第15話 走る
暇だな……本当にやる事が無い。
何をやっても、本当に詰まらない。
今日もいつもの様に校庭で寝ころびながらぼーっとしている。
あれから水上裕子は絡んで来ない。
「あれっ剣お兄ちゃん、こんな所で何しているの?」
奈々子がそんな僕を見つけて声を掛けてきた。
「特にやる事無いからぼーっとしているだけかな」
「へぇ~女子陸上部のあれ、見ている訳じゃないんだ?」
「別にそう言うわけじゃないよ? まぁ、そう勘違いされて水上さんに陸上勝負挑まれたけどね……」
「それで、負けても此処に居座っているの?」
奈々子がにぃと笑いながら僕にそんな事を言ってきた。
何で負けたと思われているんだろう。
「えっ、一応勝ったよ? ここは暖かし良い風が吹くし寝ころんでいると気持ちいいんだ。だから居るだけだよ!」
「勝ったんですか? 水上先輩って超高校生級って呼ばれているのに……本当に?」
男女差を考えたら男の僕が勝って当たり前だ。
「勝って当たり前だよ、相手は女の子なんだから」
「普通の女の子なら兎も角、水上先輩だよ! 高校記録保持者だし、男子陸上部のキャプテンより速いんだから!」
そんなに速くは感じなかったな。
あの程度なら戦闘員にも沢山いたし……
貶しても仕方が無いしな。
「確かに女の子にしては速かったけど、その程度だよ」
僕は努力という事について限度を知らない。
ブラックローズしか見たことが無い僕からすれば……
命懸けで訓練しない人間の練習なんて、ただの遊びにしか見えなかった。
多分、生身のままでもあの程度の人間に負ける気はない。
尤も小さい頃に改造手術をした僕には無かった未来だ。
だが、どう考えても、幾ら言われても練習量が違う。
夕方で終わる練習など、悪いが遊びだ。
「そうなんだ、奈々子も剣お兄ちゃんのカッコ良い処見て見たいな! なんてね。 剣お兄ちゃんの走る姿、カッコ良いんだろうなぁ~多分カモシカの様に優雅に速く走るのかな、奈々子見て見たいなぁ~」
風を切るように走ると気持ちいい。
「そう、奈々子ちゃんも体験したい?」
「えーと見たいじゃ無くて体験?」
「うん」
まぁ、数少ない友達だし、偶には良いか。
僕は奈々子を抱き上げお姫様抱っこした。
「剣お兄ちゃん、嬉しいけどまだ早いよ……」
奈々子は顔を真っ赤にして可笑しな事を言っているけど……
ただ、走るだけだよ。
「大丈夫だから」
「人前はちょっと恥ずかしいけど、剣お兄ちゃん……うん、良いよ」
「それじゃ行くよ、僕の世界を見せてあげる」
そのまま僕は走り出した。
「なにこれ」
「結構速くないかな、これが僕が走っている世界……これを感じたかったんじゃないの?」
「え~と、そういう事なの? だけど、凄いね剣お兄ちゃん、凄く速い~っ」
「そう、それならもう少し頑張っちゃおうかな?」
「あれれっ、気のせいかな? まるで車に乗っているような気がするんだけど……気のせいなのかな?」
まぁ、この程度の速さなら問題ないよな。
◆◆◆
「水上先輩、あれ」
部員の1人が指を指した。
その先には、黒木くんが女の子をお姫様抱っこして走っていた。
「随分と変な事するのね? 女の子抱きながら走るなんて、でも、彼女持ちかぁ~、ならやっぱり私の完全な勘違いだね、また謝らないと」
「水上先輩ぼけていますか? 女の子抱きながら黒木さん、男子が走っているのを後ろから次々抜いていっていまよ!」
そんなわけ……えっ、本当だ。
普通に走っている男子を女の子を抱っこしながら次々追い抜いて行っている。
あり得ないわ。
「ちょっと、タイム計ってみて」
「解りました」
目の錯覚にしか見えない。
「それで幾つ」
どう考えてもおかしい。
気がついたら、もう何周も抜いている。
「あの……絶対に間違いだと思いますが、100メートル 3秒です」
幾らトップスピードでもそれは無い。
だけど……
「それは間違いだよ、そんな人間はいないからね…..だけど異常な程速いのはたしかね! くっ、あれが黒木くんのいう『一生懸命』の一端なのかな? あれが努力の正しい姿なのかも知れない。常日頃から人を抱えて走れば、確かに筋力が付くのかも知れない……だけど、あんな事何処まで努力すれば出来るようになるのよ! 悔しいけど、あんな事が出来るようになる位練習していたなら、私達の練習を『遊び』と言われても仕方ないわ。1周300メートルのトラックを人一人抱えてもう7周も走っている、これを他の人に無理強いしたら、うん黒木くんのいうとおり、パワハラだね」
「あの、先輩、こんな練習をしようなんて思ってないですよね」
「うん.むり.じい.はしないわ」
「先輩、可笑しくならないで下さいよ、あんな練習したら死んじゃいますよ」
「うん、無理強いはしないわ」
あんな事が出来る位頑張っていたのね、私達も負けていられないわ。
「先輩? 大丈夫ですか?」
良い事思いついたわ。
「そうだ、黒木君を今から走って追い抜いて、1人でも抜いたら今日の練習は終わりで良いわ」
「いくら、何でももう疲れているわ、チャンスよ!」
「今はまだ4時こんなチャンス無いわ」
流石に今からなら勝てそうね。
◆◆◆
後ろから何故か女子陸上部員が追いかけてきた。
これも、まさか勝負なのかな……
もう少し頑張るかな。
『5分後』
「はぁはぁ、もう駄目~」
「はぁはぁ、ぜぃぜぃ、何で2週も周回遅れになるのよ……」
「もう走れない、全力で走って、女の子抱っこした人に負けるの? おかしいよ……」
「あれは人じゃない、韋駄天よ!韋駄天!」
全員、走るのをやめた。
そろそろこちらも切り上げるか。
「剣お兄ちゃん、凄く……速い速い~」
「そろそろ満足してくれたかな?」
「うん」
奈々子も満足したみたいだし終わりで良いか。
だけど、なんで水上裕子は僕を睨んでいるんだ。
耳を澄まして聞いてみる。
『いう資格がある、あそこ迄の荒行を課した練習をしているなら、遊びっていう資格がある』
そう言っていた。
これは……僕にとって遊びで訓練じゃないんだけどなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます