第5話 新たな始まり


見せてもらったタワーマンションは不動産屋の資料にあったものよりも素晴らしい物だった。


「折角だから、最上階の部屋が良いんじゃないでしょうか?」


松井頭取の紹介という事もあり、管理している不動産部門の社員が来て一室を使って商談をする事になった。


来た不動産部門の社員も横柄な態度は無く好感が持てたし、水島さんが契約に付き添ってくれているから心強い。


最上階は少し高いが……好感度が高い人が相手だとそれでも良いか。


そう思えてしまう。



「4LDKで5億6千万ですか? これからは切りつめるとして家位は贅沢しても良いかな、お勧めならこれに決めようと思います」


人を見る目はこれでもあるつもりだ。


「有難うございます。 松井頭取の紹介なので私もこれで顏がたちます」


契約相手も喜んでいるし、契約して良かった。


「それなら良かった、あとは家具などを購入しにいって、必要な生活品を購入すればようやく1段落つけますね」


「それなら、家具は 巧豊島で購入すると良いと思います、この部屋の間取り図をお渡ししますから、それでご相談されては如何でしょうか? 当行も付き合いが御座いますので、一本連絡を入れて置きますね。家電は、そうですね、エドバシカメラなら安くて良い物が手に入ると思います、こちらも電話入れておきましょうか?」


「姉と同じで、その辺りは詳しく無いので宜しくお願い致します」


「はい、それじゃ手配させて頂きます」


その後、タクシーに乗って紹介した家具屋と家電屋に行ったのだけど……しっかりと対応してくれた。


家具屋では、間取り図を見せただけで、しっかりとした物を提案してくれる。


「間取りからしてこんな感じで如何でしょうか?」


シマンズのダブルサイズのベッドに高級ソファ。


なんでもこのソファは『華麗なる世界』というドラマでも使われたものらしい。


高級家具は一生使えると聞いた事がある。


それなら300万円前後の金額も納得だ。


高いのはソファとベッドだけで他の殆どは数十万程度。


総額で1千万でお釣りがくる。


「うん、これで良い……提案して下さってありがとう」


お礼を言い僕は家具屋を去った。


家電屋も同じで紹介のせいかしっかり提案してくれた。


大型テレビに大型冷蔵庫……僕には何を選んで良いかわからない。


銀行は本当に信頼できる。


話しを通してくれているから、店員さんが1人専門についてくれて全部相談しながら決めてくれる。


本当に楽だな。


◆◆◆


【不動産屋と銀行員の会話】


「水島さん、スイマセン……もう少し融資をお願い出来ませんか?」


馬鹿な奴だ。


折角の上客を逃すんだから……


黒木さんと上手く契約していれば、数千万の利益が上がっていた。


追加融資なんて必要なかったのにな。


「この返済プランじゃ、無理ですね、上にあげても通らないですよ……なんの根拠もないし、これじゃすぐに破綻しますよ」


「ですが、このままじゃ……会社が潰れてしまいます」


ここで追加融資しても多分、潰れるのは時間の問題だな。


「言いたく無いですが、貴方は商売に向かないかも知れませんね」


「何故、そこ迄言うのですか? 私だって一生懸命にやっているんです」


「言いにくいですが、折角来た良いお客様を追い返してしまったようじゃないですか? 接客に問題ありとしか思えません」


「そんな事は無いと思います」


「この間、此処にタワマンを買いに来たお客様を追い返したでしょう? お金もあり一括で購入すると言っていたのに」


黒木さんを追い返さなければ、今回の追加融資分のお金は手に入ったのに……本当に見る目がないな。


「あの、変な奴ですか?」


変な奴ですか……


「貴方が今馬鹿にした方はローズカンパニーグループの元総帥の弟様です」


「ちょっと待って下さい! それじゃ本当にあの変じゃ無かった、あの方はマンションを買いに来ていたのですか」


ケツに火がついているんだから、話くらい聞けば良かったのに。


「まぁうちの銀行でもう購入されましたから悔やんでも無駄ですが、億単位のタワマンを一括で購入されましたよ!」


「そんな、それじゃ」


「ちゃんとした接客をしていれば、今回の追加融資分以上の利益が上がった筈なのに、勿体ない事をしましたね」


「……」


「とりあえず、追加融資は無しという事で」


この会社ももう長く無いな。


うしろで何か喚いているけど、聞く意味がない。


立ち去ろう。


◆◆◆


これで大まかな下準備は終わった。


ようやくこれで普通の生活が送れる。


数日後、家具や家電がタワマンに届き設置まで全部終わったと銀行から連絡が来た。


全部やってくれるなんてやっぱり銀行は親切だ。


そしてホテルを引き払う日が来た。


「今迄お世話になりました」


「また何時でもご利用ください」



これでようやく新しい一歩を踏み出す事が出来る。



普通に暮らすという事も、普通の学生と言う物はどういう物か解らない……だけど、精一杯生きていくつもりだ。


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