可能性は三つ


 翌日。どちらの可能性もある。頭では確かにそう考えていたけど、精神的な部分はどうやら一方の可能性に肩入れしていたようだ。

 朝からきょろきょろ周りを見たり、視線を感じたような気がしては後ろを振り返ったりしていた。

 そんな僕の様子に気付いた人物がいる。


 村井むらい綾人あやと。小学校からの友人だ。

 綾人は察する能力に長けている。加えて長い付き合いから僕の変化に敏感で。僕自身が無自覚な異変にも反応をしてきたりする。


 綾人に突っ込まれたのは二時間目の移動教室時。

 適当な言い訳は浮かばず。もし本当の告白だとしたら相手に悪いとは思ったけど僕は話した。


 昨日の放課後、靴箱に手紙が入っていたこと。誰からかは分からないこと。好きとだけ書いてあったこと。三点を告げ「イタズラかもしれないが」と結んだ僕に綾人はクスクス笑った。

 ふむ、この爽やかな笑顔に女子はやられるのか。そんなことをふと思ったのは少なからず靴箱に届いたカードの影響だろう。


 綾人は昔から整った顔をしていたけど中学生になってからぐんぐんと身長が伸びていき、カッコイイと女子からの人気が高い。

 ゆえに「どうして佐田なんかと一緒にいるの?」という質問をよくされている。

 これに対し綾人はニヤリと返す。

「俺も性格が悪いんだよ」

 で、女子は笑う。「やだぁきゃはは」「村井くんおもしろいー」とかなんとか。綾人相手だと女子の皆さんは途端に笑いの沸点が低くなるのである。

 そんな質問するキミらこそ性格悪い。と言わない僕は少し大人に近付いているのではないかな。


 余談だが綾人は「倫太朗は強い」と評してくれる。


「俺ならそんなん言われたら堂々といられないよ、登校拒否になるかも」

「いや強いとは違うよ。なんていうのか……そうだな、うん、これがぴったりな表現だと思うんだが。僕は多分、心がないんだ」


 真剣に答えた僕に綾人は「数年後思い出して恥ずかしいセリフ一位だと思うよそれ」と笑った。全く失礼な奴である。

 しかしながら一年経った今、確かに少々叫びたい衝動に駆られるな。綾人の言う通りというのが癪だけど。この記憶はいつか消滅してほしいものである。


 ちなみにこいつには「数年後思い出して恥ずかしい」シーンがたくさんあるらしい。


 ひょうひょうとした振る舞いの綾人は余裕があるように見られる。主に女子の皆さんから好印象だ。

 だが僕は知っている。そんな振る舞いは余裕からではなく、寧ろ逆であると。

 綾人は察してしまうせいかビビりで、結構なネガティブなので深くまでおちてっては一人思い悩むタイプなのだ。

 だからわざと適当なフリをしたりして、踏み込まないようしているのだろう。


 誰かに聞けば解放される問いも難しく考え込んで、空回りしていたことは一度や二度じゃない。多分ここら辺に「思い出して恥ずかしい」シーンがあるのだと思う。ふっ。



 さて。綾人に話したことで心の妙なざわつきが幾分静まったと思う。

 放課後、学校を出て少ししたところで「ずいぶん落ち着いたね」とは綾人。やはり見抜いていた。


「ねぇねぇ、ドキドキした?」

「そりゃまあ多少は。こんな経験、初めてだし。綾人なら平常心保てるんだろうが」

「えぇ? 俺は倫太朗よりももっと乱されるよ」

「よく言う」


 ざわつきが落ち着けば冷静にあのカードを思い返せる。僕はひとつ、新たに気付いたことがあった。


「なぁ、綾人」

「うん?」

「ちょっと思うことがある」

「あ、もしかして誰からかわかったの?」


 告白されることに慣れているだろうに。何故そんなワクワクした顔ができるのか。

 あぁそうか、当事者の経験は豊富でも外野となると話が違うんだな。


 僕は言う。


「イタズラではないかもしれない」


 視線がぶつかって数秒後、綾人はまたクスクス笑った。


「と言っても僕への告白なんだと宣言したいわけじゃない」

「そうなの? すればいいのに」

「まだその段階じゃない」


 ふるっと素早く首を横に振る。また笑った気配がしたので肘で綾人の脇腹を軽めにぐりぐりすれば「ごめんて」と体をよじらせるから、やっぱりコイツは笑っていたのだと僕は確信した。


「じゃあ今はどの段階?」

「おい、口元緩み過ぎだぞ。まぁイタズラである可能性も残っているがそれならばいいんだ」

「あら心広い」


 そういうんじゃない。僕が想像している第三の可能性に比べれば、というだけ。


 僕は自室の勉強机に置いてきたカードを頭の中でぐるりと一周させる。封筒もぐるり。

 記憶違いということはないと思う。見逃しもないはずだ。でも帰ったら確認しよう。僕はひとり頷いて続けた。


「宛先を間違えているかもしれない可能性だ。には名前がない」

「誰がくれたかわかんないんでしょ、聞いたけど」

「そう。そして宛先もだよ」


 僕は綾人にこう話した。「好きとだけ書いてあった」と。

 それは省略したわけではなく、本当にそうだったからだ。僕が受け取ったあれは封筒も含め、あの文面だけだった。


 他に文字はなかった。つまり。

 そう。僕の名前もなかったんだ。


 僕の靴箱に入れられていた。だから僕へ送られたものだと考えたけど。もし、入れる場所を間違えていたのなら――。

 小さく息を吐いた。

 もしかしたらカードを入れた人物は相当、……その、なんというか。

 あれだ、朝の情報番組でやってる占い。あれが最下位だったのかもしれない。うん、日が悪かったのだろう。



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