疑問と苛立ちだけの時間
田村さんは顎を上げて綾人を見てから、僕の方にもちらりと視線を動かして。どうしたことか、眉が八の字になっていった。
そのままうつむくからまた無言になるのかと僕は少しだけ苛立った。
でも田村さんは小さい声ではあったけど答える。
「わ、わからないです……」
は? 僕と綾人は再びハモる。
わからないって言った? ちょっとハッキリとは聞こえなかったけど……。いや、違うか。わからない、なんて意味不明がすぎるものな。
だけど田村さんは顔をあげてもう一度、さっきより大きな声で同じことを言った。この人は一体なんなの。
僕は眉をひそめる。急かすことはあまり好きじゃないけどそうしたい。
もしくは切り上げてしまいたい。
あと一分くらいなら黙って待てる。だから頼むよ田村さん。もう少しきちんと話をしてくれ。
そんな僕のささやかな願いは通じたらしい。田村さんは口を開いた。
「わたし……、えっと。あ、あの、昨日の放課後、佐田くんの、その……」
おどおどとした様子の田村さんの言葉はまだ出だし。だけどその言葉の先が何か、あまりに短絡的すぎるかもしれないけど、僕は結び付けてしまった。
――昨日の放課後。
――佐田くんの。
「えっと、その」とやっぱり続かない田村さんに苛立ちはない。僕は口の中で「え」と呟いた。漏れてはないと思うけど口を手で覆う。
田村さんが差出人、とまでは思わない。だけど彼女の話はそこに繋がっている気がしてならなかった。
静かに続きを待つ。
「わたし、あの。ちょっと、その……。気に、なって? というか……。あっ、でもつけてきたとかじゃないの! わたしもこっちが帰り道で、その、なんとなく抜けなかっただけ、というか」
が、田村さんは現在の状況についての説明をした。まるで言い訳のようだった。
ていうか話飛んだんだけど。なんでだよ。さっきの続きからしてほしかった。
僕は「あの……」と割り込もうとした。でもそれはかなわなかった。
「コンビニ、出るの早かったよね」
綾人だ。
当然の追及だった。
僕が気になる部分は後にしよう。……いや、聞けるかな。
だって田村さんはぎゅむっと唇を強く嚙んで瞳を揺らしている。これ、泣いたりしないだろうか?
ハラハラしていると、隣からさらに言葉が飛ぶ。
「趣味が悪いね」
そう綾人が吐き捨てると田村さんの表情はみるみる歪んでいった。
眉を下げて噛んだ唇が震えているような。
しん。僕らの間に静寂が流れる。
でも辺りはうるさかった。
車が走っていく。二台、三台。
その間、僕はどうこの場をなだめるべきか考えていた。僕は自分勝手だから、「佐田くんの」の続きが聞きたいのだ。
だけどこのままじゃそこまでたどり着けない。
どうすればいい。どうすれば話を戻せる。
トラックが走り抜ける。足の裏に振動が響く。
綾人は田村さんを見据えたまま。
田村さんはふらふらと視線を彷徨わせている。
誰も口を開かない時間がどれだけ経っただろう。多分数十秒とかだと思うけど。
話を変えるなら今かもしれない、と空気を吸い込んだ時だった。
チリン。短く、僕らの後ろから自転車のベルの音がした。
「あ、すみません」
僕と綾人は二手に別れる。その間を自転車が走っていく。
田村さんの奥であっという間に小さくなっていくそれを眺めていると、ガバッと田村さんは頭を下げた。
「二度としません、ごめんなさい!」
えっ。と反応する間もなく早口で言うや否や、踵を返し走っていった。
坂を上っていく。それは僕らが来た方向だぞ。
それはつまり、綾人の言う通りじゃないか。
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