第8話 橘家にて

「本当にすまなかったね……君、汚れているし怪我しているじゃないか? この後家に来なさい」


カバ男に似た中年オヤジに家に誘われた。


「いえ、僕は大丈夫です」


別に僕は見た目と違い怪我なんてしていないから、必要ないな。


「良いから来なさい、助けに入って貰ったお礼もしたいからね」


まぁ、特にやる事も無いし、別にいいか……


「分りました、それじゃお世話になります」


懐かしいカバ男に似た中年の男の話し相手になるのも良いかも知れない。



こうして僕はカバ男に似た中年の男に着いて行った。


歩くと、結構距離があるな。


近くの公園を抜けてかなり歩いて住宅街にきた。


二人してボロボロの服で怪我した姿で歩いているから目立って仕方がない。


建売という物なのだろうか?


同じ様な作りの家が建ち並んでいる。


周りの家とほとんど同じ家の前で立ち止まった。


表札を見ると……『橘』と書いてある。


まさかね……


「此処が私の家なんだ、遠慮せずに上がってくれ」


嫌な予感が何となくしたんだ。


だが、此処まで来て断るわけにいかないよな。


「はぁ、解りました」


玄関にいるとパタパタと奥からスリッパの音がしている。


この足音、三人だな。


つい、超感覚で人数を計算してしまう。


悪い癖だ。


独りこっちの方に近づいてきた。


「貴方、お帰りなさい、あらっお客様?」


同じく中年の昔は可愛らしい女性だったんだろうな……


そんな感じの女性がきた。


会話からして奥さんだな。


「ああっ、ちょっとそこで絡まれてね、この子が助けに入ってくれたんでお礼でもしようと思って招いたんだ」


「そうなの? あら貴方もその子も怪我しているわね、すぐに救急箱を用意してくるわね」


「たいした傷で無いのでお構いなく」


これはあくまでフェイク……ダメージは全くない。


「駄目ですよ、しかも泥だらけじゃない?先にお風呂に入った方が良さそうですね」


「あの……」


「お客様なんですから遠慮せずに、先にお入りになって下さいな」


こういうタイプは遠慮しても無駄だな。


「そうですね、お世話になります」


「はい」


「あの黒木くん、どうして家に?」


えっ、なんで橘陽子が……そうか『橘』この家の子だったのか。


「えーと」


「ただいま、陽子、なんだ? 二人とも知り合いなのか、この少年にさっき絡まれている所を助けに入って貰ってな」


「嘘、黒木くんが助けに入ってくれたの? 無茶な事しそうに見えないのに……」


「まぁね、結局、こんなざまだけどね」


「だけど、本当に無茶するね黒木くん……ボロボロじゃない? 喧嘩なんてする様に見えないけど……」


「そうでもなかったぞ! 最初は結構カッコ良く躱していた位だ、まぁ多勢に無勢だから勝てないのは仕方ない」


「結局は負けちゃったって事だよね? あ~あ情けないなぁ~」


もう一人の女の子が、会話に加わってきた。


橘さん……歳下のようだから陽子さんの妹かな。


「こら奈々子、お父さんが助けて貰ったんだからそれは無いでしょう……謝りなよ」


「橘さん気にしなくて良いよ、本当の事だから」


「凄く綺麗な男の子の声が聞こえて来たから降りてきたのに、根暗眼鏡じゃない、何だかな、まったくもう……当人が良いって言っているんだから別に良いじゃない? お姉ちゃん」


「全く、もう! この子ったら」


「そうだよ、幾ら本当の事でも言って良い事と悪い事があるよ」


橘さんとそのお母さん、二人も大概だよ。


「だって、本当のことじゃん!」


「あはは、良いですよ……本当の事だし……」


「黒木くん、お風呂が沸いたみたいだわ、さぁ入って下さいな」


橘さんのお母さんに勧められお風呂場に向かった。


【風呂場にて】


しかし、この風呂狭いな。


普通の家のお風呂ってこんな物なのか。


まぁ折角貸してくれるって言うんだ、貸して貰おう。


眼鏡外して服を脱いだ。


こういう時は生体改造で良かったって思う。


多分、機械改造とかだとこういう湯につかる感動とかは無くなってしまう。


サイボーグ化した戦闘員がそんな事を言っていた気がする……


「ふぃ~気持ち良いな」


お湯に浸かるのは気持ち良い……


最近は面倒くさくてシャワーで済ましていたけど、明日からはお湯を張るはるかな。


◆◆◆



「奈々子、黒木くんにこの着替えを持って行って」


「え~やだよ、お姉ちゃんに頼んでよ!」


「駄目よ、陽子には買い物に行って貰っているから」


「はぁ、仕方ないなぁ分ったよ~」


イケメンならいざ知らず、何であんな冴えない奴相手に奈々子が持って行かなくちゃいけないのよ……大体お姉ちゃんの同級生でしょう。


仕方なく私は着替えとしてお父さんの服を持っていったんだけど……


「ほら、これ着替え……それじゃ、えっーー!?」


何これっ! 肌何て私より白くて綺麗、それに何なのあの目、凄く澄んだ瞳に切れ長、髪だってよく見たら凄く艶々して綺麗な黒じゃない? ボサボサで顔の半分が隠れていたから気がつかなかったけど、とんでもない美少年じゃない? こんな綺麗な人芸能人にも居ないよ……奈々子が推していた美少年隊の西山くんより綺麗な顔……よく見たら体だって鍛えているのかな? 凄く細い、だけどしっかり筋肉がついていて、細マッチョってこんな体の事を言うんだ。そう、『まるでゲームか少女漫画から出て来た人』そうとしか思えない……王子様? 俺様系のホスト?どれでもいけるんじゃないのかなぁ~


「これ貸してくれるの、有難う!」


ああああああっありがとうだって、気のせいか歯がきらりって光った気がする。


「どういたしましてーーーっ」


私は顔が赤くなり、勢いよくドアを閉めてその場を立ち去った。


◆◆◆


部屋に戻ってきた。


黒木ってお姉ちゃんが言っていた、根暗そうな転校生だった筈だよね。


お姉ちゃん、まさか、あれに気がついていなかったのかな?


絶対に気がついていないよね?


お姉ちゃんって私と同じ凄く面食いだもん、あれ見ていたら絶対に家でも陰口なんて言わないよね。


奈々子は凄く面食い……うん、それは認めるよ、うん。


だって周りの男の子なんて大したイケメンはいないし、クラスで、ううんっ中等部で一番人気のある智くんだって大した事無いし……点数でいうなら100点満点中の40点位。芸能人だって精々が60点、推しの西山くんだって70点。本当のイケメンなんて小説やゲームの世界にしか居ないと思っていたのに……なのに、それなのに、あれ何、あれは何なのかな……100点、ううん、1000点あげちゃう。あれ以上の美形なんてこの世界に存在しないと思う。


流れるような綺麗な黒髪に、輝く綺麗な瞳、あれは王子様……ううん、乙女ゲーの私の一推しのシュバルツ様が実際の世界に居たら、多分あんな感じなんじゃないかな?


あはははっ、芸能人じゃなくて空想の世界にしかいないじゃない?


だったら、今がチャンスなんじゃないかな?


この分だとまだ、誰もこの人の魅力に気がついていないんじゃないかな? うん、多分まだ奈々子しか知らない。


これでも奈々子は凄く可愛いって言われるし、中等部だけど、歳にしたら2つしか違いが無いんだもん。


大丈夫だよね。


うん、奈々子なら絶対大丈夫。


さてと……さっき聞いた話では黒木剣という名前だしいし『黒木お兄ちゃん』『剣お兄ちゃん』『黒木様』『剣様』どれが良いかな。


まずはお姉ちゃんにばれる前にどうにかしないと……



◆◆◆


買い物から帰ってみると……奈々子の様子がおかしい……


「剣お兄ちゃん、奈々子が手当してあげるからこっちに来なよぉ~」


「そんな大丈夫だよ」


「駄目だよ、ほら擦りむいているよ? 消毒しなくちゃほらっ」


おかしい、あの奈々子は何? 男の子にあんなに優しい奈々子、生まれて初めてみたよ。男子からの告白も『うざい』とか言うし、小学生の時は貰ったラブレターを黒板に貼りつけにして晒し物にした事もある。 普通はあんな酷い事絶対にしないよね。アイドルさえ『大した事無い』なんて平気で言う奈々子が……なにあの態度……黒木くんに対して、一体どうしたって言うの……


「奈々子、一体どうしたの?」


「何言っているのかな? お姉ちゃん、奈々子はいつもこんな感じじゃない?」


「いや、奈々子……絶対に違うよ、いつもと全然おかしいよ」


こんなしおらしいたまじゃないでしょう……


「おかしく無いよね!? お.ね.え.ちゃ.ん!」


「そうだね……あははっ」


奈々子が凄く怖い…..まさか本気で黒木きんを好きになったの? ありえない。 もしかして黒木くんってまさか、チャームの魔法が使えるとか? そんなわけないよね。だけどこれ、理解できないよ。


「はい、終わったよ、剣お兄ちゃ~ん」


「ありがとう、奈々子ちゃん」


「どういたしまして、剣お兄ちゃん」


しっかり見ていたけど……


これは本気だ、態々ミニスカートに着替えてきているよ。奈々子の自慢はあの凄く細くて綺麗な足だ。姉妹ながら本当に羨ましいと思うんだけど。奈々子は滅多にミニスカートは履かない。前に理由を聞いて見たら『なんで自慢の足を下らない男になんて見せなくちゃならないの? もし奈々子から見て80点の男の子が居たら考えるかな』なんて言っていた……その奈々子がミニを履いているし着ている服も心なしか薄着だし、本気なのかな奈々子、黒木くんイケメン所か普通以下だよ……


「奈々子、お父さんの方も手当頼めるかな?」


「陽子お姉ちゃん、はいお願い」


露骨に薬箱を渡してきたわね。


「奈々子、何いっているの?」


「はぁ~お姉ちゃん何を言っているのかな? 奈々子は剣お兄ちゃんの手当てをしたんだよ? お父さんは陽子お姉ちゃんかお母さんがするのが正しいと思うな?」


「そうだね、お父さん私が手当してあげる」


どうしちゃったの? 奈々子。


「剣お兄ちゃん、ご飯が出来るまで冷たい飲み物入れてあげるからあっちでゲームでもしない?」


「そうだね、ただ、ゲームってした事無いから教えてくれる?」


「うん、奈々子得意だから教えてあげる」


「だったら、お姉ちゃんも一緒に」


「えっお姉ちゃんもするの? お姉ちゃんはマンガでも読んでいたらいいじゃん」


何故か睨んでいるし……


「皆でした方が楽しいよ」


「剣お兄ちゃんが言うなら奈々子は良いよ」


黒木くんの言う事は聞くんだね……どうしちゃったのかな。


◆◆◆


久しぶりだな、こうやって誰かと一緒にいるのは。


以前は煩い位仲間に囲まれていたのに……今の僕はいつも一人だ。


案外、誰かと過ごすのってこんなに良い物だったんだ。


「どうかしたの? 剣お兄ちゃん、奈々子の顔を急に見つめてきて」


「いや、こういう風に誰かと一緒に居るのが久しぶりなんだ、少し懐かしいなぁ、そう思ってさぁ」


「そう? 奈々子で良いなら何時でも一緒に居てあげるよ」


「ありがとう」


「どういたしまして」


結局、その後、食事もご馳走になり夜遅くまで橘家にいた。


「また遊びに来て下さいね」


「黒木くん、また明日」


「剣お兄ちゃん、また一緒に遊ぼうね」


カバ男によく似た陽子さんのお父さんは疲れたのか途中から寝ていた。


「今度来る時は手土産でも持ってきます」


久々に誰かと過ごす時間は、相手が組織の仲間じゃなくても意外にも楽しかった。



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