたのに、この馬鹿野郎がーーーっ」
政さんの怒号が僕の頭になり響いた。
◆◆◆
組長室と書いてある部屋に連れて来られた。
「話しは聞いたぞ、先生よーーっどんなつもりでうちの娘に手を出したんだっ」
「すいません、そんなつもりじゃなかったんです、麗美さんが」
「うちの娘がどうかしったのかっーーーおいっ」
「待って下さい! 先生は、先生は、責任を取るとおっしゃいましたわ」
麗美さんが仲裁に入ってくれたが怒号は止まらない。
幼い子に手を出そうとしたんだ……当たり前だ。
「麗美お前は黙っていろ!先生よー、話を聞かせてくれ! この責任どうとるって言うんだ、おい!」
「赦して下さい、勘弁して下さい!」
「だから、赦して下さいじゃねーーんだよ! どう責任とるかって聞いているんだ?」
どうすれば良い……どんな責任の取り方があるんだ……そうだ。
「そうだ、お金、お金を払います……あるだけ全部」
これが最悪の選択だった。
この瞬間から麗美は興味は失せたという感じになり、顔から表情がなくなり冷たい眼差しで僕を見ていた。
◆◆◆
先生、何て事しやがるんだ、これで暫くお嬢の機嫌が悪くなり若い衆が当たり散らされるんだぜ。
「先生、馬鹿にしているのかい! 俺達が金に困っているように思っているのかい! ふざけんな、この口先だけの男が、政、けじめだ! 此奴の両腕と鼻を斬り落とせ! 麗美行くぞ!」
「そうね……口先だけの男に用は無いわ……さようなら……」
そう言うと組長とお嬢は席を立った。
「麗美、待ってくれ、助けてくれ!」
お嬢は、足を止め振返った。
「責任一つとれないクズに名前を呼びうつけられたくありませんわ……さようならクズ!」
この時のお嬢は涙ぐんでいるように俺には見えた。
そして、そののまま組長と一緒に立ち去った。
馬鹿な奴だ。
『ちゃんと責任を取らないからこうなる』
お金じゃ、この世界、責任をとった事にならない。
「そんな、そんな助けてくれ、いや下さい!」
もう遅い……
「おい」
「お前はこっちにこい」
俺は男を押せつけるように引っ張っていく。
もう教師でも何でもないから敬意を払う必要は無い。
「助けてくれーーーっ」
幾ら叫んでも、もう遅い。
全てが決まってしまった後だ。
◆◆◆
「助けてくれ、僕はただ彼女に抱き着かれただけなんだ」
幾ら言われてももう、俺にはどうする事も出来ねーし、したくねーな。
「そうは見えなかったな、嘘つくんじゃねーよ!」
「だけど、まだ僕は何もしていない」
確かに未遂だ。
だが、なんの覚悟も持たず組長の娘に手を出したんだ。
仕方ねーだろうが……だからあれ程俺が言ったのにな。
「だからこれで済むんだろうがーーっ、もし手を出していたら東京湾で魚のエサだぜ」
「そんな、これだけで」
組長の1人娘に手を出してこれだけ……馬鹿じゃねーの。
「だから俺は言ったじゃねーか! お嬢に手を出すなってよう!」
「赦して下さい、助けて」
俺に言っても無駄だ。
「無理だな……諦めな、まぁ、かわいそうだから、腕は肘から先にしてやるぜ! これは俺のせめてもの情けだ、本当は肩からやるんだが、あんた素人だからな!」
「そんな、何でこんな事になったんだ……」
お前が選択を間違えた……それだけだ。
「お前がちゃんとしないからだろうが、お前には3つ選択肢があったんだぜ」
「3つ?」
「ああっ、一つは俺の言う事を聞いてお嬢に手を出さない事。もう一つは今の現状だ……」
「あの……もう1つは?」
今更聞いても無駄だな……その選択を選ばなかったあんたにゃ関係ない。
「卑怯者のあんたにはもう関係ない事だ! いいな? 警察とかに言うなよ? これはけじめだ! これでお前が何もしなければ全てが終わる。だが、警察に駆け込んだら最後、お前の家族や婚約者も全て酷い目に会うぞ! 姉がいるよな? 新婚なのに風俗で働く事にでもなったら可哀想だよな? 母親も殺されたくは無いだろう?」
「ああああっ、止めてくれーーっ」
「それじゃぁなぁーこれを咥えていな! おい秀、此奴を押さえていろ」
タオルを無理やり咥えさせた。
「ああっ、兄貴」
「うぐっうぐうううううううっうーーーんっ」
俺がこれをやるのはせめてもの情けだ。
俺はこれでも刃物の扱いは組で一番上手い。
躊躇いなく人の腕など切断できる。
「先生、一本終わったぜ、あと一本と鼻で終わりだ。終わったら闇医者に連れて行ってやる! 我慢しろ!」
「うぐうううううううっううううううん」
「暴れるな、手元が狂ったら大変だ、秀ちゃんと押さえていろ!」
「はい!」
「うがっうがあああああああっ」
「なんとか終わった……後は鼻だけだ」
口に咥えたタオルが落ちた。
「いやだーーーーっ顔は顔は」
「これで終わる、馬鹿野郎手が狂ったじゃないかーーっ」
暴れるから手が狂ったじゃないか……鼻だけでなく上唇まで斬っちまったじゃないか。
「兄貴、これ」
「ああっ気を失ったようだ、おい闇医者に連絡してくれ、鼻と両腕の処分も頼めよ! 絶対に接合はしないように伝えてな」
「解りました」
これですべてが終わった。
しかし……
「チクショウがぁ! これでお嬢が暫く機嫌が悪くなっちまうじゃないか、あたられる身にもなって見ろってんだ!」
「兄貴……」
「暫くは、お嬢の八つ当たりは覚悟しておけよ!耐えるしかねー!仕方ないだろう?」
「……はい」
先生よ、お前がお嬢を好きなら簡単だったんだぜ。
お嬢はヤクザの家に生まれちまったから『自分に余り価値』を感じてないんだ。
だから『責任をとる』それだけで良かったんだぜ、この場合の責任は『結婚』だな。
それだけ約束すれば、恐らくボコられた後、婚約して終わりだ。
まぁヤクザになるしかねーが、お嬢はあれで案外尽くす女だから、幸せになれたんじゃねーかな。
お嬢が18歳になったら結婚して乳くり会って生きていきゃいーんだよ!
俺か? 俺はお嬢なんて御免だよ? 親父は死ぬ程怖いし、お嬢だって怒らせたら凄く怖えぇぇぇ。
少なくともこの組にはそんな命知らずはいねーけどな。
怒ったお嬢は……組長より怖えからな。
◆◆◆
僕はただ一度の過ちで全てを失った。
この事は『事故』という事ですますしかない。
両腕に鼻まで失ったが、僕は口を噤むしかない。
そうしないと『僕だけの問題ですまなくなる』
鼻と腕を無くした僕は婚約者に捨てられ、今は両親に世話になって生きている。
もう人生は摘んでしまった。
あの子は天使なんかじゃない、悪魔だった。
もう絶対にあんな女に関わらない……
ヤクザにも……全てが怖くなった僕は死ぬまで部屋から出ないで生きていく。
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