候補者
「本気の告白を間違えた場所に届けてしまい、さらには自分の名前を書き忘れたとしたら」
「……えぇ? それは、ちょっと悲惨だね」
今頃ドキドキしながら返事を待っているかもしれない。翌日だ、まだいいだろう。
しかし数日、一週間、一か月と過ぎてしまえば?
「正直、僕にはどうだっていい話だし自業自得だろと思うけど。それでもまぁ、いい気分はしないな」
「昨日もらったんでしょ? 今日はまだふわふわ夢心地でいればいいのに」
十分ふわふわしていたさ。だから綾人は気付いたんじゃないか。
だがこの可能性が浮かんだ途端、僕を襲ったのは罪悪感で。
綾人には「いい気分はしない」と言ったが、実際はひどく気分が悪いのだ。何もしていないのに変な話だけど、僕がやらかしたような気さえする。
「倫太朗は自分への可能性と間違いの可能性、どっちがあんの」
「間違い」
「即答だね。告白される心当たりないの?」
綾人の質問に僕は拳を作る。
投函ミスなど思いもしなかった昨夜、自分に好意をもってくれている人物といえば誰だろう、と実に恥ずかしいことを考えていた。本来ならこんな愚行、誰にも知られたくない。のだけど。
顔の前に拳を置いてから人差し指を立てた。
「目をつけるべきはクラスメイトだ」
「へえ? その根拠は」
「見ず知らずの人に好かれることはない、消去法だよ。自分を知っている確実な人という点でクラスメイトに絞った」
「なんて切ない推理」
僕は僕の存在が大きなものであるとは考えていない。一年近く一緒に勉学に励んでいても名前を知らない人もいるかもね。くらいは思った。それはもうとても自然に、当然にね。
僕を知っているという点で去年のクラスメイトもあるか? と一瞬考えたものの自嘲で終わった。僕にとってそれはあまりに現実的ではないからだ。
とにもかくにも、僕は苦労した。ない可能性の中から探るんだ、相当な労力を要した。
そうして絞り出したのは渡辺さんというクラスメイトだった。
「渡辺さん? どうして」
「言っておくが自惚れとかじゃないぞ。そんな雰囲気を感じた、という話ではないことを十分に頭に入れてほしい」
「予防線張るねぇ。でもま、渡辺さんの名誉のためにもそこは大事だね」
「だろ?」
「じゃあ改めて。なぜ?」
「渡辺さんは僕と普通に話してくれる稀有な人だから」
一瞬の間。
綾人はキュッと口を閉じて僕から顔を背けた。だがしかし震える肩が丸出しだ。構わず続ける。
「話したこともないのに僕を遠くから見つめています、みたいな人間がいるとは到底思えない。そんな胸キュンシチュは僕と無縁なところで起きているだろう。そして今日、やっぱりそんな世界は感じられなかった」
言葉の途中で僕に視線を戻した綾人は、僕が言い終わると同時ぶはっとふきだす。
そこから数十秒ほど笑いを堪能して、綾人は呼吸を落ち着かせると言った。
「でも渡辺さん彼氏いるよね。確か剣道部の先輩」
「あ、へぇ……」
「倫太朗、興味なさすぎでしょ。結構知られてる話だよ」
早々に候補者が消えた。秒殺。
そしてかかなくていい恥をかいた。
同じ理由でもう一人クラスメイトの名をあげる。
渡辺さん同様、特別な事柄はないのに内心ドキドキした。なぜかって? そりゃあ同じ轍は踏みたくないからだ。
しかし結果は。綾人が少々複雑そうな笑みを浮かべたので、あぁお前告られたなと察して終わった。
横の道路を爆音のバイクが走っていく。思わずしかめっ面になりつつ、僕は改めて思った。なんと悲しい理由付けなのかと。(しかもお門違い)
綾人に言ったものに嘘はないし、謙虚ぶったわけでもない。かろうじて想像できたのがこの二人、これでも自分を最大限甘やかして導き出したのだ。
僕でなく他の男子だったなら。この程度の理由であれば、対象となる人物はもっといるだろうな。
女子との接点は同じ教室にいるだけ。会話も必要最低限しか行われていない。喋らない日はもちろんある。その方が圧倒的日常だ。
今のところ不満はないし女子と積極的に関わりたいという願望もないのだけど。僕も高校生くらいになれば何か思うようになるのだろうか。
もう少しコミュニケーションをとるように心がけるのか?
……僕もいつか誰かに恋焦がれるのだろうか。
関係性を求めるようになったりするのだろうか。
そうなれば手段として告白なんかを決意したり?
全く想像できない! と、誰に向けるでもなく肩をすくめると、綾人が「あっ」と声をあげた。すっかり思考が脱線していた僕はハッと現実に戻る。
先ほどの僕同様、綾人は人差し指を立てていた。それをゆらぁり左右に揺らす。
「坂口さんは? 小学校から割と仲良いじゃん。今もたまに世間話したりするでしょ、あっちから話しかけてくるし」
僕が脱線している間、綾人は考えてくれていたのか。しかも僕がひねり出した理由よりよっぽどそれらしい。
だが申し訳ないな、綾人よ。今度は僕が意見を述べさせてもらう。
「非常に言いにくいんだが坂口さんって、とてもユニークで個性的な文字を書かれるんだ」
「……あぁ、ね」
綾人は再び、なんともいえない笑みで頷いた。
いや、坂口さんの字は嫌いじゃないけどね。読みづらさはあったけど、なんというか。あ、これ書いたの坂口さんだなってわかるからさ。
だからこそ言える。あのカードの文字は彼女じゃない。
「あ、でもさ字って変わったりするじゃん」
「それはひと月やそこらでか?」
「……そういやこの間見たね。チョークだったとはいえ、相変わらずの坂口さんだった」
二年ではクラスが変わった坂口さんだけどたまにうちのクラスに来ることがある。部活が同じとかで仲のいい女子がいるそうだ。
堂々と教室に入ってきて黒板にきゃいきゃいと落書きをしていたよ。
なんて書いてあるかはサッパリだった。
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