ボロ雑巾になっちゃえ♡

 トイレから急いで戻ってくると、玲奈はなにかの覚悟を決めたようにうつむいていた。


 ほんのちょっとしか離れてなかったのに、そんな表情になっちゃうようなことがあったの?

 もしかしてほんとにナンパでもされた?


「……なにかあったの?」

「いやいや、何でもないよ~」


 玲奈はなにごともなかったように、にっこりと笑った。

 その意味深な微笑みが忘れられなくて、その日は寝られなかった。



 とまあそんなわけで、ねむは自力でメイクをできるようになった。


 玲奈はママ並にメイク上手かったし、説明もわかりやすかった。

 ぴかぴかのねむを再現できちゃうくらいに。


 もしかしてあの美貌ってメイクで作られてたの?

 だとしたら……玲奈はほんとに頑張ったんだろうなぁ。


 まあ、すっぴんも絶対かわいいだろうけどね!


 さっそくあのふたりと会うときにやってみるつもりだ。

 今まで会ってた女の子が、眩しくて見てられないレベルでかわいくなったらさすがに意識するでしょ。


 って思っていたのに。


「ねむちゃん……きょうのメイクすっごくかわいいね!」

「えへへ~! でしょでしょ~!」


「うん。かわいいね。ぼくもメイクとかした方がいいのかな……」

「彩乃はそのままでもかわいいよ……?」


「そ、そう……?」

「うん……そうだよ……!」


 手を取り合ってじーっと見つめ合うふたり。


 なんかふたりの世界が展開されてしまった。

 ねむが入り込む隙間ないじゃん!


 その後普通にモリカーやる流れになったし。

 メイクもしかして効果ない? 


 ていうか顔の問題じゃないのかもしれない。

 それなら弱みにつけ込むか。


 あのふたりの仲を引き裂くとしたら、絵が一番効果的だろう。

 そろそろ佳奈がいい感じに悲鳴上げてくれないかなー。


 そう思ってこっそり佳奈の部屋のスケッチブックを見たら、描いた絵を黒でぐしゃぐしゃに塗りつぶしているページがたくさんあった。


 日付を見てみると、ねむが彩乃の絵を見たあの日からこのぐしゃぐしゃは生み出されていた。


 うーん。どう見ても彩乃の絵は天才って感じだったしなぁ。

 こうなっちゃうのはしょうがないのかもしれない。


 あの日のねむファインプレーすぎない?

 おかげで佳奈を闇に引きずりこめそうだ。


 ねむも絵を勉強したいとか言って、佳奈とだけ遊ぶ約束をする。

 そして道具を借りるふりをして佳奈のスケッチを落とし、さも今見つけたみたいな顔をして言う。


「ねえ佳奈……これ……」

「そ、それは……」


 佳奈があからさまに見られたくないものを見られちゃった顔をした。


「……なにか絵のことで悩んでるんだったら、また話聞くよ?」

「べつに、いいよ。私が勝手に彩乃の才能を妬んでるだけだから」


 佳奈は自分に呆れるような口調で言う。

 でも、その声には罪悪感も含まれてるような気がした。


「……やっぱり辛いよね。彩乃が筆折っちゃったのは」

「そうだけど……! どうしようもないじゃん……! 私は彩乃には勝てないし、私が弱いせいで彩乃は……っ」


 佳奈は持っていた色鉛筆をぎゅっと握りしめる。


「……その悩み、ねむならなんとかできるかもって言ったら、どうする?」

「そんなの無理だよ……ねむちゃんが私を絵の天才にでもしてくれるの? 彩乃みたいにさぁ!」


 本格的にとげとげしちゃってるなぁ。

 でもこれ聞いたらどうなるかな?


「佳奈が一番辛いのってさ、彩乃が絵を辞めちゃったことでしょ。だから、彩乃にもっかい絵を始めてもらえばいいんだよ」


「え……?」

「今は佳奈も復帰してるんだし、それ言ったらやってくれそうな気もするけどなぁ」


「……無理だよ。だって……あの子は優しすぎるんだもん……!」


 佳奈は今にも泣きそうになりながら言う。


「あの子が絵を辞めたのは、辞めた私と一緒にいるためなの! 才能の差で、私を傷付けないように……!」


 あいつ、そういう気遣いとかできるんだ……。

 普段はあんなに強者感出してるくせに。


「じゃあさ、彩乃が絵を始めてもだいじょうぶだってことを伝えればいいんじゃない? 佳奈はもう、彩乃に負けてなんかないよ」


「そんなわけないじゃん! ねむちゃんだって、あの絵見たでしょ!?」


「たしかに、彩乃はすごいよ。でも、すごいのは佳奈だって一緒だよ。だって、一回諦めても、もっかい再チャレンジできるんだから」


 ねむはスケッチを開いて、きれいなページを見せる。


「今は彩乃の隣に立てなくても、佳奈ならいつかきっと彩乃の隣にいけるよ。だから、自分を信じて……頑張ってみない?」


 佳奈はねむの言葉にはっとした表情を浮かべてから。


「……うん。わかった」


 決意のこもった目で、頷いた。


「私、もう一度だけ……私を信じてみる。彩乃の隣に並べるような……絵師になれるって!」


「うん!」


 まあなれないと思うけどね。

 だってあいつの才能は、ねむですらびっくりしたくらいなんだよ?


 勝てるわけねーだろバーカ!

 天才と負け戦しまくってボロ雑巾になっちゃえ♡


 それでボロ雑巾になった佳奈を適当に慰めて寝取るって寸法さ!

 いや~ねむって天才!






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