第18話 変わらない彼

次の日も黒木さんは普通に私達に話しかけてきましたわ。


「おはよう御座います、竜ケ崎さんに北条さんに三上さん」


信じられなかった。


昨日、お父様に話をしたのですが、既に『釘差し』は終わったと聞きましたわ。


組員が脅しを掛けた後だというお話でしたわ。


ただ、何故か報告時にお父様から組員が目を逸らしたとも聞いたのだけど


多分、黒木さんは上手く逃げたのでしょう。


ですが、これで黒木さんは『私がヤクザの娘』だと言う事は知った筈です。


それなのに、黒木さんは今日も普通に挨拶してくれます。


何故なのでしょうか?


「剣くん、おはよう!」


「剣ちゃんおはよう」


「黒木さん、おはようございます」


小太刀、亜美……今なんて呼びました? 剣ってなんですの?


一体どう言う事なのでしょうか。


「それじゃ、僕先にいきますね、それじゃあ」


笑顔で走って行ってしまいましたわ。


なんでしょうか? 黒木くんの背中から目が離せません。


それは別にして二人とも何で『剣』なんですの?


下の名前で呼ぶ人間なんて二人には私達しか居ない筈ですわ。


「小太刀、なんで黒木さんを剣くんって呼んでいるのかしら?」


「カッコ良いじゃん! 外見は兎も角、脅しに屈しなかったんだぜ!はっきり言って凄い度胸だ!うん気に入った、あれなら私の親父は付き合うのを許可せざる負えないと思うな!」


何か引っかかりますわね。


「小太刀は黒木さんの何を知っているの?」


「あはははっ……ちょっと組で若い衆に聞いただけだよ」



「そう、なら亜美はなんで?」


「亜美は、脅しに屈しなかった事へのご褒美かな、今迄脅されて諦めなかった人なんて居なかったよね? 小太刀ちゃんみたいに流石に恋愛までは考えられないけど、両親も居ない子がヤクザの恐怖に打ち勝って、話しかけてきたんだよ? 剣ちゃんが自分から離れていかない限り『剣ちゃん』って呼んであげようと思ったんだ」


確かに、今迄はどんな人でも脅され離れていきましたわ。


格闘技の有段者にカリスマヤンキー……誰も口先ばかり。


今迄に逃げ出さない相手はいませんでした。


人によっては逃げ出すように転校した者すらいます。


脅しに屈しない……それだけで素晴らしい相手と言えます。


「剣くんが離れる、それは無いね!」


意味が解りませんわね。


目をキラキラさせて、こんな小太刀を見た事がありません。


小太刀だって小さい頃から組を見てきた筈ですわ。


汚いやり方、暴力……それなのに『それは無いね!』


何故言い切れるのでしょう?


「小太刀貴方、何か知っているの?」


「別にぃ? 何も知らないよ……」


脅しに屈しない……そう考えたら……それだけでも凄い事ですわね。


今迄、誰も居なかったのですから。


「そういう事ね、私達の親の事を知っても話し掛けてくる。そうね、凄い事ですわ。私も敬意を評した方が良いですわね。私も『剣さん』って呼ぶ事にしますわ。まぁお姉さんに似ていたらしいですから、そう言う風に振舞っても良いですわよね」


家族も居ない孤独な少年が脅しに屈っしない勇気を見せた。


本当に凄い事ですわ。


「別に麗美はそこまで気にしなくて良いんじゃない? ただお姉さんに似ているだけでしょう? まぁ剣くんが寂しいって言うなら私が埋めてあげるからさぁ~」



何ですかね? 小太刀の様子がおかしいですわ。


亜美は何となく解りますわ、あの子は見た目は凄く幼く見えますが、あれで母性が凄く強い子ですからね、まぁその代わり残酷性もありますけど。


ですが、小太刀の様子は明らかに可笑しい。


明かに恋愛感情があるように思えます。


そう言えば、この間『気になる事があるから先に帰ってくれ』なんて言った日がありましたわね。


調査でもしたのかしら?


「小太刀、その言い方は何かあるのかしら?」


「べつにぃ~何も無いよ」


こう言いだしたら、小太刀は梃でも話しませんわね。


「小太刀ちゃんも、麗美ちゃんもどうかしたのかな?何か怖いよ~」


「別に何でもないよ?」


「何でもありませんわ」


そうは言いましたが絶対に小太刀には何かありますわね。


それにしても剣さんは凄い人ですわね。


昼休みも私達の教室に顔を出しにきましたのよ。


周りは、可笑しな者を見る目や可哀想な人を見る目で見ていますのに。


しかし、小太刀はどうしちゃったんでしょう?



「剣くん、また来たんだね、お姉さんは嬉しいよ!」


そう言ってじゃれ合うよう抱きしめて……一体どうしたのですかね。


満面の笑みを浮かべているし……


「小太刀ちゃんどうしたの、なんだか変だよ」


私だけじゃなく亜美もおかしいと思っているようですし、間違いなさそうですわ。



「別に何でもないよ? それで剣くんさぁ、何か武道やっているの? 結構鍛えた体しているよね?」


やはりおかしい。


男の子の体をぺたぺた触るなんて、今迄一度も見た事ありませんわ。


「えーと、まぁマーシャルアーツに似たような感じの武術を少しね」


「あっ、だからこの胸板なんだぁ! 凄いね、いやぁ小太刀騙されちゃったよ、案外着やせするタイプなんだね。あの良かったら家に遊びに来ない?」


おかしい……


家に人なんて……まして男の子なんて呼べませんわ。


「「....!」」


「そうですね、やっぱり一度ご挨拶に伺った方が良いですよね」


脅された筈ですわね。


それなのに剣さんは何故笑顔でそんな事が言えますの。


「ちょっと小太刀、貴方何を考えているの?」


「小太刀ちゃん、幾らなんでもそれは無理だよ!」


「剣くんは、私達の家がどんな所か知っているよね? それでも来てくれるんだよね?」


「知っています! ですが、絡まれる位なら、ちゃんと筋を通した方が良いと思いますから……挨拶に伺わせて頂きます」


なんて人なのかしら……全てを知った上で『挨拶』にくるとは。


「あのぉ、剣ちゃん、私達のお父さん、かなり怖いよ?」


「多分、大丈夫だと思う。僕の知り合いも怖い人ばかりだったから、流石に粛正とか言っていきなり首を跳ねたりしないでしょう?」


「うんうん、流石にそんな簡単に人は殺さないよ……流石は剣くんだ。多分うちの親父も気に入ると思うよ? それで何時が良いのかな?」


小太刀、おかしいですわ。


竜ケ崎組舎弟頭 北条帯刀 武闘派で若い頃から鳴らした貴方のお父さんが『気に入る?』


私や亜美の父親と同じで重度の子離れ出来ないあの人が……剣さんを気に入る?……あり得ませんわ。


子供相手にドスを抜くような方ですよ?


貴方の父親は……その自信はどこから来ますのよ。


「小太刀、貴方、本気で言っていますの?」


「幾ら剣ちゃんでも無理だよ」


「剣く~んちょっと3分だけ席外してくれるかな?」


「それじゃ、あっちに行っていますね」


一体小太刀は何を考えているんでしょう……


◆◆◆


「あのさぁ、2人とも、親父たちが気に入らないと思っているんだよね?」


「小太刀ちゃん、お父さん達は重度の娘コンだよ! どんな人を連れて行っても無駄だと思うなぁ」


私も亜美の言う通りだと思いますわ。


「そうですわ、剣さんがドスでも突き付けられちゃ可哀想ですわ……無理、小太刀……どうしたんですの? 何がおかしくて笑っていますのかしら?」


なんですか、その変な笑顔は。


「そう、なら1本(100万円)握らない? 私達三人の父親が誰も気に入らなかったら私が2人に100万ずつ払うよ! その代わり誰か1人の父親に気に入られたら逆に100万を私に払うっていうのはどうだい!」


「あら、良いですわね? だけど、私達は負けても100万円、貴方は負けたら亜美と私に100万ずつ払うのよ?」


「勿論、構わないよ」


「小太刀ちゃん後で払えないとか言っても取り立てるからね?」


「言わないから安心して」


「そう、そこ迄言うなら、もうお父様に連絡しますわよ……小太刀本当に良いですわね?」


「そうだね、やっぱり麗美から言った方が楽だね」


「そうそう組長の娘だからね」



「亜美、貴方ね……」


「あっごめん」


本当に大丈夫なんでしょうか?


◆◆◆


『お父様、今度の日曜日に友達を連れてきても良い?』


『それは、家の事情を知っていて連れてくるって事で良いのか?』


『はい』


『そうか、良い友達が出来たんだな、父さんも歓迎してあげよう』



『それで、どんな人なんだ?』


ここからが問題なのですわ。


『とっても可愛らしい男の子ですのよ』


『そうか解った』


明らかに不機嫌そうになりましたわね。


スマホ越しに大きな音が伝わってきましたわ。


お父様、多分、テーブルをまた壊しましたわね。





◆◆◆



「剣さん、今週の日曜日に時間が決まってしまいましたけど大丈夫ですか?」


「僕の方は大丈夫です」



「それじゃ剣くん、私凄く楽しみにしているから」


「剣ちゃん、本当に大丈夫なの?」


「本当に平気ですの?」



「まぁ大丈夫ですから」


剣さんと小太刀は笑っていますが、亜美も私も凄く心配ですわ。


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