いまのところ最有力な説


 びゅうと風が強く吹いて腕を組み体を縮める。人差し指がすっかり冷えてしまった。

 そういえば今朝の天気予報で「気温より寒く感じるでしょう」と言っていたっけ。確かに風は冷たくて昨日とは一転、今日はまるで真冬だ。

 でもハァと吐いた息は白くなかった。


「というわけで、線はない」

「いやいや。思いもよらない人から想われてることもあると思うよ? 倫太朗はないって言うけど、見ず知らずの人かもしれない」

「であれば名乗ってもらわないとどうしようもない」

「そりゃ、まぁ、そうだね」

「あれこれと色恋について想像できる頭も心もないから、これ以上考えられない。なので、これがならば相手さんが出てくるまで保留だ」


 綾人は肩をすくめる。


「ほんと、倫太朗って面倒な思考してるよね。俺も名前のないラブレターもらったことあるけどさ、妙に気になっちゃってそわそわしたもんさ」

「綾人の場合はほぼ本物だから。僕にはまだイタズラという線も残されている」

「ていうかそれさ、ないと思うんだけど」

「ない? なんで」

「だって誰がこんな面倒なやつにこんなイタズラ仕掛ける? どんなに憎たらしく思っててもだよ、お望みの展開にならなそうじゃん。浮かれるとしてもどうせ家でひとりニヤニヤするくらいでしょ? そんなの犯人からしたら知ることもできないのに」

「まあ、イタズラしても見返りがなさすぎる相手だとは自負している」


 それでもゼロとは言い難い。

 こちとらこんな経験は初めてなのだ。せめて名前でもあれば違ったかもしれないが、この状況でそっち方面にまっしぐらとはならないな。

 綾人の言うように面倒な人間ゆえなのかはわからない。


「送り先が倫太朗なのかそれ以外かはともかく、俺は告白だと思うよ」


 綾人に視線を動かす。やけに真面目な声、だけど表情は少し呆れを滲ませているように見えて。

 初体験(と断言はできないが)の僕とは違って、『本気』の気持ちをもらう機会がある綾人だ。

 もしかしたら僕の発言はいい気分にしなかったのかもしれない、と思った。


 だけど僕は真剣なのだ。

 真剣にあのカードに向き合って、こうなっているのだ。


「……言っておくが、別に僕はふざけてるわけじゃ」

「え? そんなのはわかってるよ?」


 すぐさま当然のように返されてほっと胸をなでおろす。

 呆れられようと怒られようと構わないけど、それはこっちがそうされる行いゆえであればだ。反省も、するだろう。

 でもこの件に関して綾人が「やれやれ」と思っていたとしたら少し反論はしておきたい。でないと自分の真剣さが恥ずかしいものに変わってしまう。

 まぁ相手が綾人でなければどうってことはないのだけど。ひとりひっそり恥ずかしく悶えるだけだ。

 でもコイツには変な風に誤解をされたくない。


「倫太朗と何年一緒にいると思ってんの。照れ隠しで思ってもないことを言う時はあるかもだけど、本気で茶化してるとか思うわけない」

「そ、そうか。うん、なら、良かった」


 安堵と少しの気恥ずかしさ。

 僕は正面を向いて「んん」と喉を鳴らすフリで口元を覆った。


 しかし。どうでもいいことなんだけど、最近たまに声が出しづらそうだなと思う。まさか綾人、お前声変わりか? 声変わりなのか……?

 ちなみに僕は、まぁうん。


 思えば綾人はいつも僕より先に成長している。身長、顔つき。手だってそう、骨ばってきたのも先だった。

 きっと彼女ができるのも綾人が先だろう。それより未来、就職内定や結婚といった人生の分岐もコイツは僕より早く進んでいくかもしれないな。


 こんなくだらないことを考えている僕をよそに、綾人は「話戻すけど」と続ける。


「名前はあえて書かなかったのかもしれない」

「は、告白なのに? それじゃ意味がないだろ」

「伝えたいけど知られたくない、……的な?」

「……」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 ぽかんとする僕に綾人は「なに、その顔」と笑った。


 いやだって。僕からすれば告白というのは無記名で行われるものではないと思う。でないと返事ももらえないし、そもそも自分は伝えたぞという達成感もないのでは、と。

 ……いや、達成感が欲しいのかはわからんのだけど。

 少なくとも僕にそんな発想はなかった。


 いやはや、恋愛絡みの心理状況はあまりに遠い。未知すぎて想像が難しいよ。犬が何を考えているかを想像する方がまだ身近で楽しい。


「でもまー、俺以外に物好きがいるとも思えないし。倫太朗の言うように間違い、かもね」

「物好き……。まぁ、そういうことだ。間違われたものという線が濃厚だと思う」


 信号が赤に変わって僕らは足を止める。

 距離のあった話し声が真後ろにきて、僕は肩越しに背後を見た。僕らと同じ制服を着ている男子が二人、少し離れて女子が並ぶ。


 車の走行音のせいか男子の声がでかい。

 思わず眉間にシワが寄った。

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