第二話:言葉の裏側

視線の先にあるもの


 横断歩道を渡り坂道を下る。

 背中にあったうるさい声は別方向へ進んだらしい、遠く小さくなっていく。

 綾人が行きたいと言うので途中にあるコンビニへ入った。


「なに、雑誌?」

「んー……」


 綾人は入口そばの雑誌コーナーにて足を止める。数秒待つも返事はなかった。

 まぁなんでもいいけど。

 店内に流れる音楽(曲名はわからない)に耳を傾け、雑誌のラインナップを一瞥してから外の駐車場へ視線を移動させた。交通量の多い道路に面しているからか広さがしっかり確保されている。

 今は空っぽなそこに入ってくる車の色でも予想しようか。うーん、緑で。


 来店の音がピロンピロンと鳴る。僕らが入った時もそうだったけど「いらっしゃいませ」がなかったなぁ、なんてぼんやり考えていると綾人が動き出した。


 のろのろと進む後ろに続く。

 目的の物は不明。綾人は店内を一周した。

 その間、無言。僕へ振り返ることもなかった。


 やがて僕らは外へ出る。ピロンピロン。「あーしたー」と男の声がかすかにした。多分、店員が僕らへ向けて言ったものと思われる。

 うう、ん。僕はぽりぽりと頬を掻いた。なんというか。うーん。


 買い物もせず暖しか取っていない僕が言えたことではないが、もう少し店員としての職務を頑張ってみてはどうだろう?

 コンビニ店員の仕事内容は知らないから「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」という声掛けは職務じゃないのかもしれないけど。

 でもさもうちょっと存在感をアピールしてもいいんじゃないかな。

 だってほら。これは僕の勝手な考え方だけど、活気あふれる場所に後ろ暗い奴は乗り込めなさそうだし。

 接客へのやる気が出ないならせめて防犯意識的にでもさ。キミを守るのはキミだけなのだから。


 さて。そんなことより。

 僕は綾人の隣に並ぶ。


「何の用だったんだ」

「すぐ分かるよ」


 言うが早いか後ろからピロンピロンと音がする。綾人は短くため息を吐いた。


「やっぱり。倫太朗、俺らつけられてるよ」

「は?」


 駐車場を抜けて歩道に出ると僕らは左折する。その際、ちらりと背後を確認した。

 この場に僕ら以外の人間は一人だけ。見えた人物に思わず「まじ?」とぽつり漏らす。

 声は出さず顎先で「あの人?」と聞けば綾人はこくり頷いた。


 そこにいたのは、ついさっきまで同じ教室にいたクラスメイトの女子、田村さんだった。


 田村さんは背中くらいまでの髪をいつも低い位置でひとつに縛っていて、渡辺さん同様たまに会話をする稀有な人だ。

 実は僕がなんとも悲しい理由で候補にあげたもうひとりの人物である。


「方向同じだけかもって思ったんだけど、コンビニの出入りでハッキリした」


 さっきの信号待ちで女子と認識したのが田村さんだったのか。顔は見なかったから気付かなかった。


 だけどもし本当に田村さんが僕らをつけているのだとしたら、ターゲットは僕ではなく綾人なのではと思う。そして動機は――好意によるもの、かな。


 ……んー、よろしくないね。

 僕は「恋愛感情だから仕方ない」と許されたり片付けられるのが嫌いだ。

 当事者間が納得している分には勝手にどうぞだけれど。


 ここに隠れられる場所はない。駐車場の影響なのか見晴らしがいいんだ。僕はくるり振り返った。

 逃げ道はない。でも尾行だとかでなければ追い抜けばいいだけのこと。そのための道は十分にある。


 だけど田村さんは足を止めてしまった。


「何か?」


 思ったよりでかい声が出たのは少なからず不快だからだろう。僕は綾人より半歩、前に出る。

 僕の質問に田村さんはもごもごと唇を動かすとそのままうつむき加減になった。

 そして表情が見えない状態で言う。


「わ、わたしは、知っていま、……知っている!」


 は? 僕と綾人はハモった。

 挨拶も前置きもなんにもなく一発目がこれ。僕は面食らった。


 綾人へ言ったのかもしれないが、頭の片隅にカードが浮かんだ僕は黙る。思い違いでうっかり口外したくない。

 だが綾人は「は?」からの「ハァ」とため息をついて、前髪をかきあげながら返した。


「なんか脅迫される感じだね。何を知ってるの? 俺が知らない倫太朗の秘密があるのかな」


 その言葉に反応するのは僕だ。


「え、僕で確定なの?」

「え、違う? 今一番話題じゃん」


 話題といっても僕らの間だけなんだが。

 違うだろ、との意味を込めた視線を綾人に送る。

 綾人の首は縦にも横にも振られなかったが少し傾けて停止した。

 そりゃそうだ、現状僕らが田村さんの真意をわかるわけがないんだから。


 見合うこと数秒、顔は綾人に向けたまま目の端で田村さんを窺う。

 あちらもあちらでしっかりではないけど、先ほどより僅かにあがった顔を僕らの方に向けている。

 視線の先にあるのがどちらかは確認できない。 


 肩にひっかけた通学バックの紐をぎゅうと握り、僕らより小さな体は縮こまっているように見えた。

 あんな発言をしておいてだんまり?

 それは勘弁してほしいな。


 僕としては田村さんから口を開いてほしい。綾人はああ言うけど僕には確信が持てないし、この場を進める言葉も浮かばないから。


 だけど綾人は違った。

 田村さんを正面から見据え、一言。


「で? 知ってるからどうしたのかな」


 いつになく高圧的な物言いだった。

 ひょうひょうとした雰囲気も軽い声色もない。微かに細めた目はまるで睨んでいるようにも見えた。


 少しびっくりした、けど。綾人は「つけられている」と言ったのだから当然か。

 その後の発言は僕へのものだと思っているようだけど、そこはともかくとしても、つけていたのは多分間違いないだろう。

 そんな相手へにこやかに穏やかに、とはいかない。いい気分で迎えられるわけはないのだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る